3、秘めた決意。@



 風をよけて暖かい車の中にいると、現実感が薄れてくる。それに、何だかこの車とっても静か・・・あんまり揺れないし。やっぱりかなりいい車なのかな。

 シートベルトに頭をもたれかけさせて、景色をずっと眺めている。

 お互いに黙っているけど、別に嫌な感じじゃない。隣にいるのがきゅうりで、彼が運転している車に乗っているとは思えないくらいに、リラックスしてしまった。

 ・・・お腹、すいてるんだけど・・・忘れてたかも。

 色んなことがここ30分で起こったから、きっと私の頭はショートしてるんだな、とぼんやり納得する。

 初めての大会。沢山の背広の男性と可愛い事務員達、本物の中央の稲葉と、きゅうりとの会話、それに、追いかけてきた長谷寺様―――――――・・・

 あの子と一緒にいるきゅうりを見ると、やっぱり少し胸がざわめく。でも気にしないって決めたんだったのに。

 いっそのこと二人がうまくいって付き合ったりしてくれてたら、私はこの恋心をちゃんと失くせたかもしれないな。

 あの綺麗なお嬢さんと、男っぽくて格好いいきゅうり。

 並んだら身長差は目に付くかもだけど、やっぱりお似合いだった。

 私は脇役として自分の人生を進んでいく。きゅうりとは関係ないところで。

 ・・・・・そう、なる筈だったのに。

 『客だ。それ以上でも、それ以下でもない』さっきの言葉が頭の中で繰り返される。

 きゅうりは、何とも思ってなかったんだな、彼女のこと。

 あーあ、って思いながらも顔が緩むなんて、やばいぜ私。

「・・・・だって・・・・好きなんだもん・・・」

 小さな小さな言葉は、胸のうちでこぼしたつもりだった。

 ―――――が。

「何が好きだって?」

 きゅうりのハスキーな声がいきなり聞こえてビックリして体を起こした。

「は・・はいっ??」

 思わず隣を見ると、真っ直ぐ前を向いて運転しているきゅうりがいた。

 いきなり現実感が襲ってきて、状況を思い出した。マジで・・・私、一体どこに行ってたのよ〜!!

「何かが好きだって言った。何?よく聞こえなかった」

 きゅうりがチラリと私を横目で見て聞く。私は助手席でダラダラと脂汗をかきながら懸命に脳みそをフル活動させた。

 ばかばかばかばかバカだわ、私・・・。がっつり聞こえる声で言ってどうするのよ・・・。よかった〜主語をつけてなくて・・・。

「えーっと・・・。すみません、ぼーっとしてて自分が何呟いたか判ってません」

 あははと笑う。自分でも、しらじらしーと思った。絶対ごまかせてない自信があったけど、きゅうりは見逃してくれたらしい。

「お、あそこにファミレスみたいなの発見。入るぞ」

 ・・・ああ、良かった。これ以上問い詰められたら挙動不審になるところだった・・・。私はホッと胸を撫で下ろした。

 空いているパーキングに入って、きゅうりはコートを車の中に置いたまま降りる。そしてううーんと長い体をのばした。

「あー、肩凝った。今日の会場狭かったもんなー」

 ・・・そうなんだ。初参加だから私には判らなかったのかな。かなり豪華で広いなあと思ったんだけど。

 腕をふったり首をまわしたりするきゅうりを見ないようにして、私も車から降りる。

 風が吹いて髪を揺らす。思わず目を閉じた。

 これからきゅうりとご飯。

 ・・・あまり考えないようにしよう。

 ここはお店で、別に二人っきりってわけじゃない。職場の同僚と成り行き上お昼を食べて、別れる。よし、これを言い聞かせよう。職場の同僚と成り行き上・・・

「どうぞ」

 声が聞こえて目を上げると、きゅうりがドアを開けて待ってくれていた。急いで追いついて、小さくお礼を言ってドアを通り抜ける。

 パーキングは空いていたのに、店内は混雑していた。窓際のカウンター席しかありませんが、と言われて案内される。

 向かい合って座ってしまったら、視線をどこにむけていいか判らなくなる。外の景色を見ながらならご飯もちゃんと食べれそうと、内心ホッとしていた。

 あくまでも、同僚と成り行き上・・・・・

「・・・さっきから、何ぶつぶつ言ってんだ?」

「あ、いえいえ、気にしないでください」

 きゅうりは変な顔をして私をみていたけど、さらっと無視してメニューを広げる。

 注文を済ませてから(やつの決断は早すぎて、ここでも更なる情報処理能力の差にショックを受けるハメになった)、きゅうりに断ってお手洗いに立った。

 一人になって自分を落ち着ける時間が必要だった。

 手を洗って、鏡にうつる自分を眺める。

 胸元までの長さはあるが、就活の時のままのそっけない黒髪。多少形を整えるくらいでほとんど自然なままの眉毛と、日焼け止めに粉をつけただけの肌。化粧と言えば、あとはマスカラをつけるくらいだ。

 ・・・・すごくブサイクではないけど、やっぱり特別可愛くもないよね。

 冷たい風ときゅうり効果で赤くなったほっぺたを叩いてマイナス思考を振り払う。手首につけてたシュシュで髪をうなじでまとめて、お手洗いを出た。

 化粧室からフロアに出て、窓際のカウンター席に座るきゅうりに目をやり、思わず小さく声が零れた。

 ――――――――なんて、絵になる人なんだろう。

 長い足を無造作に前に放り出して、背もたれに体を預けている。

 視線を窓の外へむけ、椅子に凭れかかって完全にリラックスしているようなのに、体の内側から力が発散されているのが見えるみたいだった。圧倒的な存在感を放ってそこにいた。

 ・・・あんなのが横にいたら、完全に私の存在なんか飲み込まれるだろうな・・・。自嘲ぎみに呟いて、つい見惚れてしまった自分を戒める。

 もう、無理無理・・・無理だわ、私。

 無視なんて出来るわけないじゃん。あんな目立つ人。

 でもこれはきっと、恋の魔法にまだかかってるからなんだろう。恋心を失くせたら、きっと―――――――。

 潤みがちな瞼を頑固に無視して歩き出した。

「・・・お待たせしました」

 きゅうりがぱっと振り返る。

「おう。―――――――あれ、髪くくったんだ?」

「はい、食事ですから」

 椅子に座って、少し困った。くくってさらけ出したうなじの辺りに、きゅうりの視線を感じる。なんだろ・・・肌、荒れてたりするのかも・・うー。

 えーっと・・・・何を話したらいいんだろう。

 とりあえず、とお水を飲んでいたら、きゅうりから話しだした。

「・・・大会、どうだった?」

 ハスキーな声がボソッと呟く。

 はい、話題はこれに決定したわけね、了解しました。私は一人で頷く。間違ってもうかつに長谷寺さんの話はしないように努力しよーっと。

 「ずっと受付にいましたので、見れてないんです。あ、でもうちの事務所が呼ばれたのが聞こえた時は、興奮しました」

 きゅうりがクスリと笑う。

「興奮?」

「はい。おおーって思って。覗きにいきたかったです」

 へえ、そんなもんかな、と真剣な顔して考えている。

「それに、普段電話でしか話したことない色んな事務所の事務の子たちと話せました。それが一番楽しかったかも・・・」

「そうか、事務の人たちは研修も滅多にないから、顔合わせることないもんな」

 頷いたきゅうりを見ていて、水野さんに託された指令を思い出した。

「あー!そうだ、アンケート」

「ん?」

「楠本さんにアンケートに答えて頂きたいんです。食べてからでいいので、お願いできますか?」

 急に笑顔になって振り向いた私に、ちょっとビックリしたみたいだ。

「・・・おお、いいけど。久しぶりにトマトの笑った顔みたなー」

「え」

 きゅうりが肘をテーブルについて顔をのせ、私をマジマジと見た。

「いつも下向いてるか怒ってるか真っ赤で逃げるかどれかだよな。最近、事務所でも笑ってるの見たことないし」

 ・・・いや、それは、アナタが原因なわけで・・・。

「俺そんな嫌われたかなって思ってた。いつも俺と話す時、不機嫌そうだし。視線も合わせないようにしてただろ」

 ・・・も、勿論、バレバレでした、よね・・・。ははは。

「え・・・えーっと、そんなつもりでは・・なかったんですが・・・」

「手が当たっただけでも引かれたし」

 うっ・・・。

「仕事頼みにいくと電話か外出かメモ書きかだし」

 ううっ・・・・。

「連れまわしたのは悪かったけど、さっきまでも体ごと他所向いてたし」

 うううっ・・・・。

「あの・・・すみません・・えっと・・」

 しどろもどろになってゴネゴネ口の中で言い訳していると、きゅうりはカウンターテーブルに両手で顔を隠して突っ伏してしまった。

「・・・俺、傷ついた」

 ぎょっとして思わず私は隣をガン見する。

 うわあああ〜!何てことだ!一体なぜこんなことに!?どどどど、どうしたらいいのーっ!?

「くっ楠本さん、あの、本当にすみません、でも決して嫌だからとかでは・・・」

 真っ赤になって更に弁解していると、くくく・・・と笑い声がして、腕と腕の間から、いたずらが成功した子供のような、輝いてる瞳が覗いていた。

「――――――!!」

「あっはっはっは、やっぱり面白いなトマトは!」

 他の人の視線も気にせずに、あけすけな大爆笑をしている男の隣に座って、私は文字通り化石化していた。

 ・・・・信じられない。

 ちょっとちょっと・・・・・まさかの、演技だよ・・・・何この人。

 隣でゲラゲラと大爆笑している絶世の美男子に殺意を覚えて拳を握り締める。テーブルの上のフォークが目にとまって、これで刺してやろうかと一瞬真剣に考えた。

 その時、涙目になって喜ぶきゅうりの命を私から救ったのは、料理を運んできてくれた接客係の女性。

 怒りに震える私の前に、出来たての、ホカホカの、素晴らしく美味しそうなカルボナーラを置いて慰めてくれたのだ。

 なんせ、元々お腹が空いている。

 しかも、私は怒っていて、理性は欠片しかなかった。

 だから、きゅうりの存在なんか気にせずに、盛大に食べることが出来た。

「頂きます!」

 そう宣言して、あとはひたすら無言で食べてやった。ガツガツと。隣できゅうりが驚いて見ていたのには気付いていたけど、完全に無視した。

 その後きゅうりが追加で頼んだピザも横取りして食べてやった。空腹で倒れたらいいんだ!とついでに呪いもかける。バカ男!思い知れ〜!!って。

「よく食べたなー。トマト、小食だと思ってた・・・」

 ってきゅうりが唖然として言うくらいには、ガツガツ食べた。上品のじの字も見えなかったに違いない。

 ふん、と鼻を鳴らす。

「私で遊んだ罰です!・・・まあ、いつもよりは、かなり食べましたけど・・」

 実際、結構スーツのスカートがキツイ・・・。後悔先立たずとはこのことね、と大いに自分で突っ込んだ。

「まあ、美味しそうに食べてたから、見てて気持ちよかったけど」

 グラスの水のお代わりを頼んで、きゅうりが笑った。

 ・・・あ、私、普通に話せてる。って、その時に気付いた。

 つまり、前みたいに。

 自分の気持ちを気にしていて、それをどうしても完全に受け入れれなくて、もがき苦しんでいた自分が見えた。

 今は満腹で、あったかくて幸せで、何の気負いもなくきゅうりの顔をみて、楽しく話すことが出来ている・・・。



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