対 帝国学園
「あ、サッカー部がこっちを見てるよ」
「ああ」
ジーッと河川敷を見ていると、土門さんがこちらに気付いた。
次に豪炎寺さんが気づき、その次に円堂さんがこちらに気付いた。……何故か壁山が後ろにひっついていたけど。
「……あれ、円堂さんこっちに向かって来てるよ」
「彼奴と話してくる」
「そう、いってらっしゃい」
鬼道さんに微笑んで、その背中を見送る。
僕は河川敷の横にある道で対面している円堂さんと鬼道さんを見つめる。
「しかし、中学の方では監督不在だと出場できなくなるのか……」
フットボールフロンティア中学部門の方の規約は面倒だな。
だからさっき雷雷軒に来て、おっさんに監督を頼めないかって言いに来たのか。
……だけど、なんで雷雷軒のおっさん?
さっきの会話に出てきていた『秘伝書』やら、『円堂さんのおじいさん』……『イナズマイレブン』。うーん、この単語に何か意味があるのだろうか。
「……此処からじゃ、何を話しているか分からないな」
手すり部分に背中を預け、携帯を弄る。
……あ、確か次の対戦相手は帝国学園だっけ?雷門、あの練習試合からどれだけ成長できたかな?
そう思いながら片耳だけイヤピースをはめて、曲を選ぶ。
「苗字」
「あ、お帰りなさい鬼道さん。……何を話していたの?」
「色々、な」
「?……ふーん」
鬼道さんは黙ったままこちらを見る。
何だろう、と思いながら片耳だけ付けていたイヤホンを外し、パーカーのポケットに突っ込む。
「秋葉名戸学園との試合、出場していたみたいだな」
「あー……うん、そう。……出てたけど、なに?」
「いや。またサッカーをするのか、と思ってな」
「残念。まだやらないよ」
ニヤッと笑うと、鬼道さんはフッと笑った。
と、横に車が止まっている事に気付いた。…なんで気付かなかったんだろう。
「早くお前と試合をしてみたいんだがな」
「ま、いつか出来るよ」
「その“いつか”を楽しみにしている」
そう言って車の方へ歩いて行った鬼道さん。
その車が見えなくなった所で、帰り道を歩こうと方向転換した時、
「おーい苗字ー!!」
円堂さんが僕を呼んだ。
振り返って河川敷のグラウンドを見下ろすと、円堂さんがこちらを見て両手で手を振っていた。
「一緒にサッカーしよーぜー!!」
そう笑顔でこちらに手を振る円堂さん。
……僕、全国で勝ってから一緒にやるって言ったんだけどなぁ。
「行ってこいよ、嬢ちゃん」
「! ……鬼瓦のおっさん」
後ろから聞こえた声に振り返る。
そこには鬼瓦のおっさんがいた。…いつの間に?僕が雷雷軒を出たときは、まだ店内にいたはずなのに。
「……でも、」
「嬢ちゃんが何故サッカーをやめたのかは知らねェ。……だけどよ、好きなことを抑えるのはきついだろ」
鬼瓦のおっさんの言葉に目を見開く。
僕がサッカーやってたこと、知ってるんだ……。
「御影専農中との試合を見ていたお前さんの顔……、羨ましそうだったぞ」
「!!」
鬼瓦のおっさんは僕の目の前まで来て、頭に手を乗せてきた。
その手で僕の頭をポンッポンッと軽く叩いた後、僕の身体の向きを変えさせ、背中を押した。
鬼瓦のおっさんの方へ振り返ると「行ってこいよ」と言われた。
……そういえば、目金さんが言ってたな。『好きな事に真摯に』って。
今の僕は、好きなサッカーから逃げてるだけだ。兄さんがいないからって。
でも僕にとって兄さんは、僕という選手を作った存在で、たった一人の兄さんで……。
僕と一緒にサッカーしてくれるのは兄さんと、地元にいる友達だけだ。
楽しいと思えたのも、競い合えたのも……。
「それに、秋葉名戸学園との試合に出てたらしいじゃねーか。……一緒に試合やったんだろ?」
「……うん」
「なら、一緒にやってこいよ。大丈夫さ、何に恐れているかは知らねェが……。お前さんが思っているような事は起こらねェよ」
その優しげな表情に何も言えなくなった。
「……じゃあ、行ってくるよ」
最後に見えた鬼瓦のおっさんの表情は、先程と変わらず優しげだった気がした。
「なあ、苗字。なんで鬼道と一緒だったんだ?」
「なんかいた。……僕は雷雷軒からの帰りで、君達がいたから練習風景を見てたんだよ」
河川敷のグラウンドに入って、円堂さんの前に立つ。
円堂さんの後ろにはサッカー部の皆さんがこちらを見ている。
「そういえば、監督いないんだってね」
「あっははー……。ま、何とかなるさ」
「何とか……。あ、練習見てあげよっか?アドバイスなら出来ると思うけど」
「ほんとか!?助かる!!
こちらをキラキラした目で見ている円堂さんが、幼い時の僕の様に見えた。
それは、兄さんにサッカーを教えて貰っているときの僕によく似ていて。
「ほら、一緒にやろーぜ!」
「わっ、ちょっと引っ張らないでよ!」
円堂さんに腕を掴まれ、グラウンドへ引っ張られる。
不思議と嫌ではなかった。
2021/02/20
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