大規模侵攻・中編



「……きどっちみたいなこと言うな、お前」

「……城戸指令のことか?」

「そ。ああそういや、なんか役職みたいなのがあるんだっけ? 俺そういう堅苦しいの嫌なんだよね。別に礼儀がめんどうってわけじゃないんだけどさ」

「分かってるよ。お前は見た目に反して真面目で礼儀のある人間だからな」


そういや俺、見た目がチャラそうなクセに真面目だよなってよくからかわれていたな。それを言ってるのか、蒼也は。

……でも、それが俺が香薫であることを信じてくれている証拠な気がしたんだ。


「……ありがとう、蒼也」

「照れてるのか?」

「なっ、別に普通に礼を言っただけだろ!」


悪そうな顔をしている蒼也に強く言い返したけど、効いてないなこれ……。地味にいらってきたから睨み返しておこう。

……でも、こんなことしている時間が生きていた時と同じでどこか懐かしい。ずっと浸かっていたい雰囲気に酔いそうになっていたときだ。


「!」


遠くから見えた影。それは例の新型だった。
……そうだ。さっきまで副作用サイドエフェクトを使っていたから、トリオン反応を感知してここまで移動してきたんだ。

どうやらまだ3人は気づいていないらしい。


「? どうした香薫」

「! 風間さん、ヤツが」

「俺が行く」

「え、ちょっと!?」


どうやら生意気君も気づいたらしい。結構距離あったけど、目が良いのか?
あ、トリオン体に視力は関係ないんだった。それとも耳が良いとか?
まあそれは今置いておいて。


「香薫……?」

「……俺はブラックトリガー、兵器だ。だから戦わなきゃいけない」


蒼也の肩を軽く叩いた。ここは俺に任せろ、と言うように。
大丈夫。俺、つえーから。

蒼也と話していてすっかり頭から抜けていた。今は戦場にいるんだ。悠長に話している場合じゃないんだ。だから、もう戻らなきゃ。


……次会えるなんてことはないだろう。俺の存在は極秘だから。
でも、もしその機会があるのなら。



「___次会えたら。空白の時間を埋めよう」


俺はまた、お前と話したい。
生前の頃当たり前だった時間を過ごしたい。

……けど、その時間を作りたいんなら。


「……手応えねーな、お前」


この戦争を終わらせねーとな。
そう思いながら俺はすれ違い様に新型の弱点を斬った。
新型が倒れた音を聞きながら、俺は自分が走ってきた方向を振り返った。

そこにはまだ蒼也達がいて、俺を見ていた。


「雑魚処理は俺に任せろ。蒼也達は他に当たってくれ。……俺じゃ手を出せない場所を」


こう言えば蒼也はきっと分かってくれる。
……俺という存在が機密事項である事を彼奴はもう分かってる。俺の行動範囲が狭いことに気づいているはずだ。


「……分かった。気を付けろよ、香薫」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ、蒼也」


そのやり取りを最後に俺は背を向けた。
鬼怒田さんが開発した緊急脱出ベイルアウトがあるから大丈夫だとは思うけどさ。


「……さーて、お出ましか」


振り返った先にはトリオン兵が俺を待ち構えていた。
……蒼也に言っちまったし、ちゃんと仕事するか。


「掛かって来いよ、近界民ネイバー。全員斬ってやるからよ」


両手にブレードを生成して、俺は高台から飛び降りた。



***



「……ふう。雑魚トリオン兵がいるということは、新型が紛れてるって認識した方がいいな」


通常のトリオン兵を倒し、その後新型が現れた。まあ1体だけだったけど。
流石に他のトリオン兵よりは少ないか。これだけ強いって事は、他のトリオン兵よりもトリオンをつぎ込んでそうだし。

これで新型を倒したのは9体かな。


「……まさっち、香薫だよ。聞こえる?」


右耳に着けた通信機の電源を入れ、まさっちに連絡を入れる。
……返ってこなかったらどうしよう。まあ自業自得なんだけどさ。


『……ああ、聞こえてる』


少しの間の後、まさっちの声が聞こえた。


「……あの、その。ごめん。好き勝手にやって。多分知ってるかもしれないけど、さっき蒼也達に会ったんだ」

『……ああ』

「彼奴、俺だって信じてくれたんだ。……嬉しかった」


思い出すのは、さっきまで交わしていた蒼也とのやり取り。
彼奴自身の観点で俺である事を信じてくれた。彼奴はリアリストだと思っていたから、こういう話を信じるとは思わなかった。だから嬉しかったんだ。


「そんとき思ったんだ。……やっぱり俺はトリガーなんだって」

『……』

「でも、同時にこう思ったんだ」


俺はもう人間じゃない。名前の存在を借りる事でこの世にいることができる半端なヤツだ。
でも、そんな半端な存在でも存在できているのは。


「___守る力を手に入れて生まれ変わったんじゃないかって」


命を代償に手に入れた絶対的な力。
それを誰かを守る為に手に入れたと思えたら楽になれたんだ。

蒼也がボーダーにいたことは驚いたけど、守る人が増えたと思えばもっと頑張れる。この力を振るう理由が増えたと思えるんだ。


「俺、トリガーらしくなるから。……もう、反抗しない」

『……そうか』

「だから、次の命令を教えてくれ。ちゃんとこなすから」


人間の本性はそう易々と変わらない。もう人間ではない俺には成長という概念は存在しない。生涯を終えた時点の人格そのままだ。
だけど、忘却のない存在だからこそ、今までの過ちを糧にして変わる事はできるはずなんだ。





2022/4/16


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