2、託された指令。@
今日は、保険会社の大会の日。
といっても、11月も下旬に入ったこの時期にするのは、忘年会みたいなもの。
ホテルのパーティールームや会議室を借り切って、支社ごとに集まりあうのだ。
滅多に会わない支社長も来たりする、優積者には表彰もあるイベントである。
営業は全員すべからく集められるが、事務は対象外。
でも今日は人手が足りないとかで、アルバイトの事務員も借り出されて会場のセッティングややってくる営業さんの整理なんかをした。
なので、私が「大会」に呼ばれるのは初めて。
うちの事務所は男性営業ばかりの幹部候補生を育てる事務所のため、歴代、この11月の大会には表彰者として名前を連ねている。
普段色々苦労して契約をとり、その事務をしている私も同じ事務所の職員が表彰されたらそれは嬉しい。
だから、今日は、手伝いながらもずっとわくわくしていた。
大会が始まって、粛々とプログラムが進んでいく。
表彰される営業職員の胸に花をつける役として、他のアルバイトさんたちと業務をこなしていた。
自分の事務所名が呼ばれてはっとする。
今日は、うちの事務所から10名が壇上に上がるはず。
その中には、きゅうりもいた。
支社の最優積賞として壇上に上がると聞いてビックリ。
先日青山さんが言っていた、女性客からは契約を取らない、というポリシーが本当だとしたら、支社の最優積賞を取れるってのは、本当に凄いと思う。全て男性の契約者で、うちの支社で一番契約数を獲得したってことなのだから。
この一年間の、きゅうりの頑張りが認められたのだ。
どんどん列に並ぶ営業さんに「おめでとうございます」と花をつけていっていて、壇上をみる暇が私にはなかったけど。
でも、誇らしい気持ちで胸はいっぱいだった。
最後の人に花をつけ終わると、手伝い専用の休憩室へ行くように言われた。
あとは、パーティーが終わったら、各事務所の責任者に会って終了後の指示を受けるだけ。
休憩室ではいつも電話で話すけど、会うのは初めてって事務員ばかりで、ひとしきり挨拶に花が咲いていた。
へえ、この人、もっと怖い印象と思ってたけど、会ってみれば可愛らしい人じゃん!などの発見があって面白い。
ま、お互い様だけど・・・。
他の人が私にどんな印象を持ったかは知らないんだけど・・・。
そして、自分達の事務所の営業自慢が始まる。うちのナニナニさんはどーだとか、いや、うちのソレソレさんだってこーだとか。
私は一生懸命自慢しあう事務のアルバイトメンバーを微笑ましくみつめていた。
いいよね、こういうの。皆可愛い。
「そうよ、ところで見た?!北事務所の楠本さん!支社の広報誌でしかみたことなかったけど、ホンモノはめちゃいい男〜!!!」
いきなりきゅうりの話が出てビックリした。
「うーん・・確かぁにね。格好良かった。でもあたしは中央の・・稲葉さん?だっけ?彼の方が断然好み。垂れ目がすきなのよ、ぐっとくる」
「稲葉さんかあ、あたしもあの甘え顔好きだなあ。楠本さんは、なんていうか・・・歌舞伎顔だもんね。和風の、イケメンていうか」
「南の高田さんもいいよ〜!あの長髪が素敵。滅多に笑わないらしいけど!」
えええ〜!?と声が重なる。笑わないってなによ!?それで営業出来るの!?
どんどん自分達の目をつけた格好いい営業の名前が出てきて、きゃあきゃあうるさいこと。皆顔を赤く染めて興奮状態だ。その内「やかましい」と外から怒られるんじゃないかとヒヤヒヤした。
うちの支社が管轄する地域は広く、北、中央、南、それと東とそれぞれ呼ばれる事務所がある。そのいずれにも、うちと同じ男性専用のエリート育成事務所があって、それぞれに、そこを代表する名物とされるエリート営業がいるらしい。
私はバイトについてまずそれを事務仲間に教えて貰った(というか、言い聞かされた)のだ。
うち、北事務所の楠本。
中央、支社の役割もしている大きな支部には稲葉。
南、ここも大きな地域を持っていて支社並みの大きさである支部には高田。
この3人が人呼んで「3大イケメン営業」らしい。いずれもタイプは違うがそろいも揃って美男子で、それぞれが独特の魅力と高い営業成績で周囲を圧倒している(らしい)。
それに、彼らほど美形ではないにせよ、愛嬌と成績の素晴らしさにおいては右に出るもののいないと噂される、南の平林。彼を足した4人が、この支社の大会での壇上表彰常連の営業達だった。
事務のアルバイト女子達が顔を赤くしながら興奮して話しているのは彼らのこと。私は隅っこの壁際で、興味深くそれを聞いていた。
ほおほお、稲葉さんて人は垂れ目なのね、とか、高田さんて人は長髪なの?とか。スーパー営業って呼ばれるには、つまりどのくらい成績がいるんだろ・・・などと考えたり。
美男子かあ〜・・・きゅうりみたいなのが他にも二人もいるってことだよね。うわ〜、保険会社って、顔で選ぶのかしら・・・。いやいや、まさかね。彼らが好成績なのには、何か人知れず努力をしてはるに違いない!
一人でアレコレ考えては拳を握り締めたりしていた私だった。
「ねー、北事務所の・・あ、瀬川さん!ねえねえ、聞きたいことがあったの〜」
声が聞こえて振り返ると、やってくるのは支社勤めの水野さん。電話はよく話すけど、彼女も『今日初めて会った』人だ。
電話でのハキハキした印象そのままの肩までのワンレンスタイルの美人だった。
「はい?」
慌てて微笑みを作る私に、彼女はアッサリと聞いた。
「楠本さんて、彼女いるの?」
ストレートの直球にちょっとふらりとする。
ああ・・・このくらい、私も素直に物が言えたら・・・と考える。
彼女の声が聞こえてた範囲にいた女の子だちがわっと集まって、耳を傾けたので、つい、数歩後ろに下がってしまった。
「・・・えーと・・・。あの・・ごめんね、知らないの」
ええー!??とまた声が上がる。
「嘘!?誰も知らないの?そういう話しないの?仲間さんも知らないのかな!?」
「・・・仲間さんからも、きゅ・・・でなくて、楠本さんに彼女がいるとは聞いたことないけど・・。いないとも、聞いてない」
はああ〜・・・とお次は盛大なため息。皆聞き上手なこと。
「えー、どうなのかなあ〜。今居るんだったら諦めるけど、居ないんだったらトライしてみたいな〜」
水野さんは嬉しそうに言い、他の女の子たちからは、会社の人と付き合ったら絶対噂になるから、違うよね、多分、などと聞こえてくる。
「楠本さんって、女性客からは絶対保険取らないって聞いたけど。あれって本当かな?」
「あ、うん」
この質問には答えられる。先日青山さんから聞いた話をそのまま話したら、皆うんうんと頷いていた。
「イケメンも苦労するんだね〜。でもそこで、いいや、優積になるには顔も使ってやれって、女垂らしにならないところは高感度アップだわ〜。そういう営業もいると思うし・・・」
確かに、そんな営業マンだって、いるだろう。自分の使えるもの全てを使ってでも契約を取りたいと思うのは、人間としては当たり前とも思うし。それくらい契約を頂くのは難しい。
「あ、そうだ。南の高田さんはね・・・」
と話がきゅうりから反れていってほっとしていると、水野さんが一枚の紙を持ってきて私の目の前に突き出した。
「これ、支社の女の子の間で回ってるアンケート用紙なんだよね。それぞれの事務所の子に頼んで、目をつけてる営業に聞いて貰ってるの。瀬川さんにもお願い出来る?」
「・・・はあ」
アンケート??
用紙を受け取って読んでみる。
1、名前
2、好きな食べ物は?
3、好きな場所は?
4、彼女はいますか?
5、自由時間は・・・・
「・・・何ですか、これ?」
「だから、アンケート。これで意中の人の情報をゲットしたいわけよ」
水野さんはウィンクをして、両手を合わせた。
「ね、お願い。時間ある時でいいから、楠本さんに聞いてみてくれない?書き込むのは瀬川さんでいいからさ」
・・・・うーん。
今の、私ときゅうりの状態で、それはものすごーくハードルが高いんですけど。・・・困った。
「・・・・確約は出来ないよ?」
「うんうん、無理にとは言わないし、出来るだけでいいから!」
水野さんは手を叩いて喜んだ。
複雑な気分でアンケート用紙を見る。
・・・まあ、確かに、この情報は私も知りたい・・・けど。
その時、大会が終了しました、とお呼びが来た。水野さんはもう一度、お願いね、と私に言って、手を振っていってしまった。
ため息をついてアンケートを鞄にしまう。
とにかく、私も霧島部長を探さなくちゃ。 ざわざわとうるさいホテルの宴会場の前のロビーで、私は人ごみをかきわけて霧島部長のもとに行こうと努力をしていた。
「・・・うー・・・」
進まない。
私は決して身長が低いわけではない。トマトなんて呼ばれてるのは真っ赤になるからってだけで、背が低くて丸い体をしているわけではないのだ。
・・・まあ、痩せているとはお世辞にも言えないが・・・。それに、きゅうりからしたら確かにチビだろうしさ。
普通に女の子の中にいれば高いと言われる166センチの身長も、男ばかり集められているこの場所では殆ど役に立たなかった。
・・・前が見えない。
次々と現れる黒いスーツの壁をよけてよけて進み、何とか部長のもとまでたどり着けた時には息も切れていた。
「きっ・・・霧島部長・・」
振り向いて、私に気付いた部長が、よう、と手を上げる。
「瀬川さん、お疲れ様だったな。今日はもう手はいいらしいし、事務所のほうも大丈夫と言っていたから、あとは上がってくれていいぞ」
「あ、はい。判りました。一度戻らなくていいんですか?」
「うん、このまま直帰してくれていい」
それでは、と帰りの挨拶をして、部長と別れた。
・・・時間、空いちゃったな。まさか、2時すぎに仕事が終わると思ってなかった。
でもお昼がまだで、お腹も空いたし、取り合えずなんか食べて―――――。
これからの予定を考えながら、エレベーターを使わず階段を降りる。
会場が3階だった為、一般のホテル利用客に考慮して、保険会社の人間は階段を使用するようにお達しが出ていた。
1階のフロントロビーを抜けて、玄関へと回る。曇り空の今日は、都会の風景もかすんで見えた。そこここに散らばって談笑する営業職員の間を通り抜けて外へ出た時、入口横の喫煙コーナーにいた、同じ事務所の営業マンに声をかけられた。
「おや、瀬川さん来てたんだ、お手伝いで借り出された?」
喜多川さんというこの年配の営業マンは定年退職後、永年営業として、会社に復帰した組の一人。30年以上もこの世界にいて、酸いも甘いもかみ分けた、本気のベテランさんだ。
なんせ余裕がある。
言葉一つも優しい上に過去の保険作りの遍歴まで全部熟知している生き字引で、私たち事務組は「キタじい」と尊敬と愛情をこめて呼んでいる。
「喜多川さん、お疲れ様です」
駆け寄って、挨拶する。キタじいはにこにこ笑って、タバコをアッシュトレイでもみ消した。
「はい、今日はお手伝いです」
「ご苦労さん。今から事務所かい?」
「いえ、部長がもう上がってもいいと仰ってくださったので、帰ります」
一緒に並んでその場を歩きながら、説明した。
「大会の後は、事務所で大体ご飯を食べにいくんだけど・・・。一緒に来たらいいじゃないか」
キタじいの申し出は有難いけど、男性ばっかと一緒にご飯の何が楽しい。
向こうも気を遣うだろうし・・・と思って、首をふる。
「いえ、一人でパッと食べちゃいます。折角の降って湧いた自由時間なんで――――」
言いかけたところで、後ろから割り込んできた人に腕をとられた。
「すみません、喜多川さん。ちょっと彼女借りますね」
「・・・は?」
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