ボーダーの顔になる



「なんでって……迎えに来たのよ」


綺麗なのにどこか怪しさを含んだ笑みをこちらに向けるお母さん。
私のお母さんはテレビに出ていても違和感のない、むしろそちらの世界にいる人間のような容姿を持つ人だった。
小さい頃、仲良くしていた顔も名前も覚えていない同級生が「羨ましい」と言うほどで、自慢の母だった。

……しかし、私はある日知ってしまったのだ。お母さんの本性を。
それを知ってから、私はお母さんが怖い存在だと認識するようになってしまった。


「い、いや……っ。嫌だ……!」

「怯えた顔も可愛いわね。……あら?そういえばあの子・・・がいないわねぇ。ま、邪魔だからいなくて好都合だけれど」


お母さんの言うあの子は兄さんの事だ。

この人は知らない。
兄さんがどれだけ苦労していたのかを。
……兄さんが、もうこの世にいないことも。

それでも、兄さんを邪魔者扱いした事に、私の脳は恐怖から怒りに変わった。


「兄さんを……侮辱するな……!」


兄さんを侮辱した事が嫌で、腹が立って。
恐怖心を押さえ込んで、目の前のお母さんに怒りをぶつけた。


「あら、今度は怒っているの?その顔も可愛いわねぇ。反攻するものを手なずけるのも一興よねぇ」


しかし、この人は私の怒りを難なく受け止めた挙句、なんとも無いと言った表情を浮べていた。
私がどれだけ怒っていようとも、この人は何とも思わないのだ。


「さぁ名前。ボーダーなんて所、さっさと出て行って私と…」


お母さんから視線を外せず、段々と恐怖が脳を埋め尽くそうとした瞬間だった。


「!?」

「あの人、様子がおかしい……。ここは逃げよう」

「あ、嵐山さんっ」

「大丈夫、俺が着いている」


手を引かれたと思えば、それは嵐山さんだった。
私は嵐山さんに手を引かれたまま走り、その場を後にした。

少しだけ気になって私は後ろを……お母さんの方を振り返った。


「___逃がさないわ。私の可愛い可愛いお人形さん?」

「!!!」


お母さんの口がそう動いたように見え、冷や汗が流れた。
向こうは追ってくる気はなく、私達は警戒区域内に辿り着いた。


「すまない。少しでも怪しんでいれば、苗字に怖い思いをさせなかった」

「いえ、声を聞いた時点で気づけなかった私の落ち度です。嵐山さんが悪いわけじゃありません」


嵐山さんは真面目で優しい人だ。恐らく、騙そうとしても普通に信じるタイプだと思う。前に嵐山さんにイタズラをした事があるのだが、すんなり信じてしまったのだ。少しだけ心配になったのは秘密……っと、そんな話をしていたわけじゃない。


「あの場に嵐山さんがいなかったら……私、あの人に捕まっていたでしょうから」


だから、ありがとうございます
嵐山さんに向けてお礼を言うと、向こうは少し困った顔で微笑んだ。


「あの女性は……本当に苗字の母親なのか?」

「はい。……まぁ、さっきのを見ていたのなら分かると思いますが……あの人は私に対して異常な執着心を抱えています」


でもボーダーから出なければ問題はない。ここは何よりも安全な場所なんだから。
……その考えが甘いことに、今の私は気がつかなかった。


「ボーダー、ねぇ。ふふっ、なんて分かりやすいのかしら」


あの人の私に対する執着の度が想像以上に大きかったことに。



ボーダーの顔になる END





2021/07/22


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