とある少女が及ぼした反響
side.×
「……もう一回言って」
「だから、苗字先輩が運ばれたって……」
「嘘よ!!!」
場所は玉狛支部。
宇佐美の言葉をかき消す勢いで大声をあげたのは小南だ。
小南は残ったトリオン兵の掃討から今帰ってきた所だった。そこで聞いたのは、自分たちの後輩である三雲と、昔からの付き合いである名前が重傷を負ったことだった。
三雲についてはとある人物から数ある未来の中、こうなるであろうという話を聞いていた。そのため、心の準備はできていた。しかし、名前については一つも聞いていなかった。それは、小南以外にも言える事だった。
「小南先輩。……これは嘘じゃないです」
「何かの間違いよ!!」
普段は小南に対し冗談の言葉を掛けることが多い烏丸だが、いつもの無表情がどこか悲しげに見えた。
そんな烏丸を見て、ずっと否定の声をあげていた小南が口を止めた。
「名前が負けるなんて……何かの間違いよ……っ」
それでも名前が重傷を負っていることを信じたくないのか、小南はその場に座り込んでしまった。
いつもの彼女であれば、他人から聞いた話をそのまま信じてしまうのだが、こればかりは信じようとしなかった。それだけ名前の実力を認めているという意味でもあった。
「!」
名前の話で暗い雰囲気が部屋を覆う中、リビングのドアが開く。
誰もが音の聞こえた方へと振り返った。
「レイジさん、迅……!」
そこにいたのは木崎と迅だった。
小南は2人を視界に捉えた瞬間、目尻に溜まった涙をそのままに2人……正確には迅の元へと歩み寄った。
その表情は怒りに近いものだった。
「迅、あんたには視えてたはずでしょ……名前がこうなる未来を!!」
小南の問いに迅は無言を貫く。
その表情はいつもの余裕さはなく、先程の3人のように暗い。
「何とか言いなさいよ!!!」
黙る迅の身体を小南が揺さぶる。その行動がどれだけ小南が迅に対し怒りの感情を顕わにしているのかを可視化しているように見えた。
対する迅は小南にされるがまま、抵抗する素振りをみせない。
「落ち着け小南。そのことについて今から迅が話す」
木崎が小南を腕を掴む。それは迅に対する行動を止めろという意味だった。その意図が伝わったのか、小南は渋々と言った様子で迅から手を離した。
「話って……?」
「もう分かってると思うけど、名前ちゃんのことだ」
宇佐美の問いに迅が答える。
迅の言葉は、今この場にいる誰もが気になっていることだった。
「話に入る前に___おれには名前ちゃんがこうなることが視えてなかったんだ」
迅の放った言葉は全員に衝撃を与えた。何故ならそんな事が一度もなかったからだ。彼の副作用『未来視』は迅が見た相手の少し先の未来を……可能性が視えるというものだ。その対象は迅が視た存在なら誰に対しても作用する。
しかし、迅は今名前の未来が視えなかったと言ったのだ。
「どういうことよ。急に名前の未来が見えなくなるなんて、変な話じゃない」
「いいや、少し前からあったんだ。……そうだな、丁度名前ちゃんがブラックトリガーを手に入れた時からだ」
名前がブラックトリガーを手にした時。それは即ち、名前がブラックトリガー使いになった時。そのことはこの場にいる誰もが分かっていた。
名前は現在のボーダーが創設された時、ランク付けされる際に初めからS級隊員……ブラックトリガー使いとして君臨していた。そして、そのブラックトリガーは実の兄である香薫だと言う事も。
「名前ちゃんの未来が完全に視えなくなったわけじゃない。……でも、視える回数はかなり減った」
「どういう事だ? 元々名前の未来は見えていただろう。なのにどうしてブラックトリガーを手に入れたタイミングで視える回数が減ったと断言できる?」
単に覚えていたと済ませるには些か疑問が残ったのか、木崎はそう迅に問いかけた。突然何かができなくなったという話は稀にあることだが、大体がそうなってしまった『原因』があるものだ。
木崎はその原因を知りたいという意図を混ぜて、迅に問いを投げた。
「……実は、名前ちゃんのブラックトリガーが関係しているんだ」
「ブラックトリガー? 確か名前さんのブラックトリガーは先輩のお兄さんでしたよね?」
「ええ、そうよ。香薫さん……正真正銘、名前のお兄ちゃんよ」
烏丸の疑問に小南が答えた。
烏丸と宇佐美は香薫との面識がない。香薫は現ボーダー本部基地が創設される前に殉職してしまったからだ。
分かっているのは、小南や迅、同級生であった木崎から聞いた話で浮かぶイメージ像のみ。
「でも、なんでブラックトリガーが?」
ただの、というと変ではあるが、ブラックトリガーが迅の副作用に影響を及ぼしている意味が小南には分からなかった。
「説明すると長くなるけど、それでもいい?」
迅の問いかけにその場にいた全員が頷く。
未来視という副作用を妨害する存在は、名前の生死に関わったという話を抜いてでも興味を引かれるものだった。
2022/5/1
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