泡沫の夢に溺れて
side.緋色
「どういうこと……? 視えてなかったって、今までも視えてなかったってこと?」
それは可笑しい。
だって私、迅さんの副作用のおかげでプライベート筒抜けに近かったんだから。
「違う。全く視えなくなったわけじゃない。その頻度が減った、と言えばいいのかな」
兄さんによると、視えなくなったのではなく以前より視える頻度が減ったのだという。
「そっか。でも、どうして急に?」
「突然……というと少し違うけど、あることをきっかけに減り始めたんだ」
「あること……?」
「名前の中で、悠一に対して違和感を感じた事はないか?」
兄さんに言われ、迅さんとの会話を思い出してみる。……これまでに何度も迅さんの副作用で助けられたことを多々ある。だから、あの人はちゃんと私の未来が……可能性のあるものが視えていたはずだ。
「___あれ?」
そういえば、迅さんがいつも言ってるフレーズ……早速口癖と言って良いかもしれないあの言葉をしばらく聞いていない気がする。
その言葉というのは___『おれの副作用がそう言っている』だ。
その言葉を聞いたのは……いつが最後?
「……感じたことがあるんだな」
「今思い返したら……迅さんがよく言っていたあの言葉をしばらく聞いてない」
「『おれの副作用がそう言っている』、だろ?」
「うん。もしかして……」
「あいつの口癖をしばらく耳にしてないっていうのが事実……視えてないことを裏付けている。無意識で言ってるのかどうかは知らないけど、あのフレーズをしばらく聴いてないっていうのはそういうことだろ」
”おれの副作用がそう言っている”
あの言葉を迅さんの声で聞いたのはいつが最後だったのか、本当に思い出せない。それに、あの人が私に対して視えた可能性を話してくれた回数も今思い返せば以前より少なくなってる。大規模侵攻の前に聞いたやつなんて、年数単位で久しぶりだったかもしれない。
「どうして迅さんは私の未来が視えなかったの? それとも、私以外も視えてなかった?」
「それだったらこの大規模侵攻で死者や行方不明者出まくってると思うぜ。名前も死んでた。それくらいの相手だった」
兄さんにそこまで言わせるということは、かなり強い国からやってきた近界民だと言う事だ。そして、その近界民と戦っていることでもある。
「じゃあ視えてなかったのは___私だけ?」
私の口から出た言葉は、ほぼ無意識に近かった。それほどに衝撃的だったからだ。兄さんは私の言葉に対し頷いた。……それが本当であると。
「どうして……?」
まず始めに感じたのは、迅さんに対する怒りではなかった。感じたのは……悲しさに似たものだった。
今まで冷たく当たってきたから?
嫌いだったはずなのに、突然好きになったから?
……分からない。何が答えなの?
「……悠一を責めないでくれ」
「え……?」
元々責める気などなかった。でも、兄さんが何故そこ言葉を口にしたのか疑問だった。
目を閉じていた兄さんの碧い瞳が私を捉える。
「……俺が悪いんだ」
「え? それは、どういう……」
「俺が悠一を、未来視の副作用を妨害しているんだ」
「ぼう、がい?」
兄さんの言葉が頭に入ってくる。だけど、その言葉を上手く処理できない。理解することを拒んでいる。だって、その言葉は良い意味には聞こえないんだもの。
「そう。……俺はもう死んだ存在。本来であればこの世界にいることは許されない。なのに俺は名前の存在を借りる事で存在する事ができている」
「……っ」
「そんな俺が存在していることがおかしいんだよ。だから、悠一の副作用の反応は当然なんだ」
「当然、って……」
「普通に考えてみろ。死んだ人間がこの先、生きているわけがないだろ? なぜならもう死んでしまったから。生きていないから。だから悠一の副作用は正常なんだ。それを狂わせているのは”俺”なんだよ」
兄さんの言葉に涙が溜まって……そして、零れた。
どうして兄さんが悪者のようになっている?
それは違う。だって兄さんをそのようにしてしまったのは、死なせてしまったのは___弱かった私だ。
「だから、悪いのは悠一じゃない。俺なんだ」
そう言って悲しそうに笑う兄さんの言葉を否定したい。否定したいのに、上手い言葉がでてこない。否定しなきゃ、兄さんは自分を傷つける。悪いのは私なのに……!!
「無理、だよ……兄さんも、迅さんも悪くない……!」
「名前……」
「悪いのは、そのきっかけを作った私だもん……!!」
私がそう告げると同時に、少しだけ強い風が吹いた。分からないけど、何故かその風の音が悲しそうに聞こえたんだ。
2022/5/5
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