兄さんの秘密



「ま、待ってください! 兄さんの事が分かるって……ボーダーでも解析できなかったのに、この黒いのを使えば分かるんですか? 迅さんにはその未来が視えているんですか?」


黒いの……レプリカと呼ばれた浮遊している物体を指指しながら迅さんに問う。


「正直に言うと視えていない。でも、レプリカ先生の力を借りれば知る事ができるんじゃないかって言うおれの勝手な望みだ」


……そっか。そうだった。
迅さんにとっても兄さんは大切な存在だから……だから知りたいんだ。

なぜ兄さん……ブラックトリガーがこのような状態なのかを。
トリガーを起動すると私と兄さんの意識が交代してしまうのか。


「だってよ、レプリカ」

「ふむ、了解した。試してみよう。ナマエ、ブラックトリガーを貸して貰えるだろうか」


……信用していいのだろうか。
初めて見た物体に兄さんを渡して良いのか迷っていると、迅さんが口を開いた。


「名前ちゃん。前にあった小型トリオン兵の件なんだけど、その原因を見つけたのは遊真だ」

「え? あのイレギュラーゲートを見つけたっていうC級隊員は空閑君だったんですか?」

「その時はまだ遊真はボーダーに入ってなかったから違うよ。表上はメガネくんが見つけたことになってる」


なるほど。
見つけたのは空閑君だけど、当時まだボーダーに入っていないから三雲君が見つけたことにしたのか。


「で、その小型トリオン兵について解析し原因を突き止めたのがレプリカ先生」

「じゃあ、その解析能力で兄さんを調べられないかって事ですか?」

「そう。どうかな」


……そもそもこのレプリカという謎の浮遊物体はなんなんだ。
そう思っていると、察したのか迅さんが説明してくれた。


「レプリカ先生は、遊真の親父さんが作った多目的型トリオン兵だ」

「トリオン兵……!?」


トリオン兵って、あの毎日のように倒しているトリオン兵と同じだっていうの?
でも、そのトリオン兵と違って会話できるし、特に襲ってくる様子もない。
なんならボーダーに対して協力的だ。まあ空閑君がそう指示していないからだと思うけど。


「……信用していいの?」

「それはナマエが決める事だ」


トリオン兵の返答に困惑してしまう。
私が決めろって、そこに迷ってるんだって……。

そう思っていると空閑君がこちらに近づいて来た。


「おれが保証する」


親指をグッと立て、ドヤッとした表情で空閑君はそう言った。

……このトリオン兵を信用するしない以前に、兄さんについて知りたいかどうかと言われれば知りたいに決まってる。
今までは兄さんがいる。それだけで良かった。
でも、もし知る事が出来るというのなら、次の機会などいつ訪れるか分からない。
それに、私や迅さん……ボーダーが調べても分からなかった”何か”が分かるかもしれない。


そう思った時には、自分の耳に……ブラックトリガーに手を伸ばしていた。


「……お願いします。えっと……レプリカ、先生」

「確かに承った」


なんて呼べばいいか分からなかったから、とりあえず迅さんを真似てレプリカ先生と呼んでみた。
だって、調べて貰うんだから呼び捨ては失礼な気がして。

掌に載せたブラックトリガーを迅さんの部屋に置いてある机の上に置く。
レプリカ先生はブラックトリガーの近くまで降下して……口っぽいところからなんか出てきた!?


「ちょっと待って!? 本当に信用していいの!? 兄さんを食べる気じゃ」

「大丈夫、大丈夫。食べないから」


口と思われる場所から出てきたものに思いっきり叫んでしまったが、空閑君の言葉を信じてそのまま様子を見ておくことに。


「……なるほど。これは時間がかかりそうだ」

「ナマエ先輩、時間大丈夫?」

「今日は防衛任務もないし、忍田さんに連絡すれば大丈夫」

「ならおれは飲み物淹れてくるよ」


レプリカ先生の言葉に、迅さんは3人分の飲み物を取りに部屋を出ていった。
私はベッドの上に腰掛けて携帯を取り出す。
忍田さんに自分が玉狛にいることと、帰宅が遅くなるかもしれないというメッセージを送った。

やることがなくなると、ただレプリカ先生をボーッと見つめるだけになってしまう。
……空閑君と二人っきりなんて初めてだ。なんか話した方がいいかな。
そう思っていると、空閑君が隣に座りこちらを向いた。


「さっきからずっとブラックトリガーの事を兄さんって呼んでるけど、あのブラックトリガーを作ったのは……」

「うん。……私の実の兄。4年半前に起きた第一次近界民侵攻でブラックトリガーに変わり果てちゃった……目の前で」


その光景は今でこそ少なくなったが、兄さんがブラックトリガーに変わり果てて暫くの間、毎日のように夢にその光景が出てきていた。
……何度それが夢だったらと思ったことか。


「私、昔はすごく弱くてね。ずっと兄さんに守ってもらってばかりだった。……だから、兄さんは私を庇ってあんな姿に……」


そうだ。
私が弱かったから兄さんは私を庇って致命傷を負った。
そして……ブラックトリガーになってしまった。


「迅さんから話は少し聞いた。すごく強い人だったって」

「生きていたら間違いなくボーダー1の実力者だった。……そんな人を私は死なせてしまった」


きっと生きていたら、兄さんにとってもっと楽しい人生があった。

毎日のように相手になってくれる後輩や先輩、同輩との模擬戦の楽しさ
誰かと部隊を組んでチームを結成し、上を目指す楽しさ
……その未来を私が潰した。


「だから私は強くならなくきゃいけない。……兄さんになれなくとも、兄さんの代わりになれるくらい強く。その穴を埋めるのは、死なせてしまった私の責務だから」


膝の上に置かれた自分の手を見つめ、ギュッと握り拳を作った。

……まだ足りない。全然兄さんに追いついてない。
もっと、強くならなきゃ___


「やっぱりそう思ってたか」

「!」


私の思考を遮るような鋭い声が聞こえた。
顔を上げれば、そこには3つのマグカップを乗せたお盆を持った迅さんが部屋に入ってきている所だった。





2022/2/26


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