兄さんの秘密
「……うん? なんだか騒がしいな……」
今日はココアが飲みたい気分だったから、ココアが売ってある自販機を歩いていた所、瞬きした瞬間に発動した副作用が、人が集中している場所を教えてくれた。
副作用でその場所を透視すると、どうやらC級ランク戦ロビーに沢山人が集まっているようだ。
「まあ用のある自販機が近くにあるから、ちょっとだけ覗いてみようかな」
まだ入隊式が終わったばかりだし、今日は確か合同訓練の日だからそれで集まってるのかな。
合同訓練だけでB級になるのは正直気の遠い話だし、ポイントを奪い合うランク戦の方が早くB級に昇進できる。
「意欲的な訓練生が多いのかしら」
まあ今回の訓練生で一番目立っているのは、玉狛から入隊した空閑君ともう1人だって言う。すれ違う訓練生がそう言ってた。
いまだに見てない玉狛の新人、一体どんな子なんだろうか。ボーダーの壁に穴を開けたほどのトリオン能力……今までトリオン能力1位だったから、ちょっと悲しい。
そういや前に奈良坂君にスナイパー用トリガー触らせて貰ったときに唯一使わせてくれなかったトリガーがあったんだよね……。確か名前はアイビス。
あのトリガーはトリオン能力が高いほど威力が高いって言ってたけど……まっさかね〜。
「着いた着いた。お、ほんとに多い」
今回の訓練生は意欲的な子ばかりなのかな……と辺りを見ていると、どうやら違うらしい。
どの子も上を見上げて何かを見ている。
私も見てみようと視線をあげれば、そこに表示されていたのは……
「三雲……?」
最近知り合った京介の弟子、三雲君の名前。どうやらランク戦をしているようだ。
でも今の所全敗……相手は誰なんだ?
そう思い三雲君の名前の上を見た。
「!」
三雲君の名前の上に表示されていた名前を見て驚く。
なんでこの子が三雲君とランク戦を……?
「あれ、苗字先輩だ」
「米屋君」
不思議に思っていると後ろから名前を呼ばれる。
後ろを振り返れば、そこには米屋君がいた。
「おれもいるよ、ナマエ先輩」
「あ、空閑君だ」
米屋君の後ろからヒョコッと現れたのは、三雲君と同じ日に知り合った玉狛の新人、空閑君だ。
米屋君の背後に綺麗に隠れてたから気づかなかった。ごめんね。
「なまえちゃ〜ん」
「わっ……陽太郎君!」
「会いたかったぜ、なまえちゃん」
足に感じた小さな衝撃。
下を見ればそこには子供……『林藤 陽太郎』君がいた。
「なんだよ、随分苗字先輩に懐いてんじゃん」
「なまえちゃんはおれのおヨメさんこうほだ」
「あれ、それチカにも言ってなかった?」
「チカちゃんは3にんめ」
今のボーダー本部が創設された直後はまだ旧ボーダー……現在の玉狛支部を今より頻繁に行き来していた。
その時に陽太郎君の面倒を見る機会があったんだけど、その時に懐かれた感じだ。
冗談だとは思うけど、陽太郎君の中で私は将来のお嫁さん候補2人目らしい。1人目は林藤さんの姪の方である。
だが、今空閑君が言ったチカちゃんという子がお嫁さん候補3人目になったらしい。名前で分かってたけど、玉狛の新人その3チカちゃんは女の子なのか。
「なんかギャラリー多くね? なにかあったんスか?」
「私も今着たばかりなんだけど、恐らくあれかな」
米屋君の質問に答えるべく、私はスコアが表示されているモニターに指を指す。
「三雲……?」
「うん。三雲君ランク戦してるみたい。相手は表示されてる名前の通り」
空閑君にそう教えると、丁度ランク戦が終わったところのようだ。
「あ、おさむまけた!」
「いつぞやのメガネボーイじゃん。緑川とランク戦か?」
「ミドリカワ?」
そう。
三雲君がランク戦している相手は緑川君……『緑川 駿』君だ。
実は私、何故かあの子に嫌われているんだよね……。何もしてないはずなのに。
「あれ、米屋君も三雲君と面識あるの?」
「実は前にそこのチビ関連で会った事あるんスよ」
「なるほど?」
米屋君にそう質問していると、三雲君がブースから出てきた。
結果は10勝0敗で緑川君のストレート勝ちだ。
……まあ緑川君は期待の新人って言われてるくらい才能の塊だから、経験が浅い三雲君にとっては厳しかったのかもしれない。
「こら、おさむ! 負けてしまうとはなにごとか!」
「なーんか目立ってるなぁ」
「陽太郎、空閑!」
空閑君と陽太郎君はブースから出てきた三雲君を出迎えに行っていたようで、いつの間にか近くにいなかった。
「お疲れ、メガネくん」
向こうで喋っている三人を見ていると、別の声が。
その主は緑川君だった。
「実力は大体分かったから、もういいや。帰っていいよ」
なんだか三雲君に対して素っ気ないな。
まあ私にも同じような感じなんだけどさ。
「なーんか全然だったな、あのメガネ」
「動けなさすぎでしょ」
「歳下の緑川に完全に舐められてるし」
なんかギャラリーからいろいろ言われてるよ、三雲君。
そう口に出せるほど私には度胸がないので、心の中で伝えておく。絶対に伝わってないけど。
「おさむのかたきはおれがとる! いくぞ、雷神丸! 雷神丸ー!」
あー…陽太郎君、三雲君を悪く言われたのが嫌なんだな。
陽太郎君は仲間思いの優しい男の子で、仲間を悪く言われるのが嫌みたい。
まあでも、この状況は陽太郎君に同感だ。
流石に三雲君が不憫すぎるような気がする。
……そもそも三雲君と緑川君はどういった経緯でランク戦をするに至ったんだろうか?
だって三雲君、B級に昇進して間もないって聞いたし。
緑川君がランク戦を申し込むほどの実力は……まぁ、うん。先日の風間さんとの模擬戦で彼の実力は分かっているから、緑川君の興味になるようには思えない。
緑川君は私の隣にいる米屋君や公平と一緒にいるイメージだ。
だからこそ何故三雲君に絡んでいるのかわからない。
「なぁ。この見物人集めたの、お前か?」
「違うよ。風間さんと引き分けたっていう噂に寄ってきたんだろ」
なるほど。
このギャラリーの多さは、先日の風間さんの件が関係してたのか。
緑川君の発言に納得していると、空閑君が口を開いた。
「ふーん……オマエ、つまんない嘘つくね」
今までの空閑君とは想像が付かないほどの冷たい声。
それに、緑川君が嘘付いていると告げた言葉は、何を根拠に発言したのだろうか。何故か空閑君は確信を持っているように言うものだから余計不思議に思ってしまう。
「おれとも勝負しようぜ、ミドリカワ。もしお前が勝てたらおれの点を全部やる。1508点」
「あれー? オレとの勝負は?」
「多分聞こえてないね……」
どうやら米屋君は空閑君と模擬戦をするために此処に来たらしい。
だがあの様子だと、米屋君の声は届いてない。
だって……
「1500ってC級じゃん。訓練用トリガーでオレと戦うつもり?」
「うん。お前相手なら十分だろ」
「……いいよ、やろうよ。そっちが勝ったら何がほしいの? 3000ポイント? 5000ポイント?」
「点はいらない。その代わり、おれが勝ったら先輩と呼べ」
「へぇ、歳上なのか。ちっこいから歳下かと思ったよ。オッケー、万が一オレが負けたら、あんたのことをいくらでも先輩って呼んであげるよ」
「いや、おれじゃない。”うちの隊長”を先輩と呼んでもらう」
空閑君、怒ってるよね?
2022/2/23
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