とある少女が及ぼした反響

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「名前ちゃんのブラックトリガーにはおれと上層部しか知らないある秘密がある。それは……あのブラックトリガーを起動すると名前ちゃんでなくなるんだ」

「苗字先輩でなくなる?」

「どういう意味だ?」


迅の言葉に誰もが首を傾げる。
ノーマルトリガーだろうがブラックトリガーだろうが、起動した本人でなくなることはまずない。常識である。

なのに今、迅はブラックトリガーを起動すると名前ではなくなると口にしたのだ。


「正確には名前ちゃんなんだけど……中身・・が違うって言えば良いのかな」

「中身?」

「そう。名前ちゃんの姿をした別の誰かってこと」


名前の姿をした別人。迅の言いたい事は全員理解出来た。であれば次に浮かぶのは、その別人とは誰なのか、と言う事になる。


「その『誰か』は誰なのかって話なんだけど……名前ちゃんのブラックトリガーを作ったのが誰なのかは知ってるよね?」

「香薫さんでしょ。間違えるわけないわ」

「そう。香薫さんが作ったブラックトリガーを起動すると、名前ちゃんは別の誰かに変わってしまう……ここで気づかない?」

「…………まさか」


名前の扱うブラックトリガーが香薫であること。
名前はブラックトリガーを起動すると別人となってしまう事実があること。
そして、その誰かは知られるとまずい存在である可能性が高いこと。だから上層部は名前のブラックトリガーを起動した姿を明かさなかった。

今まで迅が語った内容を思い返しながら考えた木崎は、とある可能性を導き出した。



「迅。俺の予想があっているなら___名前がブラックトリガーを起動した後変わっているという『誰か』は……香薫じゃないのか」



誰も知らない赤の他人が出てくるのは考えにくい。であれば、考えられるのは作成者である香薫だ。
上層部か隠す理由にも納得がいく。

理由は2つ。
1つは香薫が故人であること。2つはモデル活動を行っていたため、一般人と比べ認知度が高いことだ。


「正解だよ、レイジさん」

「うそ、じゃあ今まで名前がブラックトリガーを使ってる所見た事なかったのは、香薫さんになってるからってこと……!?」

「姿形はどう見ても名前ちゃんなんだけど、話し方や動きが完全に香薫さんなんだ。おれも初めて知った時は驚いたよ。まあ、おれが香薫さんであると認知したときは、香薫さんの姿だったんだけど」

「どういうことですか? 名前さんの姿をしているんですよね?」

「トリオン体って見た目を変えることができるだろ? 香薫さんはその特性を使って自分の姿を象ったトリオン体を作ったんだよ」

「あれ、ちょっと待って……」


ずっと考え込んでいた宇佐美が声をあげる。
先程迅が木崎の問いに対し、正解と述べた内容について聞いた際、宇佐美はとある出来事が頭をよぎっていた。


「前に苗字先輩が遅い時間に来た事があったの。なんか雰囲気が違うような気がしていたけど、どうみても苗字先輩だし気のせいかなって思ってたんだけど……」


宇佐美の言う日がどの日なのか、迅は過去を振り返る。
名前が玉狛支部に最後に来た日は、ブラックトリガーについてレプリカの力を借りた日だ。その時の名前は当然、ブラックトリガーを起動していない。


であれば、宇佐美の言う名前はどの日のことを指しているのか。迅は考えるまでもなくどの日のことなのか分かっていた。何故なら名前がブラックトリガーを起動した状態で玉狛支部を訪れたのはあの日しかないからだ。

自分がS級隊員からA級隊員へと降格することになった出来事……空閑のブラックトリガーを巡った戦いの後、迅を気遣った名前が、ブラックトリガーを起動して香薫と交代し訪れた話だ。


「まさか、あの時の名前さんは……」

「そ。名前ちゃんのフリをした香薫さんだね」

「気のせいじゃなかったんだ……!」


名前のブラックトリガーの秘密を今日知った宇佐美が、あの日の名前が香薫であるときづくはずがない。だが、違和感は感じていたようだ。
だが、当然ながら違いがあることを知っているわけがなく、違和感を残したまま今日まで過ごしていたというわけだ。


「……だが、ブラックトリガーが関わっているのはどうしてなんだ?」

「香薫さんが言ってたんだ。『死人に未来がある訳がない』って」


迅の口から伝えられた香薫の言葉。香薫を知る木崎と小南にとっては重みのある言葉だった。


「香薫さんはこの事を分かってたのか、おれにこう言ったよ……『ごめん』って」


誰も口を開かなかった。
初めこそは迅を責めていた小南だが、彼の副作用サイドエフェクトが機能していなかったのが香薫である事を知り、言葉が出てこなかったのだ。


「……そうか。話してくれてありがとう、迅」

「でも、どうして香薫さんになっちゃうの?」

「それは、あのブラックトリガーには香薫さんの魂が封印されているからなんだって」

「封印……?」

「前にレプリカ先生の力を借りて解析して貰ったんだけど……仕組みはノーマルトリガーやブラックトリガーと同じで、起動の意思表示によって呼び起こされて名前ちゃんの意識を交代しているんじゃないかって言われたよ」

「起動の意思で香薫さんになっちゃう理由は分かったけど……結局、名前はどうなるの?」


迅が名前の未来を視ることが出来なかった理由は判明した。だが、名前の生死についてはまだ何も分かっていない。


「視えているんですか。……名前さんがどうなるのか」


烏丸の問いを聞いた迅は一度目を閉じて深呼吸をする。目を開き蒼い瞳を覗かせた迅の表情はどこか落ち着いていた。



「大丈夫だ___名前ちゃんは死なない」



その言葉に安堵の声が部屋に広がった。
小南は安心したのか再び床にぺたんと座り込んでしまった。宇佐美は「良かった……」と言いながら涙を流している。烏丸は表情にあまりでていないものの、ホッと優しげな顔を浮べている。


「彼奴は名前を必ず守りきる。香薫はそういう奴だ」

「よく分かってるね、レイジさん」

「だが、隠していた事なんだろう? 話して良かったのか?」


レイジの問いかけを聞いた小南、宇佐美、烏丸は表情を変える。
忘れていたわけではない。迅は始めに『自分と上層部しか知らない秘密』と言い、それを今この場にいる4人に明かした。


「上層部……というより、忍田さんから許可を貰ってるよ。名前ちゃんのブラックトリガーに関しては忍田さんに一任されているんだ」

「迅の勝手な行動じゃなかったのね」

「おれどう思われてんの……」


暗い雰囲気が嘘のように、リビングには明るい雰囲気で満ちていた。この侵攻で死者が出なかった。それこそが一番の勝利なのだから。


「……みんな待ってるよ。だから、早く目を覚ましてね」


青年の言葉は、眠り続ける少女へ向けたものだ。その言葉は、賑やかな声に埋もれ、誰の耳にも届かなかった。





2022/5/2


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