泡沫の夢に溺れて

side.碧色



「……」


ずっと見たかった愛おしい姿。
俺に時間の概念はないから長い間その姿を見ていなかった感覚だ。それは少し前、あいつと交代した際に見た親友と認めていた男にも言えることだけど。



「やっぱり、俺の知るあいつじゃなかったな」



いつも俺の後ろを引っ付き回っていて、目を離していたらどこかに消えてしまうんじゃないかって思ってた。でも、俺がブラックトリガーになった後のあいつは、俺の中のあいつとは別人……というほどではないけど、俺の知るあいつとは違った。

いや、違うという言い方ではないな。”成長した”というべきだ。



「それに、やっぱりお前達はお似合いだよ」



妹は昔から何だかんだ言いつつもあいつを心配してた。ま、無意識だったかもしんねーけどさ。それが今は全面的に出てきている。これも恋の力って言うのかな。なーんて、俺は恋愛経験ないからわかんねーけど。

で、妹と対面した瞬間に一目惚れをした弟分は、俺が生きていたその日までずっと妹を想い続けていた。そんなあいつを信頼して、俺は今までに遭った俺達の話をした。あいつは俺の話を疑うことなく信じた。


その時、既に俺は無意識に思ったんだろうな。名前を託すなら、お前に……悠一に任せたいって。



「大丈夫。お前達の不安は杞憂になるよ」



俺はお互いが抱える不安を聞いた。
悠一は自分の副作用サイドエフェクトに怯えて、名前を手放そうとする。でも、その本心は真逆だった。

名前は今までの自分の態度があるから好かれていると思っていなかった。だから”その先”を望むどころか見えていなかった。

そんな二人に俺、恋愛経験もないのにいろいろアドバイスなんかしちゃってさ。これポジション的にはキューピッドだよな?
ま、前からそうなったらいいなっていろいろやってたし、実際間違ってないかも。



「あーあ。どうせならその光景を見たかったなぁ。そんで、2ショットも見たかった」



でも、どちらも俺は見ることはない。だけどいつか、悠一の口から報告が聞けたらいいなぁ。



「……ま、それが来るなんて事はないんだろうけど」



俺は戦う為の存在、トリガーだ。それも、貴重なブラックトリガー。それ以外の事に使い道はない。例えそれが”人間”としての問題だったとしても。



「あーあ。俺、確証もないことをあいつに言っちゃったな」



思い出すのは、親友である男……風間蒼也だ。あいつに押しつけるような感じの約束しちまった。



「……自分で決めたのに、今更後悔するのは違うよな」



俺の視線の先には、もう小さくなってしまった名前の背中。俺が最後に見たときはもっと小さかったのに、今では大人の女性と言える程まで成長した。身体だけでなく、心も。



「……やっぱり、こんな形じゃなくて本来の……普通の形で見たかったなぁ」



なんて今更願ったって叶うわけねーのに。こうやって会えていることすら奇跡なのに、それ以上を願ってしまっている。



「……頑張れよ」



名前の姿が靄に包まれ、俺の視界から消えた。
……俺はこの先へ進むことはできない。ここは名前の意識下……精神世界と言い表してもいい。俺は名前ではないから、自分の意思でここから出る事はできない。

……というより、この空間にいることすら可笑しいんだよな。



「……ははっ」



吸い込まれる感覚が自身を襲う……時間切れか。
澄んだ空と草原が広がるこの綺麗な世界が真っ黒に染まる。
自分の身体が光に包まれて透け始める。



「……っ」



何度も味わっているのに、何故か今この感覚に恐怖を感じた。ふと、最後まで名前の手を握っていた自分の手が目に入った。その手を抱きしめるように胸元に持ってきたと同時に俺の視界は完全に闇へと染まった。



泡沫の夢に溺れて END





2022/5/7


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