大規模侵攻・後編
side.碧色
近界民の女が消えた。正確にはゲートに入っていくところを発見し向かって行く所を追ったのだが間に合わず逃げられた、というのが正しい。
……くそ、やっぱり十分な状態じゃないからスピードも出ねぇ。
本来、俺というトリガーは貯蔵されたトリオンで戦う。だが、トリガー起動の際は適合者……名前のトリオンを使う。そこは普通のトリガーと同じだ。
今俺は名前のトリオンを吸収して戦う事ができている。俺に残ったトリオン量だけではトリオン体を維持できなかったのだ。これは名前が初めて俺を起動した時の状況とほぼ同じだ。そのため、俺の意思とは関係なく名前の姿でトリオン体に換装されている。
名前の姿と俺の姿。何がどう違うのかというと、主に2つある。
1つ目は『トリオンの消費量』だ。俺の姿の場合は通常よりトリオンが消費されていく。まあ原因としては俺が自分の姿のトリオン体を作った事が影響している。名前の姿の場合は通常通りの消費量だ。
だが、俺は区別をつけるため、俺の姿の場合を手加減無しの全開モード、名前の姿の場合を省エネモードと着けた。まあ俺の姿の場合と比べたら消費量は少ないから、省エネと称しても問題ねーだろ。
2つ目は『放出する力の差』だ。俺の姿の場合、出力される力を特に抑えていない。寧ろ、感覚的には生前以上の力が出ている気がする。まあ理由というか原因はなんとなく分かっている。それは俺の姿だとトリオンがいつもより多く消費されているから。恐らくそれに釣られている。
名前の姿の場合、感覚的には俺の姿の時より抑えられている。というより、これが普通なんだと思う。思いっきり戦いたい俺にとって名前の姿は物足りなさを感じてしまうのだ。
まあ、この2つは俺に貯蔵されたトリオンの量によって変動する。
今の俺は名前に残ったトリオンを吸収して成り立っている。先程とはトリオンの量が明らかに違うため、トリオンを多く消費する攻撃はできないし、副作用を使用するのは1秒足りともできない。
だって、俺がやられたら名前が死んでしまう。
今の彼奴の状態は間違いなく危険だ。俺に交代したときに見えたあの血の量……下手したら血を失いすぎて命を落としてしまう。
何故ノーマルトリガーを起動しなかったのか。相手が人型近界民だったから?
それなら寧ろ、ノーマルトリガーを起動するはずだ。なんせ、ノーマルトリガーには鬼怒田さんが開発した緊急脱出がある。負けても安全な状態で撤退できる。
だが、気になるのは名前が血を流していた事。それはつまり、トリオン体ではなく生身だったということ。ノーマルトリガーを起動していたのであれば、敗北した時点で緊急脱出しているはずだからな。
「……まさか」
ノーマルトリガーを起動しなかったんじゃなくて、起動できなかったのでは?
例えば……敵にトリガーホルダーを奪われた、または別の場所に飛ばされたなどで手元にない状態だったとして、起動できるトリガーが俺しかなかった。そうであれば納得できる。
「もしそうだったというのなら……あの女、絶対許さねェ」
ブレードを握る手に自然と力が入る。手に怒りの感情が篭もっているようだ。
まだ近くにいるんじゃねーのか? さっきみたいに俺を近場に飛ばしたように。……もう一度高い場所に上ってみるか。そう思って振り返った時だった。
「!!」
俺の視界に入ったのは大量の鳥。
こんな場所に何故鳥が?
……いや、冷静になれ。こんな戦場にこの量の鳥がいるわけがない。1羽だけならまだ納得できるが、この量は明らかにおかしい。そもそも、俺目掛けてこの量の生物が突進してくるわけがない。
なら答えは1つ___敵の攻撃!
「ッ!」
咄嗟に俺は目の前にシールド……薄い壁を自分を囲うように展開した。それと同時に大量の鳥がシールドに衝突する。
「……何だこれ?」
……が、その衝突した鳥はキューブと化して地面に落下したのだ。いや、鳥がキューブになっているんじゃない……俺が展開した壁がキューブを発生させているんだ。何故分かったのか。何故なら鳥と接触した場所が段々と薄くなっているからだ。それを今俺はリアルタイムでトリオンを消費して補修しながら防いでいる。
原理は分からねぇ。でも、壁にぶつかると鳥は消滅しそれと同時にキューブが発生している。分かるのは、当たれば俺もキューブにされる可能性が高いと言う事だ。だからと言って防ぎ続けるわけにはいかない。トリオンは無限じゃない、有限だ。それにいつもの感覚で戦ってしまったらトリオンがあっという間に尽きてしまう。
これがトリオン兵による攻撃とは思えない。近界民だ。間違いなくあの女の仲間だ。
どこだ、どこから俺を狙っている……!
しばらく攻撃を防いでいると、鳥がいなくなった。というより、敵が攻撃を止めた。
警戒しながらもシールドを解除すると、どこからか声が聞こえた。
「まだ動けるとは。面白い」
聞こえたのは男の声。
その声は間違いなく俺に向けられたもの。
声が聞こえた方へ振り返ると、そこにはあの女と同じく黒い角を生やした男がいた。
そして、男の周りには先程の鳥に似た魚が浮遊していた。
2022/4/19
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