大規模侵攻・中編



「カオル……? 苗字先輩じゃないんですか?」


ツンツン頭君が俺と蒼也を交互に見ながら首を傾げた。
そっか、俺と名前は双子に間違えられることがあったくらいだから、見分けがつかないのか。……でもそれは、俺と名前がまだ幼かったからだと思うけどなぁ。今じゃ名前も18だし、それなりに成長してると思うんだけど……って今その話はしてない。


「……こいつは」

「いい。俺から話そう」

「えっ、喋った」


蒼也の発言を被せたら、生意気君が俺に対して失礼なこと言われた。ちょっといらってきたのは黙っておこう。ここは歳上の余裕だぞ、俺。


「俺は苗字香薫。そこの二人が言う苗字名前は俺の妹だ」

「妹って、身長が高いだけでどうみても苗字先輩でしょ」

「……なら、お前は名前がブラックトリガーを使ったところを見た事あるか?」

「ブラックトリガー? なんで急にブラックトリガーの話?」


髪を結んだ男が首を傾げる。
……この様子だと見たことなさそうだな。


「苗字先輩は忍田本部長の許可がないとブラックトリガーを使えないと聞いた事があります。何度か苗字先輩とお手合わせした機会がありますが、ブラックトリガーを使った所は一度も見た事ありません」


俺の問いにはツンツン頭君が答えた。
ま、そうだろうな。だって俺にこの二人を見た覚えがない時点で、名前がブラックトリガーに換装した姿を見た可能性は低いのだ。

なんたって俺がちゃんとした戦闘に呼ばれたのは今の現状を含め2回。1回目は俺と悠一のみが戦場にいたらしいから、可能性は低い。
その出来事があってから、上層部とやらが俺の存在に対し慎重に練っていることを俺は知っている。

やはり俺の存在を知るのは上層部と悠一、そして俺の適合者である名前だけだろう。


「何故見た事がないんだと思う?」

「え? それは……」

「忍田本部長の許可がないからでしょ」

「そうかもしれないけど、きっと答えはそれじゃないと思う」

「じゃあ他に何があるんだよ。そもそも俺達、苗字先輩がブラックトリガー使ってるところ見た事ないじゃん。だから何が答えだとか分からない」


ツンツン頭君と生意気君がいろいろ意見を交えているようだが、納得のいく答えは出せていないらしい。
そんな中、俺が蒼也へと視線を移すとその赤い瞳と視線がぶつかった。



「___お前が理由だな、香薫」



ずっと黙っていた蒼也が口を開いた。
その言葉は確信を持っているように聞こえた。


「……流石。相変わらず察しがいいな、蒼也」

「考えていた。お前の妹がブラックトリガー使いである事は事実なのに、誰もブラックトリガーを使う姿を見たことがない。まあ、長い付き合いの忍田本部長含む上層部はお前の存在を知っているはずだろうけどな」


頭の良い蒼也なら、名前がブラックトリガーに換装した姿を見たことがないのか疑問に思ったはずだ。


「……その通りだよ」

「……随分前に、妹からお前がブラックトリガーになったことを聞いた」

「!」

「流石に換装した後、香薫になっている事は知らなかったけどな」


彼奴が、名前が……蒼也に俺がブラックトリガーになったことを話していたとは。だとしたら、蒼也にとっては今俺という存在がいることを知って全てが腑に落ちたのかもしれない。


「苗字先輩のブラックトリガーは、先輩のお兄さんだったんですね……」

「……妹を庇って致命傷を負い、ブラックトリガーと化したと聞いた。……お前らしいよ、香薫」

「!!」


蒼也はあまり人前では笑わない。彼奴が笑ってる姿を見たのは手で数えられる程度だ。
だけど、今目の前にいる蒼也は俺に微笑みかけて……生前俺に向けたものと一緒だった。

その表情を見せないでくれ
勘違いしそうになる……お前が、俺の存在を認めたって思っちまうだろ……!


「疑わないのか? 俺が本当に香薫だって根拠はどこにも……!」

「そうだな。でも、その左耳にあるブラックトリガーがお前である事は事実。そして……俺が知るお前だってのはよく分かった」

「え?」

「トリオン体は自由に姿を変えられる。ブラックトリガーに対しても可能なのかは置いておいて、ここでは変えられると仮定しておこう。姿を変えているだけならまだしも、声は妹のまま。……だが、その話し方はお前だよ、香薫」

「!」

「初めて妹を見た時は確かに似ていると思った。でもな、妹より少ないとは言え俺もお前の顔を何年も見てきた。見分けることなど造作でもない」


自分の口調なんて意識している人なんてどれだけいるだろうか。俺は一度も意識したことはない。だけど、蒼也はそれを知っていて、覚えていて……それを判断材料にした。
そっくりだとよく言われる顔付きも、蒼也には俺と名前が区別できると断言してくれた。

……そんなこと言われたら、勘違いだって思いたくなくなるだろ……っ!


「一体何年お前と一緒にいたと思っている」


ゆっくりと蒼也がこちらへ歩いてくる。
そして、俺の目の前で立ち止まった。



「___お前は香薫だ。誰がなんと言おうと、お前は苗字香薫だ」



そのまっすぐな言葉に俺は目元が熱くなる感覚がした。
……その頬に涙が流れることはないけれど、きっと俺が人間だったら……泣いてたんだろうな。





2022/4/16


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