ブラックトリガー争奪戦



相手を倒さないように、でも確実にダメージを与えて。
そう動いていた。

……攻撃主アタッカーはトリオン消費が少ない方だから、傷でも付けないと減らせない。


「どうした、迅。なぜ風刃を使わない? 何を企んでいる」


太刀川さんの問いに迅さんは答えない。
ただニヒルに笑うだけ。

ブラックトリガーを使わないのか、という問いに私が含まれる事はない。
私のブラックトリガーは忍田さんの許可が降りることで使用可能になるからだ。因みに今回は貰っていない。……そもそも貰う云々の前にブラックトリガーを使ってしまえば今回の戦略プランが成り立たなくなる。


と言うわけで、私にその質問が飛んでくる確率は低いという訳だ。

それに兄さんだったら迷わずこう言うだろう……『全員倒せばいい』って。
戦闘の事になると急に脳筋になるんだよなぁ。まぁ、それで勝っちゃうから何も言い返せないんだけどね。


「随分大人しいな、迅。昔の方がプレッシャーはあったぞ」

「まともに戦う気なんかないんですよ。この人達は単なる時間稼ぎ、今頃きっと玉狛の連中が近界民ネイバーを逃がしてるんだ」


先程からずっと菊地原君は私達と戦う事が無意味だと主張していた。
だから彼が発言する度に冷や汗をかいているような感覚を覚えていた。……こちらの作戦がバレたんじゃないかって。


「いいや、迅は予知を使って確実に守りに徹しながら、こちらのトリオンを確実に削っている」


風間さんの発言に嫌な予感が頭を埋める。
……この人は鋭い。
だから一番最初に看破されるなら___


「向こうの狙いは、俺達を『トリオン切れで撤退させる』ことだ」

「あ〜らら」


___風間さんだと予想してた。
そして今、現実となった。


「なるほど。あくまで俺達を帰らせる気か。撃破より撤退させた方が、本部との摩擦も少なくて済む」

「戦闘中に後始末の心配とは……大した余裕だな」


気づいてしまった、迅さんの狙いに。
……これでもう決まってしまった。


「何をもたもたやってんだ、風間さんも太刀川さんも。トリオン切れを狙ってたって、ただ逃げ回るだけじゃないか。あの人とは遠征前の訓練でも何度か戦ったけど、大して強いとは思わなかった。特に相打ちオーケーならすぐ片がつく。苗字先輩に至ってはブラックトリガー使いのくせに一度もその能力を見せた事がないらしいじゃん。ノーマルトリガーだとしても、正直人数積めば簡単に倒せる。風間さん、やっぱりこの人達は無視して玉狛に直行しましょうよ。僕らのターゲットは玉狛のブラックトリガー、この人達を追い回したって逃げ回るだけだし、時間の無駄だ」

「……なるほど。迅の逃げを封じる手か。確かにこのまま戦っても埒が明かないな___玉狛に向かおう」


菊地原君の言葉に風間さんが賛同した。
その言葉を聞いて私は弧月を収めた。
___それと同時に。


「やれやれ、やっぱりそうなるか」


迅さんが風刃を起動した。
風刃を振りかぶる姿を捉えた風間さんが咄嗟に二刀のスコーピオンで防ごうと構えたが、迅さんが狙ったのは風間さんではない。


「!!」


その後ろにいた菊地原君だ。
菊地原君の首は胴体と離れてしまい、トリオン伝達脳とトリオン供給器官が分離されたことでトリオン体を維持できず、緊急脱出ベイルアウトで戦線脱落した。


「……出たな、風刃」


迅さんが風刃を起動した。
それはつまり___


「しかたない。”プランB”だ」


迅さんが風刃で全員を相手にすること。
それと同時に迅さんが風刃を使う最後の戦いになる事でもあった。


「名前ちゃん」

「……分かってます」


私はバッグワームを起動する。
プランBになってしまえば私はここにいる必要はない。


「やるからには負けないでくださいよ」

「大丈夫だって。おれと風刃は最強だから。それに、名前ちゃんから応援してもらったからね」

「……ま、それだけ無駄口が出てくるなら心配なさそうですね」


それだけ言って私は戦線を離れた。

プランB
……それは、城戸さん達に風刃の性能を理解して貰う為に、あの場にいるA級隊員全員を相手し勝利する。
そして、風刃を本部に返上する。

それが迅さんが語ったプランBの内容だった。


「……私には絶対にできない」


もし兄さんが、風刃のように適正の人が多くいるブラックトリガーだった場合。
私だったらそれでも兄さんを手放せない。例えそれが大事な後輩のためだとしても。


「……本当にそれしか方法はなかったんですか、迅さん」


遠く離れた場所で迅さんをもう一度振り返り見る。
そこでは既に激しい戦闘が繰り広げられていた。





2022/2/12


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