とある少女が及ぼした反響
side.×
「名前が運ばれた……?」
場所は風間隊隊室。
名前が運ばれた事に驚きの声をあげたのは、風間隊隊長、風間だ。
風間隊にはあと2人、菊地原と歌川が所属しているが、どうやら2人はまだ隊室へ戻ってきていないようだ。どうやら残ったトリオン兵の討伐に出向いているらしい。
「回ってきた情報によると、例のワープのトリガーを使う人型近界民に奇襲されたそうです」
「トリガーは起動していなかったのか?」
「ブラックトリガーからノーマルトリガーへ換装するタイミングを狙われたのではないでしょうか」
「考えられるのはそれしかないな」
名前が運ばれた事を伝えたのは、風間隊オペレーター『三上歌歩』だ。
三上の言葉に風間が思いかべたのは、自身が緊急脱出する前……アフトクラトルのブラックトリガー使いに倒される前にあったとある出来事だった。
その出来事とは、今まで知らなかった名前がブラックトリガーを起動した姿を目撃したというもの。いつもの隊服とは大幅に違った格好……見慣れないその姿は……4年半前、突然この世を去ったと思われていた友人、苗字香薫そのままだった。しかし、姿だけではなかった。風間が対面したその人物は名前ではなく、香薫だと告げたのだ。
名前が隠し続けた真実。それは、ブラックトリガーを起動すると名前ではなく香薫へ変わるというものだった。なんとも非現実なことだが現実だった。
「……彼奴がやられたとは思いたくないな」
風間は名前の使うブラックトリガーの作成者が香薫であることを知っていた。だからあの場で自分は香薫だと告げた名前を亡き友人だと信じることが出来た。
それだけではない。
短い時間ではあったが、あの場で対面した名前が香薫だと信じることができたのは、香薫を知る者として彼と過ごした時間が判断材料として風間の記憶に刻まれていたからだ。
彼が告げる香薫への言葉は、香薫の強さを指しているのではなく、友人として信頼しているからこその言葉だった。
風間はまだボーダーとしての顔の香薫を知らない。彼の妹や、自身の兄の師匠から聞いた事実だけでは判断する事ができないからだ。しかし、名前の強さや、対面したあの時、一瞬だけ見る事が出来た彼自身のものと思われる実力を見れば、香薫の強さがどれほどなのか想像はできていた。
「今、治療室にて治療中だそうです」
「そうか。……終わったら様子を見に行くか」
風間にとって名前は、初めは友人の妹という印象だった。しかし、実際に交流することでその認識は徐々に変化していった。兄の友人だからなのか、風間のことを信頼している名前は、彼を頼って話しかけてくることが多々あった。
その様子は周りから見れば兄妹に見えたという。実の所、風間も名前のことは妹の感覚で接していた。名前も風間のことは兄のような感覚で接していた。
「私もご一緒していいですか?」
三上と名前は、風間と比較するとそこまで接点はない。しかし、頼られることが多い三上にとって名前は数少ない頼れる存在だった。
彼女に限らず、名前は女性のボーダー隊員にとって憧れの存在なのだ。S級隊員である事と、元嵐山隊で注目を浴びていた事もあって、彼女に憧れを抱く女性隊員は多い。その事を本人は認識しているのかと言えばNoである。
「……ああ。勿論だ」
三上の問いに風間は当然だと言うように答えた。
しかし、風間には引っかかることがあった。
「この未来をあいつは視えていなかったのか?」
風間のいう『あいつ』というのは、迅のことだ。
ボーダー隊員なら誰もが知っている存在である迅は、未来視の副作用の持ち主だ。
迅なら名前が大怪我を負う未来が視えていたはず。なのにどうして名前は怪我を負う結果になった?
疑問に思うことではない。答えは単純、未来を読み逃したという事だ。だが、そう都合良く外れるものなのだろうかと、風間は首を傾げる。
そういう話にはあまり興味のない風間であるが、迅が名前に対して特別な感情を抱いていることは分かっていた。そんな相手の危険な未来が視えたのなら何としても回避させようと動くはずだ。
「……何かが引っかかる」
顎に手を当て、風間は考え込む。
迅の副作用は誰に対しても作用する。名前にのみ作用しなかったなど都合の悪い話がありえるのだろうか。
名前の身に起きてしまった悲劇
今まで確認する事ができなかった少女のブラックトリガーの正体
関わりがなさそうな事実であるはずなのに、風間には何か関連性があるのではないかと引っかかりを覚えていた。
「どうかしましたか? 風間さん」
「……いや、何でもない」
確信のない状態で誰かに話すのは彼の性に合っていなかった。風間は三上の問いに対し、何事もないと答えた。
……自身が浮べた疑問が気のせいではなかったことに気づくのは、少し先の未来で分かる事になる。
2022/4/25
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