とある少女が及ぼした反響

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「え……?」


場所は嵐山隊隊室。
新型トリオン兵ラービットによってキューブ化されていた木虎は隊室へ戻ってきた。そんな彼女が戻って聞いた内容は、名前が運ばれたというものだった。

戻ってきて早々、悪い知らせだ。


「苗字先輩が……!?」


木虎にとって名前は、自分が所属する前に嵐山隊にいた存在。それだけではない。木虎は現在の嵐山隊でエースという立場であった。彼女が所属する前、名前はエースとして嵐山隊を支えていた。その姿に木虎は憧れを抱いていた。

憧れの存在である先輩がやられた。自分がキューブと化していた間に誰にやられたというのだ。
そのことで木虎は頭がいっぱいだった。


「ああ。人型近界民ネイバーの攻撃を受けたそうだ。重傷らしい」


木虎へそう告げたのは、嵐山隊隊長、嵐山だ。
名前の状態について告げた彼の表情は、どこか悲しげで、辛そうに見える。嵐山にとっても名前はただの隊員と呼べる存在ではないのだ。


「でも、ボーダーには緊急脱出ベイルアウトがありますよね? 怪我なんてしないはず……!」

「苗字先輩はS級隊員、ブラックトリガー使い。おれ達とは別の場所でブラックトリガーを使ってたんだよ」


木虎の疑問に答えたのは、嵐山隊隊員、時枝だ。
淡々と事実を告げた時枝だが、彼も名前の事が気になるのか、どこかそわそわしているように見える。


「ブラックトリガー、を……」

「使わざるを得ない状況だったんだろう。本部長の許可が下りたということは、そう言う事だ。それに、もう1人のS級隊員はブラックトリガーを使っていたと聞いている」


嵐山の言うもう1人のS級隊員とは、天羽の事である。現在のボーダーでブラックトリガー使い……S級隊員と位置づけられているのは名前と天羽の2人だ。1ヶ月程前までは迅もS級隊員だったのだが、現在はA級隊員へ降格している。降格の細かい詳細は省くが、簡単に言ってしまえばブラックトリガーを手放したためだ。

嵐山の言う使わざるを得ない状況は概ね当たっていた。
名前の前に突然開いた大量のゲート。そこから現れたトリオン兵。名前の力だけでは討伐しきれないと本人が判断したためだ。


「……大丈夫でしょうか」

「大丈夫さ。迅には見えていたはずだからな」

「それなら怪我する事を回避させていたのでは?」

「確かにそうだな……」

「それに、こうして苗字先輩が怪我しているって事は、視えていなかったんじゃないんですか?」


木虎の言葉は最もだった。
名前が大怪我をする未来が視えていたのならば、当然回避させようと迅は動くはず。誰の目から見ても、迅が名前を気に掛けているのは知っていたからだ。

しかし、名前は大怪我を負ってしまった。それは、迅に名前の未来が視えていなかったと解釈できるわけで。


「確かに、迅さんには視えていたはず。不思議ですね」

「あいつの副作用サイドエフェクトは言葉だけなら単純に聞こえる。だが、実際は複雑なんだ。たまに読みを外すことがあるのがその証拠だ。あんまり彼奴を責めてやるな」


迅に対する疑問の声があがるなか、嵐山はそう答えた。
何故そのように答えたのか。嵐山には迅の心情が何となく理解出来ていたからだ。

嵐山は迅が名前を大切にしていることを良く分かっていた。だからこそ、このような結果にさせてしまったことを一番後悔しているのは迅ではないか、と思っていた。誰よりも辛いのは迅であると。


「賢、いつまで落ち込んでいるんだ。手術が終わったら見舞いに行くんだろう? そんな顔じゃ苗字が悲しむぞ」

「……はい゛、ぐすっ」


嵐山が呼んだ名前の主……嵐山隊唯一のスナイパー佐鳥は、隊長の言葉に涙声で返事をした。
誰よりも名前の事で悲しんでいるのではないか、という勢いで佐鳥は落ち込んでいた。

木虎が入隊する前、短い間だったが名前は特別な事情で嵐山隊に所属していた。脱隊した後も交流は続いており、時枝、佐鳥にとっては嵐山隊オペレーター綾辻と同様姉のような存在だった。

特に佐鳥は、優しい名前にとても懐いていた。恋愛感情を抱いているわけではなく、純粋に彼女の事を慕っていた佐鳥は、名前の悲報を聞いてショックを受けているわけである。


「嵐山さんっ!!」

「どうした綾辻?」


隊室の出入り口が開く。入室してきたのは綾辻だ。
急いで来たのか、少し息が乱れている。


「名前さんの……名前さんの手術が終わったそうです!!」

「本当か!」


綾辻の声に嵐山は笑みを浮べた。
口には出さなかったものの、木虎と時枝もホッとした様子だ。佐鳥に至っては俯いていた顔を驚くほどの速さであげた。


「俺は行くけど、お前達はどうする?」

「行きます」

「同行させてください」

「勿論行きます!」


嵐山の問いかけに、全員が行くと答えた。
その様子を見て嵐山と綾辻は目を合わせて「聞くまでもなかったか」といった表情で微笑むのだった。





2022/4/26


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