A


「で?何かさっき言ってたな、アンケートって何?」

「あ、それです、それ!」

 言われて思い出し、鞄の中を漁る。丁度いい機会。ううん、これがチャンスでなくて、一体何!?ってなレベルのチャンスだわ!

 お皿を片付けて貰って、きゅうりはコーヒーを注文した。

「あ、お時間大丈夫ですか?アポとかないですか?」

 忙しい営業を捕まえていることを思い出した私が唐突に聞く。忙しいって言われてもこれだけは答えて言って欲しいけど・・・。

 きゅうりは頷いた。

「俺、今日半休取ってるから。本当は大会終わった時点で休日」

 あ、そうなんだ。私も仕事終わりになっちゃったし、お互い時間があったわけね・・・。

 そこで気がついた。

 お嬢さんからも、逃げたくなるわけよね。折角休みとってたんだったら、仕事が入るのは嫌だっただろうし。・・・・でも会議って言い訳してたけど。


「・・・何だか、凄くプライベートなアンケートだな、これ」

 私がうだうだ考えてる間に、きゅうりが水野さんから渡されたアンケートを一読して呟いた。

「・・・答えるの、嫌なところはいいですよ」

「うーん・・・別に嫌ってわけではないけど。大体これ、何のアンケート?」

 ・・・う。それ、一番答えられない質問だわ。水野さんその他(正直に言おう、私も含めて、だ)の女子がアナタについて知りたいのです・・・。

「えーと。深い意味はないと思いますが・・・」

「深い意味がない?意味ないアンケートに個人情報書くのか?」

「・・・いえ、えーと、ですね・・・」

 困った・・・。うーん困った。よく考えたら、そりゃ使用の意図聞くよね。なんせ、個人情報を普段から扱ってる営業さんなわけだし・・・。

 うわあ〜・・・超困った・・・。

 私が顔を手にうずめて唸っていたら、きゅうりが肩をすくめて言った。

「・・・・まあ、いっか。よし、1番。名前、楠本孝明」

「え」

 きゅうりがいきなり言い出したから、私は慌ててペンを取り出す。

「はいはい。じゃあ、2番は?」

「好きな食べ物?・・・・別に嫌いな物ないしな」

「敢えて言うなら?」

 食い下がる必要はないのに、なんだか楽しくて言葉をつないでしまう。

 コーヒーをブラックのまま飲んで、きゅうりはうなる。

「うー・・。俺、結構サラダ好きなんだ。ドレッシングにこだわりはないんだけど。きゅうりとか、好き」

 個人的に、大爆笑の答えだった。盛大にむせたので何事かと見つめられた。

 きゅうりだとーっ!!!

「・・・大丈夫か?笑ってる?何にそんなに受けたんだ?」

 ごほごほと咳き込みながら、片手を振って懸命に言葉を搾り出す。

「・・・いえいえ・・・ごほっ・・・。何でもないです。ちょっと唾が気管に・・・」

 あはははは。きゅうりはきゅうり好きだった!これが笑わずにいられようか!

 どうしてもにやけてしまう顔を必死で戻そうと頑張る。うくくくく・・・駄目だ、おもしろ過ぎる〜!

 それでも何とか笑いを押さえ込むのに成功して、次の質問にうつる。

「・・・すみません、えーと、サラダですね。はい、3番お願いします」

「好きな場所。――――――好きな子の隣」

「え?」

 一瞬で笑いの発作が引いた。

 ・・・好きな子の隣。

 きゅうりの視線にハッとして慌てて言葉を出した。

「・・・あ、はい。まさか、そうくるとは。自分の部屋、とか、水族館、とか、そんな答えだと勝手に思ってました」

 アンケートに書き込みながら、つい言ってしまった。

「同じなんだよ。大して嫌いな場所はない。敢えて言うなら、好きな子の隣にいれたらどこでもいい」

 頬杖をついてにやりと笑う。そんな表情でも、きゅうりはやっぱり格好いいと思った。

「次は――――」

 彼女はいますか?

 胸がドキンと大きく鳴った。微かにボールペンを持つ指先も震えている。

「・・・彼女、いますか?」

「ここ長いこと、居ない」

 ここ長いこと、居ない。頭の中でリフレインしたその言葉が、ぐるぐると回っている。居ない。今、付き合ってる彼女いないんだ・・・。そうだよね、だから私をからかって遊ぶことだって平気で出来るわけだし。彼女がいないんなら――――――

「好きな子は居る」

 きゅうりが付け加えた言葉に、ズキン、と胸に鈍い痛みが走った。

 そろそろと隣を振り返る。

「・・・楠本さん、好きな女の人いるんですか?」

「俺が男を好きになると思ってんの?」

 真剣になってしまった自分が恥ずかしくなるような返答に、思わず力が抜けた。

 がっくりと虚脱する。

「・・・いや、思わないですけどお〜・・・」

「俺に好きな子がいるの、変?」

「・・・・変じゃないですけど、ちょっと意外です。楠本さんなら、ぐいぐい押しまくって速攻で彼女にしてしまいそうですけど。片思いとか、物凄く似合わないような・・・」

 私の言葉が意外だったらしく、きゅうりは首を捻った。

「ふーん。こう見えても俺ってば結構繊細なんだけどもね・・・。ぐいぐいとね。いってもいいならやるんだけどね」

「へ?」

「いや、こっちの話。はい、次は?」

 軽く右手で払われて、話を終了されてしまった。

 何だろう、最後の、どういう意味なんだろう。きゅうりが繊細って・・・それもまた信じられない。

 繊細・・・?ちらりときゅうりを見ると目が会った上にうん?と聞かれて戸惑った。

「あ・・・えーっと・・ですね・・・」

 質問のペースを微妙に崩されたけど、何とか続けていく。

 コーヒーがなくなっても、ずっと話していた。突っ込んだり笑ったりで忙しかった。ランチの時間はとっくに過ぎて、日が傾き夕日に変化するころ、ようやくお店を出たくらいだった。

 久しぶりにきゅうりと話せた。入る時は早く帰ることだけを目標にすえていたけど、なんて素敵な時間を過ごせたことか。

 私は上機嫌でコートをはためかせて歩いた。

 アンケートの指令も無事完了できた上に、きゅうりのことが少し知れたのも、テンションが上がってる原因だったかもしれない。

 キッカケをくれた水野さんに感謝しなくちゃ。

 カサカサと乾いた音を立てる落ち葉を踏みしめて、歩くきゅうりの後ろをついていく。

 風の温度もさがっていて、コートの裾から冷たい空気が入り込む。

「どうぞ。ついでだし、送っていくから」

 車のヒーターを入れてから、きゅうりが私に言った。

 コートの裾を押さえて乗り込みかけていた私は、つい止まってしまった。

「――――――いえ、大丈夫ですよ、近くの駅で降ろして下さったら」

 すでにシートベルトを締めながらきゅうりが言う。

「近くの駅だろうが家までだろうが、俺にとったら一緒だから」

「でも」

「いいから乗って。それで、住所は?」

 ・・・ご飯代も、出して貰ってるのに・・・。

 さっさと支払われてしまってて、いくら払うといっても聞いてくれなかったのだ。ピザまで横取りした自分を、過去に戻ってハリセンで叩きたいくらいだった。

 その時の余裕に満ちたかわし方を思い出して、無駄な抵抗はやめることにする。どっちにしろ、口でも勝てないのは判ってるし。

 それに、きゅうりと一緒にいれることはまぎれもなく嬉しかった。

「・・・ありがとうございます」

「うん」

 住所を伝えて助手席に座る。

 静かに車がスタートして、夕日に染まっていく街の中を走り出す。まぶしくて真っ直ぐ見てられないから、視線を手元に向けていた。

 ・・・ちょっと荒れてるなあ。最近寒くなってきてるし、ちゃんとこまめにハンドクリームぬりこまなきゃ。とか、この爪の形が気に入らない。とか色々考えつつじっくり両手をみていたら、横から大きな手が伸びてきて、いきなり握り締めたからビックリした。

「うにゃあ!?」

「猫か、お前は。冷たい手だなー」

「くっ・・・楠本さん!?あの・・・手が・・」

 きゅうりは真っ直ぐ前を向いたままで、片手で私の手を掴み、片手で運転している。

「手が?」

「・・・えーと・・」

 あなたの手が。私の右手を握ってますが。

「寒いのかなと思って」

 きゅうりが言った。

「はい?」

「両手みてすり合わせたりしてるみたいだったから、寒いのかと思って。やっぱり冷たいな。ヒーター上げるか?」

 するっと握っていた手を放して、ヒーターの調節キーを触る。

「・・・」

 ・・・びびび・・・ビックリした、心臓に悪いったら、もう・・・。

 いきなり掴まれて、それだけで今では私の体温は確実に上がってしまった。心配してくれてたのか。それにしても・・・ビックリした。

 なんせ男性に免疫のない私。男の人の手って、あんなにごつごつしてて大きいんだなあ・・・て思ってドキドキした。

 あったかかったし。

 ・・・心配してくれたんだ。

 耳の中でうるさく音を立てる鼓動がきゅうりに聞こえてしまわないかとヒヤヒヤした。

 何気ない気遣いが心に染みる。どんどん侵食していって、それは淡い花色に変わる。

 好きにならないようにだなんて、こんなのじゃ無理だ。

 隣をそおっと盗み見る。

 線のハッキリした横顔。首筋や顎のラインに色気を感じて急いで目をそらした。

 彼は高嶺の花。私なんかじゃ到底届かないような、天空に近いところに華麗に咲く花。そう思って、傷つかないように、諦めようとしていた。

 この一年以上、色んなことに疲れてしまった私の心。誰かを好きになって、その人に預けるにはまだ危ない均衡の私の心。

 ぐらぐらしている。不安定で、少しの風にも散りそうになる。

 傷つきたくない。

 でも、

 この人が、やっぱり好きなんだ――――――


 好きな子はいる。

 きゅうりの声を思い出す。


 きゅうりの大事な人って、どんな人なんだろう。・・・きっと、長谷寺のお嬢さんも敵わないくらいに綺麗な人なんだろうな。その人のために、女性の契約は取らないんだとしたら、それも原因の一部だとしたら、それがちょっと羨ましい。

 誰かにそんな風に愛される日が、私にも来るんだろうか。それを考えると不安まで感じて瞳が潤みだしてしまう。

 こんな気遣いを誰にも出来る人なんだったら、きゅうりは本来は優しい人間なんだろう。

 ふだんはやんちゃな顔して隠してるだけで、いろんなとこに目の届く、細やかな人なんだろう。

 この人を好きになったって、報われないのは目に見えてる。

 きっと傷付いて、自分にガッカリしてしまうのが火を見るより明らかだと思ってしまう。

 でも、私が、私でも出来ることは――――――――・・・・

 さっきまでのような楽しい時間を作っていくこと。面倒臭い私のために、きゅうりが嫌な思いをすることがないようにしていくこと。

 眩しい夕焼けに向かって走る車の中、私が努力する方向が見えた気がした。

 報われなくても。

 好きなんだったら、彼のために努力しよう。

 そしてきゅうりの想いが届いて彼女が出来たとき、笑って祝福できるように頑張ろう。

 好きになってしまったから、もう傷つくのは仕方ない。

 だってこればかりはどうしようもないのだ。

 でもその傷を浅くするために、そしてきゅうりにとっても居心地良い付き合いにしようとしたなら、楽しい時間を作ること、それが一番だろうと思った。

 信頼できる事務になって、仕事で支えること。いつでも笑顔で受け答えして、その上で存在は地味にすること。


 どんどん消えていく夕日を見ながら、きゅうりの隣で、私はそう決心した―――――



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