A


 目が覚めた。


 あたしはいつもの布団の中にいて、毛布にくるまっていた。いつもの天井、カーテンの隙間から入る朝日が細く天井に張り付いている。

 細めて開けた目を片手で擦って、ため息をつく。・・・・・はあ〜・・・・何か、壮大な夢を見ていたような。

 イラストから葉月タケルが抜け出して、人間になり、あたしと一緒住むとか何とか――――――――

 ・・・・バカらしい。あたしったらおばあちゃんが亡くなったストレスで、妄想力が増えちゃったんじゃないの?

 やれやれ、と伸びをしようとして、布団の中で腕が何かにぶつかった。

 何か、温かいもの・・・?

「・・・・はよ。起きたのか」

「は!?」

 がばっと飛び起きてずり下がろうとし、あたしはそのままベッドから転げ落ちた。

「なっ・・・なななななな!??」

 ベッドの下で体に絡まった毛布から逃れようとジタバタしながら叫ぶ。まさかここに誰かいるんですか〜っ!?

「・・・おい」

 ぐいっと毛布が引っ張られて、絡まりから抜け出し、あたしは床に倒れこむ。その勢いで頭を打って、痛い〜とさすりながらも体を捻って上を向いた。

「・・・大丈夫か?」

 ベッドの上から、毛布を手にして呆れた顔で覗き込んでいるのは――――


「たっ・・・」


 たーけーるーだああああああああ〜!!!

 あたしはそのまま言葉も出ずに口をただパクパクとさせる。

 夢じゃなかったんだ!?やっぱり現実だったんだ!?タケルが、いる。本当にいるよ〜っ!!そんなまさか、いやでもだって、目の前に、あたしの目の前に―――――

 ・・・・・・裸で。


「うわああああーっ!!」

 あたしはまた叫んで、更に後ろに下がって、今度は壁で頭を打った。

 ・・・・痛い・・・。しかめっ面で両手で頭を抱え込んだ。でも、消えない。このタケルは、消えそうにない。ってことは、現実だ!

 現実なんだ〜っ!!

「・・・・朝から元気だな、お前」

 上半身裸(だけだと信じたい)のタケルがベッドの上で欠伸をしつつ伸びをした。

「なっ・・・なっ・・・なっ・・・」

 あたしは指で彼を指して、わなわなと震える。

「んー?」

 けだるそうにこっちを見るタケルは色っぽさ満開だ。そんな・・・そんな流し目で見ないで〜!!・・・ってか今はそうじゃなくて!

「何でここで寝てるの!?」

 あたしはそんな微妙な質問しか出来ないほどうろたえていた。頭の中では、そこじゃないでしょうが!って自分をハリセンで叩く。

 タケルは片手を頭に突っ込み、伏し目であたしをちらりと見て笑う。

「だって他に寝るとこなかった」

 ・・・あ、そうですか。・・・いやいや、だーかーらーそうではなくて。

「えーっと。・・・ちょっと落ち着く時間が必要なの、あたし。あのさ、しばらく消えててくれない?」

「ヤダね」

 あたしは目をぱちくりさせた。

 ・・・・あれ?葉月タケルって、こういうキャラだったっけ?

 昨日からの言葉を思い出してみても、何か、上から目線というか、俺様というか、エラソーじゃなかった??

 だってだって、先生の描く葉月タケルはエリートのサラリーマンで、皆に優しくて、特に女の子には本当に優しくて、気も利いて、おまけに美男子で、全く、全然俺様なんかじゃなくって、むしろ王子様で・・・。

 あたしがつらつらと考えつつそれまでとは違うショックを受けて黙っていると、当の本人はよいしょ、とベッドから降りて、それはそれは見事な肉体を目の前にさらけだして大きく伸びをした(やっぱり裸なのは上半身だけだった)。

 そして長めの前髪がかかった綺麗な瞳であたしをヒタと見て、軽い微笑をした。

「腹、減った」

「・・・はい?」

「腹、減った」

「・・・はい」

 彼は長い足で一歩で近づき、素早く腰を落としていきなりあたしの目の前に綺麗な顔を近づけた。あたしはこれ以上下がれずに、驚いたままの顔で背中を壁に押し付ける。

「なななな何っ!?」

 彼は吐息を感じるくらいに顔を近づけて、低い声でゆっくりと言った。

「腹が、減った」

 茶色の瞳の中に、目を見開いて縮こまるあたしがうつっている。あまりに近すぎて、頭が酸欠でくらくらしてきた。

「・・・・えー・・・。朝食、作り、ます」

 タケルはにっこりと笑って、身を起こす。

「宜しく」

 ・・・えーっと。一体、どうして?

 とか思いながら、あたしはとりあえず朝食を作っていた。顔だけ洗って、着ているものはまだパジャマのままで。

 フライパンを揺らして目玉焼きとソーセージを炒めながら、漫画のキャラとの性格のあまりの違いに心の中で文句を言う。

 文句の相手は、シャツの前を開けたフェロモンだしまくりの格好で、顎を片手で支えながらぼーっと窓の外を眺めているようだった。外では庭の植物に春の日差しがさんさんと降りそそいでいる。

「・・・出来た、ご飯。どうぞ」

 テーブルにセットして声をかけると、ニコニコしたままでやってきた。そして手をあわせて頭を下げると、凄い勢いで食べ始めた。

「あ、美味しい」

 喜びを感じさせる声を聞いて振り返ると、彼は咀嚼しながら笑顔でこっちを見ていた。

「うまいよ、これ。サツキ、料理できるんだな」

 ・・・・料理ってほどのもんを作ったわけではないんだけど。と思いつつも、憧れの美形に褒められて気分はよくなったあたしだった。いいのよ、どうぞ、ゲンキンと呼んで。

「あ、それだ」

「ん?」

 食べながら問いかけるタケルの前にそろそろと座って、あたしは聞く。

「色々聞きたいんだけど、とにかくまず、どうしてあたしの名前知ってるの?」

 答えないままガツガツと食べて(しかし、そんな姿でさえ綺麗って、どうよ)、お茶を飲んで一息ついてから、彼はおもむろに口を開いた。

「俺が入ってた紙に書いてあった。サツキちゃんへって」

 ピンときた。ああ!って。先生のサインだ。

 葉月タケルのイラストを描いてくれた上にあたしの名前をいれてくれたんだ、と感動したんだった。なるほどね、それを見て言ったから、呼ばれてもサツキとカタカナで言われてる印象だったのか。

 先生がくれた『サツキちゃんへ』は、確かにカタカナだった。

 あたしは一人頷いて、次の質問を放つことにする。

「・・・先生の描くあなたはすごーく優しいイケメンなんだけど・・・どうして今目の前にいるあなたはそんなにエラソーなの?」

 彼は顔をあげて前髪の間からあたしを見たけど、口にご飯を放り込むのは止めなかった。

 ・・・・よっぽどお腹すいてんだな。

 あたしが仕方なくそれを見ながら待っていると、お茶を飲んでから、低い声で言う。

「俺にはわからない。きっと、元からこんなんだったんだろ」

 異議あり!あたしはつい身を乗り出して抗議する。

「違う〜!!全然違います!漫画のあなたはと〜っても優しくて、由佳ちゃんにも超スウィートなんだから!」

 すると彼は一瞬きょとんとした顔になった。

「由佳ちゃんって誰?」

 ・・・・えええええ!???あたしはのけぞる。驚きのあまり全身の毛が逆立ったかと思った。

 ゆ、ゆ、由佳ちゃんってば3年間もあんたの彼女をしてる女の子でしょうがあああ!

「誰ってマジで!?あなたの彼女でしょう!3年間も、小コミで人気連載中じゃん!」

 あたしがわなわなと震えながら言うと、彼はふーんと興味なさげに返して味噌汁を飲む。

「・・・多分、それは関係ないんだな」

「は?」

「俺は、あくまであの紙から生まれたんだ。だからそのイラストの優しい俺は、ここにいる俺とは関係ない」

 ・・・ええ?!つまり、つまり・・・。先生があの紙に書いたイラストのタケルは、現在進行形で漫画の世界で活躍している葉月タケルとは別の存在だと?

「・・・じゃあ、漫画連載中のタケルだったら、優しかったの?」



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