ブラックトリガー争奪戦
side.迅悠一
「良いのか? 愛しの苗字がいなくても」
「いいの。名前ちゃんにはまだやることがあるからね」
太刀川さんの言葉をさらっと流し、攻撃を再開する。
『……分かってます』
おれが名前ちゃんを呼んだとき、彼女はおれの意図を読んでそう答えたのだ。
”これからはおれ1人でやる”
”名前ちゃんは狙撃手を頼む”
だから今、彼女は狙撃手2人を仕留めに向かっている。
実はこの戦場がおれと名前ちゃんで立てた戦略どおりに動いていることを知っているのは、当事者であるおれ達だけだ。
***
『で? どうやってA級4部隊を相手にするんですか? 聞かせてくださいよ、迅さんの考えを』
あの日、名前ちゃんに遊馬のブラックトリガー奪取阻止の協力を要請にいった時におれは話した。
1つは相手をトリオン漏出過多で撤退させて本部との摩擦を減らす”プランA”。
もう1つはおれの狙いがバレてしまった場合の最終手段……ボーダートップチームを1人で倒し、風刃の性能を城戸さん達に理解して貰う”プランB”。
……このプランBを伝えた時、名前ちゃんはこう言ったのだ。
『それって……最終的には風刃を本部に渡すって事ですよね』
『そうだよ』
『つまり……風刃を手放す、って事ですか』
そう言った名前ちゃんの表情は今にも泣きそうで。
……自分が辛い思いをするわけじゃないのに、どうして名前ちゃんが辛そうなの。
『ブラックトリガー争奪戦で貴方は他の候補者を圧倒したと聞きました。それって、最上さんを誰の手にも渡したくなかったからじゃないんですか!?』
名前ちゃんの言葉は最もだった。
彼女におれの心情が分かったのは、名前ちゃんも同じだからだろう。
もし、香薫さんが最上さんと同じように適正が何人もいたとしよう。
そして名前ちゃんもその適正の1人。
……きっと相手を蹴落としてでも勝ちに行くだろう。名前ちゃんにとって香薫さんはただの兄と言うには収まりきれないほど、大切な存在だったんだから。
『……どうして名前ちゃんが泣きそうなの』
『迅さんの視界おかしいんじゃないですか。泣いてないです』
相変わらずおれの前では強がる名前ちゃん。
でもね、その瞳にもう涙が溜まってるから誤魔化せないんだよ。
おれに対して冷たい名前ちゃんだけど、こういう所を見ると根は優しい女の子なんだと毎回実感する。
そんな彼女の目元に溜まった涙を拭うため、手を伸ばすと意外にも名前ちゃんは拒絶の反応を見せなかった。
だから内心びっくりしてて、それを悟られないように振る舞っていた。
……びっくりしたって、おれには未来が視えているだろ、とツッコみたくなると思う。
だけど最近……いや。
ここ数年、名前ちゃんの未来が視えない時があるんだ。
その頻度は何をきっかけにしているのか分からないんだけど、初めて感じたその違和感から頻度が上がっているのは間違いない。
___いつか名前ちゃんの未来が視えなくなったら?
その所為で名前ちゃんまでもがいなくなってしまったら?
……そんなことも考えてしまうんだ。
今までこんなことがなかったから、余計に不安になって。でも誰にも……特に目の前にいる本人には言えなくて。
『これが最善の道だ。それに、最上さんはボーダー隊員同士の争いが収まることを願ってるはず』
『……っ』
『名前ちゃんだって仲が良い隊員と争いたくないだろ?』
『それは、迅さんにも言える事です』
『おれだって争いたくない。だからそうするしかない』
『もっと早く言ってくれれば……私だって考えました。力になれないかもしれませんが、一緒に考えるくらいならできます』
『……その言葉だけで嬉しいよ、おれは』
あの日……名前ちゃんの実の母親との事件以降、彼女の態度が明らかに軟化した。
相変わらず言動は冷たいし、毒も吐くけれどおれには分かる。今までずっとそんな態度で接せられていたからこそ。
でも、これだけはあり得ないと思う……名前ちゃんがおれに好意を持つことなど。
なのにおれの副作用がある可能性を視せたんだ。
おれと名前ちゃんが___
***
「お、あれは奈良坂かな。さっすが、仕事が早い」
夜空に輝く光。
それは奈良坂が緊急脱出した光だった。
「あの副作用とバッグワームの相性が良すぎるから困るんだよなぁ。それも、狙撃手じゃないから尚更」
「名前ちゃんは根っからの接近戦タイプの師匠に仕込まれたからね。銃型のトリガーは合わなかったみたい」
さて、名前ちゃんに宣言したとおり勝たないとね。
おれの目の前にいるのは、風刃の斬撃でトリオン漏れを起こしている太刀川さんと、足を失った風間さん。
歌川はさっき緊急脱出させたから、相手はあと3……いや。
「! またか」
古寺が緊急脱出したから、あとは2人だな。
「さ、ラストスパートだ」
2022/2/13
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