大規模侵攻後編

side.碧色



声が聞こえた方へ振り返ると、そこにはあの女と同じく黒い角を生やした男がいた。どうみてもあの女の仲間だな。


「なあ、あんたのお仲間に黒い角生やした女がいるだろ。……そいつを出せ」

「それはできない。彼女にはまだやってもらうことがある。ここで死なれると困る」

「……その『やってもらうこと』ってのには俺も含まれてるのか?」

「それについては俺が代わりに捕らえに来た」


近界民ネイバーの回答を聞くに、あの女はかなり重要な立場にあるらしい。チッ、やっぱり殺しておけば良かった。せめてでもトリオン体を破壊しておくんだった。

で、名前を襲ったのはやはり捕まえる為だと分かった。
何が理由だ。単純に兵力の増幅か?


「……俺を捕えて何をしようってんだ」

「我々の兵力の糧になってもらう。……そのトリオン能力に実力、そしてブラックトリガー。……欲しい」


近界ネイバーフッドに関する知識がそんなにあるわけじゃないけど、この世界にトリオン兵が送られてくる理由は分かっている。
その理由、意図、目的はトリオンだ。捕まえた人間のトリオン能力が高ければ自国へ連れて帰り、トリオン能力が低ければトリオン器官を抜き取って回収する。ま、その役割を担っているのはバムスターと呼ばれるトリオン兵だ。

だからと言って、攻めてきた近界ネイバーフッドの人間が誰か捕まえるためと直接出向いてこないとは言い切れない。実際、生きてる時に俺何回か誘われたし。ま、全部断ったけどな。


「君を狙う理由は話した。それで、大人しく同行してくれるのかな?」

「そんなの……お断りだよッ!!」


その問いに俺は握っていたブレードで男に向かって稲妻を放った。俺は返答のつもりだったんだけど、伝わったよな?

俺の大切な人を傷つけた奴の話を聞くと思うか?
誘いに乗ると思うか?
……思うわけねーだろ!!


「そうか。……しかし、これは決定事項だ。君に拒否権はない」


男に稲妻が直撃……と思ったら、周りを浮遊していた魚の群れが前に出た。そして、稲妻をキューブに変換させ相殺した。
そして、稲妻を回避しながら鳥が俺に向かって飛んでくる。それを俺は壁を張って防ぐ。


「チッ……!」


ダメだ、俺の攻撃が通らない。全てキューブに変換されていく……!

いつもならブレードで攻撃を弾く事があるんだけど、俺の感が『ブレードはダメだ』って言ってる。あの男の攻撃は壁を張るのが一番安全か。

どういうことだ。何故あの男の飛ばす攻撃は俺の攻撃を全て無効化できる?


「……? 待てよ」


普通に考えて相手もトリオン体であるはず。
突然の状況だったことと、数年間トリガー使いと戦っていなかった事で前提を忘れてしまっていた。

他にもトリガー使いがいるはずだが、普通に考えてあの女の能力も目の前の男の能力も普通のトリガーとは考えにくい。
それに、あの男が言っていたじゃないか。『彼女にはまだやってもらうことがある』と。向こうにとってあの女のトリガーは貴重であることは間違いない。ワープという能力が通常トリガーで実現できるのかと言われると考えにくい。チートの領域だ。


もしあの女が使っていたトリガーが、ブラックトリガーだったとしたら?
……それならあのワープ能力も納得できる。

ブラックトリガーというのは、通常トリガーと比べると高性能だという。ボーダーの中でブラックトリガーおれがどれくらいの強さに位置づけされているかは知らねーけど。


俺の話はいい。
目の前の男のトリガーについてだ。

あの男の攻撃はこちらの攻撃を無効化する。ブラックトリガーに対抗できるだけだったら話は別だけど……いや、それは普通に考えて変な話だ。何故ブラックトリガーの攻撃を防げて通常トリガーが防げないって話になる。強さは通常トリガー<ブラックトリガーであるのは常識なのだ。


「……そうか。そうだよな」


となれば……あの男が使うトリガーもブラックトリガーだな。
普通に考えて攻撃が無効化されてる時点で、それはもう通常トリガーとは言えない。

どんな能力なのかはまだはっきり分かってないけど……真っ正面からの攻撃は効かないのは分かった。そして、俺の好きな斬り合いはこちらが不利になり、相手には有利な状況をを与えることになることも。


「……こういう事を想定してたわけじゃねーけど、訓練した甲斐があったな」


自分から攻撃しに行くのが好きで、弧月を使うのが大好きな俺にとっては、それ以外の方法で攻撃するのは少し苦痛だったりする。
でも、時と場合ってあるからな。状況に応じて攻撃のパターンを編み出しておかなきゃいけねぇ。ブラックトリガーおれの性能は自由度が高い。だからこそ、様々なパターンを理解する必要があった。

その訓練が今、成果があったと感じている。
この時のためにあったのだと思う。


「防ぎ続けても無駄だ。どんな原理なのか分からないが、二度同じトリガーを起動したと言う事は、いくらブラックトリガーとはいえ残ったトリオンは多くないはずだ。不利である事は分かっているだろう。無駄な抵抗はやめたまえ」

「へっ、そう言われて『はい、分かりました』って頷くとでも?」

「……随分と勝気な女だな」

「それはどうも……ッ!」


そうだった。今、俺は名前の姿だった。
だからあの男は俺を女だと認識しているわけだ。ま、その方がこちらとしても都合が良い。名前を欲しがっているって事はこれまでの彼奴の行動も監視していたはずだが、どうやら態度やらそういう所は見てなかったらしい。俺と名前は態度とか性格とかは似てなかったと思うんだけど……まあいっか。

てか、近界民ネイバーにモテるとか聞いてないんだけど?
確かに名前は可愛いよ?
でもな、近界民ネイバーで且つ敵対心のある奴にモテられても困る!


「良い反応速度だ。場数を踏んでいるように見受けられる」

「褒めて落とそうって作戦か? わりーな、ぜんっぜん響かねーよ!」

「それは残念だ」


壁を解除しその場を離れる。当然、向こうは攻撃してくるわけで。鳥の群れは俺を追ってくる。
不意打ちで攻撃されたときも反応できたくらいだ。スピードは遅いのか?

なら、まだこちらが反撃できる隙はある……!
俺の姿よりは遅くなってはいるが、名前の姿でもそれなりに動けるようになった。だったら少しだけ前に出てもいいよな?


「これは……!」


魚の群れが周りを旋回しているのが面倒だ。正直あの数を落とすのは無理だ。触れたら作ったブレードが使い物にならなくなるのが目に見えている。

だったら俺の意思で調整可能な稲妻を使った攻撃が一番現実的だ。


「俺のこと見てたんなら分かるだろ。あんたらが持ってきた見た事ねートリオン兵に、同じ事やったんだから」


この稲妻は俺の調整で様々な場所から攻撃可能だ。ただし何もない空中から雷を落とすみたいな事はできない。俺という存在を中心にあれこれできるってわけだ。

雷の原理としてはおかしいかもしれねーけど、地面から稲妻を直線に発生させることができるのだ。命名、雷柱。稲妻柱でもいいかなぁ。ま、なんでもいいや。


俺の攻撃は男に直撃した。所々トリオンが漏れているのが証拠だ。
自分が立っていた場所から稲妻が発生するとは思っていなかったのか?

ま、いっか。倒せればそれで。……不意打ち攻撃は好きじゃないんだよな。だって斬り合うのが一番楽しいじゃん。


「さ、その仮の身体と入れ替わった生身を晒して貰おうか」


仲間がピンチとなればあの女は出てくるはず。
油断はしない。ずっと警戒しろ。あのワープはどこからでも出てくる。

そう思いながらブレードを生成して握り、膝を付いた男の首目掛けて振り下ろそうとした瞬間だった。


「!?」


足がもつれたような感覚がしたのは。





2022/4/22


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