玉狛支部
急いで階段を降りた後、ぶつかってしまった相手は烏丸君だった。
どうやらぶつかった私を受け止めてくれたようだ。……紳士だ。
そう思っていた時、覚えのある匂いが烏丸君から香ってきた。
___この匂いは
「兄さんの、匂い……?」
上手く言葉で表現できないけど、この匂いは覚えている。兄さんの匂いだ。
「あ、これ迅さんに貰った服なんです。迅さんの先輩が来ていた服だと聞いてます」
烏丸君から少し離れ、彼の着ている服を見る。
彼が着ていた服は見覚えがある。兄さんが着ていた服の一着だ。
だから嗅いだことのある匂いだったんだ。
……だけど、私の許可なく勝手に渡すのはどうかと思う。
「……あの人は勝手に……!」
「もしかしてダメでしたか? なら返します」
「いやいやいや!? ここで脱ごうとしないで!?」
私の反応に烏丸君はその場で服に手を掛けた。
すぐに返さなきゃって思ったのかな!?
その行動には拍手だけど、ちょっと状況を考えて欲しいかな!?
「………でも、今さっき苗字先輩、兄さんって言いませんでしたか?」
「!」
「この服の持ち主は先輩のお兄さんだったんでしょう? それに……苗字先輩のお兄さんは亡くなったと聞きました」
「……知ってたんだ」
「すみません、小南先輩と迅さんが言ってたので」
別に隠していたつもりはないし、勝手に話されても何とも思わない。
きっと赤の他人からすれば、私の兄が亡くなっているという内容なんて「そうなんだ」程度なんだし。
でも二人が兄さんの事を話した……それも、今日こうして対面した相手の兄の話をしたという事は、迅さんと桐絵は烏丸君を信頼しているって事だ。
「だから、先輩が嫌ならお返しします」
きっと彼はまじめで良い子な気がする。
だから咄嗟に服を返そうとした。
「……いや、大丈夫だよ」
それに、私がずっと持っていても着ることはない。
兄さんは見た目は華奢だったけど、着痩せするタイプだったのか結構大きめの服を多く持っていた。
それにメンズものは女の私には大きすぎる。
だったら目の前にいる彼に着て貰った方が私としては嬉しい。
「本当にいいんですか?」
「いいよ。なんなら兄さんが持ってた服で気に入ったものがあるなら全部あげる。……その方が兄さんも喜ぶだろうし」
何もかも処分しちゃったら、思い出も一緒に消えてしまう気がして嫌だった。
だったら誰かに使って貰った方が全然良い。
「……実は、俺の家結構貧乏で。それを気にしてくれた迅さんから着ることがなくなった服を頂いてたんです。サイズが合うだろうからって苗字さんのお兄さんの服も頂いてました」
「そうだったんだ……」
どうやら烏丸君の家庭は貧しいらしい。
だから少しでも使うお金を減らそうと、使っていない服を貰っていたようだ。
……それで迅さんが兄さんの服も勝手に渡しちゃった、と。
「分かった。遠慮せずに持っていって」
「……すみません」
いつまでも謝る烏丸君。
……そういえば私も謝ってばかりだったな。
そんな私に兄さんはこう言ったんだっけ。
「烏丸君。そういうときは謝るんじゃなくて、お礼を言うんだよ」
言葉を紡ぎながら思い出すのは、まだ私がボーダーと関わりがなかったとき。
お父さんが病に倒れて、兄さんがモデルの仕事で生計を立てていてくれたときのこと。
***
『これ……!』
『前に一緒に買い物行った時、これ見ていただろ?』
帰ってきた兄さんが持っていたのは、白い羽根の耳飾りだった。
少し前に兄さんと買い物に出かけたとき、偶々目に入ったのがこれだった。
片方の耳に白い羽根の耳飾りを着けたマネキンの隣には、同じく片方の耳に色違いの黒い羽根の耳飾りを着けたマネキンが並べられていて、恐らくペアルック商品として販売されていたものだろう。
まさか私が見ていた事に気づいていたなんて……。
『……ごめんなさい』
本当は自分が働けるようになった時に、自分で稼いたお金で買おうと思っていた。
なのに兄さんは私が欲しいと思っているのを分かって、買ってきてくれた。余計な気を使わせてしまったのだ。
咄嗟に出た謝罪の言葉。
でも兄さんはこう返したんだ。
『名前。俺は謝ってほしいんじゃない』
『え……?』
『俺は感謝の言葉がほしいな。それに、俺も色違いのやつ買ったんだ』
ほらっと兄さんは笑顔を見せながら何かを取り出す。
そこにあったのは、隣のマネキンが着けていた黒い羽根の耳飾りだった。
『これでお揃いだな』
『うん……! ありがとう、兄さんっ! ……すっごく嬉しい』
『俺もさ。それにこうしてお揃いのものがあると……俺たちが兄妹である”証”に見えてこないか?』
私の左耳に兄さんは白い羽根の耳飾りを着けてくれた。
そして兄さんも自分の左耳に黒い羽根の耳飾りを身に付けた。
『よく似合ってる』
***
この白い羽根の耳飾りは今でも左耳に着けている。
初めてブラックトリガーを身に付けるとき、この耳飾りがあるから左耳に着けたんだ。
私にとって大切な大切な宝物なんだ。
2021/10/23
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