大規模侵攻・後編
side.×
「すみません、不覚を取りました」
「構わない」
香薫から逃げ切ったミラが向かった先は、自分たちが玄界へ侵攻した際に乗ってきた遠征艇だ。
そこにはハイレインのみがいた。
「……面白い」
「ハイレイン隊長?」
「期待以上だ。あのブラックトリガーの性能……欲しい」
ハイレインが椅子から立った。
それは彼が戦場に出るという意味であった。
「ミラ、俺をあの玄界の兵の元へ。……俺が相手をする」
「! ……了解しました」
ミラはハイレインの指示通り、大窓を開いた。
その大窓の先は、香薫がいる場所へ繋がっている。
ハイレインは迷う事なく大窓へと踏み入れた。
「再度起動可能なブラックトリガー。どんなからくりなのかは知らないが、放っておくには勿体ない」
彼が抜けた場所は、とある建物の屋上。
見下ろせば、辺りを見渡して誰かを探している様子の香薫がいた。
香薫は消えたミラを探していた。
残念ながらミラがワープを潜りきる前に辿り着く事ができず、逃がしてしまったのだ。
「どこへ言った、あの女……!」
今の香薫はミラを殺すことしか頭にない。彼にとって大切な存在を傷つけた、それが今の香薫の原動力だった。
ミラのことで思考が凝り固まっている香薫は、自身を狙う存在にまだ気づいていない。
そんな香薫の様子を見て、ハイレインは口元を不気味に歪ませた。
「さあ、大人しくしてもらおうか」
ハイレインが自身のトリガー……否、ブラックトリガーの能力を解放する。
生き物の形を象ったそれは、まっすぐ香薫の背後へ迫っていた。
***
「苗字隊員が……ブラックトリガーを起動!?」
場面が変わり、ボーダー本部作戦室。
モニターを操作していた沢村が、名前がブラックトリガーを起動したことをキャッチした。
「ブラックトリガー……彼奴か」
鬼怒田の言う彼奴というのは、名前ではなく香薫のことを指していた。
「確かあのブラックトリガーはトリガーの常識を超えた性能だったか。だからまたブラックトリガーを起動できたことに対しては何も思わん。しかし、何故ノーマルトリガーを使わない?」
上層部は名前が負傷していることは把握している。だが、トリガーを起動したということはトリオン体へ換装できたということ。しかし、何故ブラックトリガーだったのかが分からなかった。
「苗字隊員の付近に同じくブラックトリガーの反応があり。恐らく近界民でしょう」
人型近界民がいるからと言えばそれまでだが、一度使ったブラックトリガーを再び起動する事に疑問があった。
「苗字隊員! 聞こえますか、苗字隊員!!」
「……聞こえとらんのか、あの坊主は」
「どういうことです? ブラックトリガーだったときも普通に連絡は取れていたはずでは?」
モニターに映った香薫の位置を示すポイントはずっと同じ場所を指し続けている。その事に鬼怒田が気づき、とある可能性を口にした。
「___もしや、通信機を落としておらんか?」
沢村の応答にいつまで経っても反応しない。
通信機を通じて把握している位置情報がずっと同じ場所を指している。
……鬼怒田の放った言葉は、これら2つの事実に対する答えだった。
「……ブラックトリガー、か」
周りが騒ぎ立てている中、一人高い位置に座る城戸はモニターを見つめていた。
「……やはり、お前らしいよ。香薫」
彼が見つめるモニターには映像は一切流れない。
なのに、城戸には香薫の今の状況が見えているように聞こえた。
城戸が呟いた声は他隊員の報告の声と、鬼怒田、沢村が飛ばす指示の声で埋もれ、誰の耳にも届くことはなかった。
2022/4/18
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