対 真・帝国学園
先程、雷門のみんなの声が聞こえた。それでも遠く聞こえたことから、彼らがいる場所からここは結構離れているのだろう。
それでも、急いで合流しないと。理由もなく声が揃うことはない、あれは気合いを入れるかけ声だろう。
やはり、さっきのホイッスルの音は気のせいではなかった。彼らは今、試合をしている。……その相手は考えるまでもない、真・帝国学園だろう。
「……影山零冶」
ずっと走り続けては、試合に合流したときに持たない。一度歩いて呼吸を整えよう。そう思い、歩きに切り替えて数分。……僕の口から出たのは、影山の名前だった。
「彼は、どうして僕にあんな事を言ったんだろう」
『そうか。……君は、私と同じではなかったか』
あの言葉。あの言葉が僕の頭にずっと残っている。
分かっているのは、僕と影山には共通点があるということ。……でなければ、同じと言わないだろう。
けど、影山のイメージは非道というもので固まっている。僕自身に非道の心がないと断言はしない。少なからず、僕も悪いと思うことはしているから。……僕が一度サッカー界を離れるきっかけとなったあの試合がそうだろう。
だが、僕は悪意があってあんなことをしたんじゃない。ただ、兄さんが罵倒されたことが許せなかった。……その結果が、相手選手を怪我させることに繋がっただけだ。
でも、影山は違う。目的の為に必要ならば選手だって潰す。実際に雷門は、FF予選試合決勝で、その被害に遭っている。あの時は、鬼道さんが直前に見つけてくれたから、最悪な事態にはならなかった。
「……そういえば、どうして兄さんのことを聞いたんだろう?」
非道な部分が共通点ではない。何故なら僕自身が納得できないから。……別に自分を庇護しているわけじゃないからね。
じゃあ他に何があるか……影山との会話を振り返っていると、兄さんの事を聞かれたことを思い出した。
「初めは兄さんを人質にって思ったけど、結局は僕の問いに使った材料程度にしか話さなかった」
それに、サッカーと言うより……何て良いんだろう、僕達の関係値について知りたがっている様子だった。
聞かれた当初は、何を当たり前の事をって思ったけど……。いや、今思い返してもそれくらいしか浮かばない。
「確かに兄さんは、僕がサッカーを離れる原因になったかもしれない。けど、それは僕が我慢できていれば……って、あれ?」
影山は、僕がサッカー界から一度消した事が兄さんだと推測した。その推測を出すまでに、影山は僕に兄さんをどう思っているか、と尋ねてきた。
普通に聞いただけでは兄さんについて聞いているようにも聞こえるし、僕を利用する餌にしようとしているのではないか、とも聞こえる。
けど、改めて思い返して思った事がある。
何故影山は他人の家族関係について尋ねたのか、だ。
勝手なイメージだけど、こう言うのって大人同士なら違和感ないと思う。ばあちゃんが僕達についてばあちゃんの友達に話しているとこを結構見かけたし。
大人と子供で話す場合も、それなりに関わりがないと話さないと思う。
だがら、全くの接点がないというのに影山が僕と兄さんの関係値について尋ねるのは変じゃないか、と思ったんだ。
それも、簡単に調べた上で尋ねていることも、だ。
「……家族関係。もしかして、そこに何かあるのかも」
寧ろ、さっきの話ではそれ以外関連性が生まれない。……けど、影山の家族ってよく分からない。ま、普通はそうか。
「……ふぅ、息も整ってきたし、そろそろ走るか」
影山との会話の件は、試合が終わったときに改めて考えよう。
まずはみんなと合流し、試合に参加しなければ。
「! 見えた、絶対出口!」
走り続けて数分。
ようやく見たかった光が指す場所を見つけた。絶対にあれは太陽の光だ……やっと出られた!
そう思って光の差す場所を走り抜けたのに___
「え……?」
僕の視界に入ったのは、不動のスライディングを受けた染岡さんだった。
鳴り響くホイッスルに足が止まる。審判がイエローカードを出した……当たり前だ。
今の一瞬だけ見ても分かった……不動は明らかに態と染岡さんの足を狙った。
「悪い悪い、まさかこんなのも避けられないとはねぇ」
「テメェ、今のわざとだろ!! こいつ……!」
「止めろ! 殴ったら、お前が退場になる……ッ、吹雪!」
挑発するような顔で染岡さん達に背を向けた不動。……目が合う。彼が僕に気づいた。
「おや? やっと戻ってきたのかぁ、名前チャン」
「……」
僕はその問いに対し、睨むことで返事した。……あの顔、やっぱりわざとだ。
不動明王……僕の中で嫌いな人ランキング一位になったよ。人を傷つけるプレーをする人は、僕が最も大っ嫌いな人だ。
「苗字、無事だったんだな!」
僕に声を掛けてくれたのは円堂さんだ。……けど、今の僕にはそれに返事する余裕はなかった。
まっすぐある人の元へと歩く……その人物というのは。
「円堂達から聞いてたぜ。影山のとこにいたんだろ? 何事もなくて良かった」
「……心配しすぎですよ、染岡さん」
足を負傷し、座り込んでいる染岡さんだ。
状態は秋ちゃん先輩が診ていたようだけど……そう思いながら自分も膝を着いて、染岡さんの負傷した足を見る。
「……秋ちゃん先輩、状態は」
「これ以上のプレイは無理だわ」
そりゃそうか。見ただけで分かるくらい腫れてる。歩くのも困難だろう。
染岡さんの足を見ていると、上から円堂さんが僕を呼んだ。
「……いけるか?」
それは、交代についての問いだった。
……そんなこと、聞くまででもないのに。そう思いながらも勿論と返事をしようとした。
「___交代は無しだ」
「え?」
「は?」
円堂さんを見上げていたら聞こえた声。それは、染岡さんだった。
視線を戻せば、ふらつきながらも立っている染岡さんがそこにいた。
「染岡くんっ」
「無理はするな!」
円堂さんがふらつく染岡さんを支える。……すると、染岡さんが円堂さんの肩を掴んで、訴える様にこう言った。
「役に立たねぇかもしれねぇが、ピッチに置いてくれ……! 影山なんかに負けたくねぇんだ……!」
「……染岡」
……役に立ちたいから、か。
悪いけど、それ。
「___認めないよ」
「苗字?」
「認めない。今すぐベンチに行って」
いくら気持ちがあろうとも、僕は認めてあげられない。
「瞳子姉さん、染岡さんと交代で僕が入る」
「苗字っ、」
「……分かった。その代わり、FWとして動いて貰うわよ」
後ろから僕を呼ぶ染岡さんをわざと無視する。瞳子姉さんから交代の許可を得たと同時にポジションの指示があったため、僕はそれに頷いた。
「苗字、俺はまだ……!」
「その足でどう動くの? どんな役割を果たせるの? ……僕が納得する内容で言ってごらんよ」
いまだ円堂さんに支えて貰っている染岡さんを見上げる。
その顔には汗があり、間違いなく無理をしていることが分かる。
「落ち着け苗字!」
「僕は落ち着いてるよ、円堂さん」
「いいや、違うわ! 名前、今の貴女すごく怖いわ……」
春奈に言われた言葉が、少しだけ僕を反応させた。
……そうか、だから今空気が重く感じるんだ。重くさせているのは、間違いなく僕で。
けど、緩める事はしない。その重さが威圧と呼べるなら、ここで染岡さんの意思を折る。
「その怪我では何もできない。手遅れになる前に、大人しくベンチに座ってなよ」
染岡さんを早くベンチへ
マネージャーはすぐに手当をして
そう告げれば、秋ちゃん先輩が頷いてくれた。
「ええ、苗字さんの言う通りだわ。円堂くん、染岡くんを運ぶのを手伝ってくれるかしら」
「……ああ」
染岡さんと、染岡さんを支える円堂さんと秋ちゃん先輩の背中を見送っていると、「名前」と声を掛けられた。
「なに、春奈」
「どうして、あんな攻撃的な言葉を染岡さんにぶつけたの」
「僕はただ止めただけだよ」
そう言って僕は春奈との会話を切るため、あいつに背中を見せた。
もう話す事は無い、と意思表示をみせて。
……人間関係が崩れたっていい。
僕は倒れた人を見るのが嫌いだ。それが病気だろと怪我だろうと関係ない。
僕自身を守るためでもあるかもしれない。けど、ちゃんと理由はある。
あの状態で試合を続けていたら、染岡さんはサッカーができなくなってしまう可能性があった。だから、無理矢理にでも退場させたかったんだ。
「……最悪な事態を回避できるなら、僕は悪魔にだってなってやるさ」
例え堕ちた天使と呼ばれてもいい。
誰かのサッカー人生が奪われないのなら……それでいい。
2023/9/03
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