対 世宇子中
「苗字さん!音無さん!枕投げしない?」
体育館に入ると、少林寺がそう声を掛けてきた。
後ろには壁山と栗松がいる。
「枕投げ?……良いじゃん、全員当ててやるよ」
少林寺のお誘いにOKを出し、春奈と一緒に荷物を置きに一旦その場を離れる。
上のジャージを腰に巻き、白いTシャツになる。首回りがすっきりしているお気に入りの服である。
「あ、秋葉名戸学園との試合前に着てた格好でヤンス」
「このスタイル、お気に入りなんだよね〜」
栗松の言葉にそう返して、三人の前に立つ。
半袖に長ズボン。僕のお気に入りスタイルの1つだ。
「どうせならチーム戦にしようよ」
「それ良いッス!」
僕の提案に壁山が賛成の声を出す。
後から少林寺、栗松、春奈も賛成の声を出した。
「じゃあ最初は、男子対女子ね!」
「えっ。それじゃあ配分悪くないでヤンスか?」
「僕がいるから問題ないよ」
「じゃあ決まりね!」
春奈の提案に栗松がそう言った。正直、男子に負ける気は無い。
僕がそう言うと、春奈が男子の意見を聞く前に決定してしまった。
***
数分後
「つ、強すぎッス苗字さん……」
「当たった所がヒリヒリする……っ」
「枕が見えなかったでヤンス……」
目の前には、転がっている1年男子ズ。あ、でも宍戸がいないや。
「最初に言ったじゃん。全員当てるって」
腕を組み、鼻を鳴らしながらそう言う。
隣にいる春奈は、目をパチパチさせながら固まっている。
「も、もう名前っ!貴女は見学よ!!」
「えぇーっ!?なんでー!!?」
「話にならないからよ!!」
僕は春奈にそう言われ、強制的に見学になってしまった。
「ぶーぶーっ、春奈のけちんぼっ」
「あら名前さん。どうして此処に?」
「枕投げ外された」
やってきた木野さんに、向こうにいる春奈達を指さす。
「ちょっと皆!やめなさいっ!!枕投げに来たんじゃないのよ!!」
木野さんが枕投げしている春奈達に気付き、止めに行ってしまった。
残念ながら、4人は木野さんの声は届いていない。
暫く眺めていると……
「……あ」
栗松が投げた枕が、奥にいた染岡さんに当たった。
その光景を見た4人はその場に固まる。
「お前等なぁ……」
「ひ、ひぃぃぃっ……、ごめんなさあああい!!!」
「こら待てェ!!ゴラァ!!!」
「わあああああッ!!?」
染岡さんは怒鳴り、枕投げしてた組は逃げ回る。
僕はその場で大爆笑。
体育館の床をバシバシ叩く音が僅かに響く。逃げ回ってる組の声が一番うるさいので、僕の手のひらから発生している音はそんなにうるさくないだろう。
「は、ははっ。ひぃ〜っ、笑いすぎて死ぬうぅぅっ」
「楽しそうだな、苗字」
「あのザマはっ、本当に……っ。あっはははははっ!!!」
話しかけてきた土門さんにそう返すが、堪えきれずに笑い声を出す。
「……あ、そういえば。土門さん、隣の方は?」
やっと落ち着き、気になっていたことを尋ねる。
土門さんの隣にいる男の人が、木戸川清修との試合前にあった偵察の件から気になっていたのだ。
「初めまして。俺は一之瀬、『一之瀬一哉』だよ。よろしく」
「一之瀬さんね。僕は苗字名前だよ」
差し出された手を握り、一之瀬さんと握手する。
「君の事はアメリカでも話を聞くよ」
「アメリカ?」
「うん。俺、帰国子女なんだ」
「ほほ〜、そうなんだ。……って僕、アメリカでも知られてるの?」
僕がそう言うと、一之瀬さんは「うん!」と頷いた。
「木戸川清修との試合前の決闘で、君がアメリカでも話を聞く理由が分かったよ」
「そう?あれは打ち返しただけだよ?」
「君はそう思うだろうけど、女性のサッカープレイヤーで男子と混ざって参加するレベルだって聞いてたからさ」
「まあ、確かに女性のサッカープレイヤーってあまり見ないよねー。プロ以外で」
「俺も苗字さんと同じMFなんだ!」
「MFなんだ〜!」
どうやら、一之瀬さんは僕と同じMFのようだ。
「一之瀬は『フィールドの魔術師』って呼ばれてるからな!」
「へぇ、フィールドの。是非兄さんと……あ」
土門さんの言葉に、ふと浮かんだ言葉を口にしてしまい、言葉を詰まらせた。
兄さんと似た異名だったから、つい口に出してしまった。
「?どうしたんだい?」
「いや、なんでもないよ」
一之瀬さんの言葉にそう返して、2人から離れた。
少し離れた所にボールが転がっていたので、両手で拾う。
「……フィールド、か」
一之瀬さんの異名を聞いて、兄さんを思い浮かべてしまった。
ボールを持つ手に力がこもる。
「……兄さん」
いつになったら、また兄さんと一緒にサッカーできるのかな。………僕はいつまでも待つよ、兄さんの事。
2021/02/21
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