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 2次会の間中、そんな風に騒いで、お開きになった10時過ぎ、携帯の着信に気がついた。

「・・・あれ?」

 着信、あったんだ。全然気がつかなかった。

 見覚えのある電話番号だけど、登録してない人から12分前の着信。一瞬悩んだけど、クロークからコートを出して貰ってる皆を待ってる間にかけてみることにした。

 なんとなく、知ってる番号のような気もするし・・。一応、かけてみよ。

 混雑するクロークで端っこによけて、呼び出し音がなる携帯を耳に押し付ける。

 呼び出し音6回で相手が出た。

『――――――はい、楠本です』

 ・・・!??

 きゅうり!??


 ハスキーな声が直接鼓膜を打って、思わず携帯を耳から離す。

 どくどくといきなり心臓が活発に活動し始めた。

「・・・もしもし。瀬川?」

「あ、はいはい。瀬川です、お疲れ様です!」

 沈黙が長かったためにいぶかしげなきゅうりの声が聞こえて、慌てて携帯を持ち直す。

 きゅうりが電話!そうか、見覚えのある番号だったはずだ。以前一度かけた時に番号をみていたからなんだ。

 相手が判った途端、ざーっと音がして全身が赤く染まったのが判った。

 ・・・すごい影響力だぜ、きゅうり。

『今、電話大丈夫?夜遅くに悪い』

「大丈夫です。外にいますのでうるさいでしょうけど。どうされました?」

 電話が嬉しかった反動が静まると、次に思ったことは、仕事で何かやらかした!?だった。

 なんせ時間が時間だし、他にきゅうりから掛かってくる理由が思い浮かばない。

 今週は今日の2次会を楽しみにしていて仕事中も放心状態だったから、何か失敗したのかも〜(泣)全身が真っ赤になったのと同じスピードで、今度は血が抜けていくのを感じた。

『外?今、どこにいるんだ?』

「えーと、中央駅の近くですが・・・」

『中央駅!近いな。夜遅くに大変申し訳ないんだけど、頼みがあるんだ。用事はもう終わったのか?』

 あ、失敗したとかじゃないみたい。良かった・・・。

 ほー、と安心のため息をついた。

 でもきゅうりが頼みって、何??恐る恐る聞く。

「・・・はい、終わったといえば終わりましたが・・。頼みって何ですか?」

『実は、俺のミスなんだけど・・・』

 きゅうりが話し出したのは、こんなこと。

 保険契約を頂くのに、面接士さんが被保険者との面談に必要な書類には、事務上のバーコードシールを貼ることになっている。

 営業は被保険者の健康状態について、個人情報で知ることは出来ない前提なので、面接士さんが直接被保険者と面談している間は同席出来ない。

 そして、面接士が直接記入した書類は面接士本人の手によって密封された上、直接本社送りにするためポストに入れられる。

 支社の人間がその後の作業を円滑にするために、事前に書類に事務バーコードを貼っておかないと、後で誰の面談書類かが判らなくなるのだ。

 で、その事務バーコードのシール部分が、汚れてしまった、ってことらしい。

 明日朝一番のアポで使う書類の、事務バーコードを汚してしまったから、シールを張り替えないといけないが、仲間さんも杉並さんも捕まらない。明日朝一番で車で1時間は掛かるところだから、朝早くでなく今晩のうちに用意しときたい。

『そんなわけで、会社の事務所の鍵と事務員の机を開けれる人間が必要なんだ。仲間は電話に出ないし、杉並さんは家が遠い上に子供さんが熱を出したらしいから、頼めない。瀬川、頼めるかな?』

 さすがに自分の用事を頼むときには下手にでるんだなあ〜と俺様営業のきゅうりには珍しい申し訳なさげな口調を聞いて、思った。

 ちらりと後ろを振り返る。

 皆コートをきて、立ち話をしながら待ってくれていた。

 まだまだ皆と話足りないけど、とにかく今は私しか動ける人間がいなさそうだから、仕方ないか、と諦めて、携帯を手で押さえて早口に皆に説明する。

「ごめんね、今日は私ここで別れるね。また、年あけたら新年会しよう。―――――お待たせしました、大丈夫ですよ、私会社いけます」

 じゃあね〜、気をつけてよ〜、と去っていく皆に手を振って、電話に向き直る。

 ホッとしたきゅうりの声が耳をくすぐった。

『ああ、助かる。本当に悪い。俺、今車だしたから、そっち迎えにいくよ。場所教えて』

え??と思ったけど、早く早くと急かすから、目の前のお店の名前と場所を伝える。

『寒いから、どっか入って待ってて』

 言うだけ言って、電話は切れた。

 えーっと・・・あ、はーい。言えなかった返事は心の中でする。

 仕方なく、周りを見渡して、角のところにある24時間営業のカフェで待つことにした。

 うう〜・・・寒いったら。この分だと、もうじき雪もふりそうだなあ。

 2次会の興奮とお酒の影響で体は暖かかったけど、流石に外で待てるほどではないからとカフェに逃げ込んだ。

 きゅうりに会うなら・・っつっても仕事で、だけど、お酒はちょっと抜いといたほうがいいだろうし・・。

 咲子や皆のせいで、変に期待を持ってしまいそうだし。やばいやばい、酔いにまかせて告白なんかしちゃった日には、正気に戻ってから、人生を儚みたくなるに違いないんだから。


 きゅうりが私を、だなんて・・・。

 そんなこと。

 ・・・・あったら嬉しいけど。



 クラッチバックでほっぺをぶって、頭を振る。いやいやいや・・!落ち着け、自分!酔ってるからだぞ、自分!

 頼んだコーヒーをブラックでぐいっと飲む。バックから鏡を出して、目元と口元を簡単に化粧直しをした。

 咲子はああいったけど、ほんと、有り得ないことだと思う。二人の会話を聞けば、咲子だってきっと――――――――


 エンジン音がして、窓越しに道路を覗き見たら、黒い車からきゅうりが降りた所だった。私を探してきょろきょろしてるようだったので、急いで会計を済ませて、外に出る。

 カフェのドアの鈴の音に気付いて、きゅうりが振り返った。

「楠本さん」

 近づいていくと、きゅうりが目を見開いてこっちをみているのに気付いた。

 何で?と思って自分の服を見下ろし、パーティーのおめかし仕様だったことを思い出す。

「・・・あのー。楠本さん、どうしました?」

 声をかけたら、一瞬ハッとしてような顔をして、それからいつもみたいににやりと笑った。

「・・・いや、ビックリしただけ。トマトだと判らなかった。えらくおめかししてんじゃねーか」

 そういうきゅうりも、一旦スーツを脱いだのだろう、ネクタイなしで、シャツの上からコートを羽織ってるだけらしく、開いた首元が見えていつもより色っぽさが増していた。

 ・・・これは、お酒の影響である、と自分に言い聞かせる。開いた襟元から目が放せなくて困った。

「前に言ってた、友達の結婚式の2次会だったんです」

 照れ隠しにツンとした表情を作る。

 きゅうりは周りを見回して、合点がいったように頷いた。会場のレストランからはまだ数人の2次会出席者が出てくるところだったからだ。

「・・・ますます悪いことしたな。友達とまだ話したりとかあったんじゃないか?」

 頭に手をやって、きゅうりが困った顔をしていた。

「もう終わったので大丈夫です。楠本さんは今日でなきゃだめなんでしょう?」

「うーん、それはそうだけど。本当に申し訳ない。会社連れてくから、シール頼む」

 頷いて、きゅうりの車体の低い車にもぐりこんだ。中はほかほかと温かく、そこはかとなくきゅうりの匂いがするようだった。

 ・・・だから、駄目だってば私!自分で突っ込む。これは、お酒の影響である、はず・・・。

 気を紛らわせるためにきゅうりに話しかけることにした。

 バーコードシールを駄目にしたいきさつを聞いてみると、意外だった。

 きゅうりには兄弟がいるらしく、その兄さんが自分の子供、つまりきゅうりにとっての姪と妻を連れてきていたらしい。

 きゅうりの部屋で皆で食事をして、5歳の姪は一人で遊んでいた。

 好奇心で一杯の姪がきゅうりの仕事鞄を触っているのに気付いたのは義姉だったらしいが、その時には既におそく、明日被保険者との面談に使う面接士用の申告書類には、姪が黒いマジックでたくさん落書きをしていたらしい。

「あらら」

「ほんと、それ」

 私の反応に、空中に指差しで同意する。

「驚いたけど、仕方ないし、悪気のない5歳を叱ってもしょうがない。それよりも困ったのは事務が全然捕まらなかったことかな」

「仲間さんはまだ連絡つかないんですか?」

 そしたらきゅうりは、ムッとした顔をした。

「いや、トマトに連絡とれたあと、電話がかかってきた。説明したら何て言ったと思う?高らかに笑って、『あーら、楠本君が扱えない女もいるのね、自業自得よ!』だとよ。信じられるか?」

 扱えない女・・・・5歳の姪。

「あはははは!」

 きゅうりには悪いけど、私は思いっきり笑ってしまった。仲間さんの口真似、似すぎてるよきゅうり。

「笑うところじゃねーよ。しかも、『あたし今大事な男といるんだから、邪魔しないで』って電話切ったんだぞ!?あいつあれでも事務の責任者か!」

 大爆笑だわ。さすが仲間さん!素敵過ぎる!きゅうりはむすっとしてたけど、私は構わず隣で笑いたいだけ笑ってやった。

 お酒も入ってるし、友達とたくさん話したことで心は澄んで、心底楽しい気分だった。

 お洒落をしていて、隣には好きな人。気負いもなく話せてる、これが幸せでなくって、一体何よ。

 まだうふふふと笑っていたら、きゅうりがヤレヤレと小さく呟く。

「ほら、ついたぞ。そろそろお口閉じて案内してくれないか?」

 車庫が閉まっているので一時預かりに車を預けて、きゅうりとビルの守衛さんのところに許可を取りにいく。

「お疲れ様です」

 守衛さんは私の格好をみてびっくりしていたけど、理由を話すと何も言わずにビルをあけてくれた。

 事務所が入ってるビルは冷え切っていた。

「薄着じゃないか?寒くない?」

 エレベーターに乗ってボタンを押しながらきゅうりが聞いてくる。

「大丈夫です。素肌にダウンコートって、暖かいんですよ」

 確かにワンピースは薄着だが、そのまま羽織っているダウンコートは直に肌の熱を保って暖かい。

「それに、かなりお酒飲んでますし」

 鼻歌が出そうな勢いで言うと、きゅうりがふと笑った。

「確かに機嫌もよさそうだなー。こっちも有難いよ。お礼はまた、改めてするから」

「いいですよ、お礼なんて。たまたま近くにいたわけで、2次会も終わってたし」

 それに、近くにいれるのは嬉しいし、と心の中で付け足す。

 事務所の鍵を開けて、電気をつける。机に回っていって引き出しの鍵をあけて、新契約のファイルを取り出した。

 事務のカウンターにひじをついて、きゅうりは私のすることを見ていた。

「えーっと・・・。主力商品の・・・新井様の分ですか?」

「そう」

「じゃあ、今申請してるバーコードは破棄しときますね。それで、と」

 新しいバーコードシールを貼って、きゅうりが前もって提出していた契約書から必要事項をうつす。

 これで、ここに貼って・・・よし、これでいい。

 手順を確認しながら進めていく。面接士が使う申告書類に予備のシールを貼って、カウンターで待つきゅうりに手渡した。

「はい、これで面接してもらって下さい」

「おおー、サンキュ。本当に助かった」

 ニコニコして受け取ったきゅうりを見て、満足感が沸き起こる。私、たまたま近くにいてよかった。役に立てた!事務として。

 暗い事務所に好きな人と二人っきり、その事実に、その時いきなり気付いた。

 うわあ〜・・・。突然照れが襲ってきて血が沸騰するのを感じる。ダメダメ、ちょっと落ち着いて私!ほら、深呼吸〜深呼吸〜・・・。

「片付けた?出れるか?」

 きゅうりが声をかけるのに、私は必要もないのに屈みこんで一番下の引き出しを開け、大きな声で返した。

「あ、先に行っててくださーい!」




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