終業の時間
放課後
僕は渚・茅野・杉野・赤羽というメンバーと共に帰り道である山道を下っていた。
「大丈夫?名前さん」
「茅野……これが大丈夫に見えるか?」
ぐったりしている僕を見て声を掛けてきた茅野と渚、杉野が苦笑いを浮べる。
何故こんなにもぐったりしているのかというと、言うまでもなくこのしおりの所為だ。置いて帰る訳にもいかず、今荷物の中に入っているのだ。
他の人達も同じく持って帰っているはずなのに、どうしてこうも違いがあるんだ……?僕が非力過ぎるだけなのか……?
「これから浅野と会うのに、そんなんで大丈夫〜?」
「赤羽、引き取れ」
「や〜っだね」
くそぅ……暑いし重いしでポーカーフェイスが完全に崩れてしまっている……。仕方ない、迎えを呼んでおくか……。
「渚。これ引き取ってくれ」
「えっ」
メールを打ち込みながら渚に尋ねるも、遠回しに嫌だという返答が返ってきた。
「じゃあ杉野」
「じゃあ!?いや、やだよ!?」
ここにいる男共は嫌がる奴ばかりだな……。
「磯貝は僕の分まで持ってくれたというのに……!ここに優しい男はいないのか……っ」
「泣き真似……」
磯貝は紳士だった。どうやらまだ教室に残ってやることがあるらしく、しおりの入ったバッグを玄関までだったが代わりに持ってくれたのだ。
因みに磯貝にお願いして持って貰ったわけではない。酔っ払いのような歩き方をしていた僕を見かねて声を掛けてくれたのだ。
……くそう、あれで下心がないなんて……!
顔の良い人間は、基本内心に下心を隠してる。何故なら自分の顔を自覚しているからだ。
僕だって下心は抱えているさ。標的を狙う視線や殺気……それを如何に隠せるかが“プロ”だ。
……え?今その「暑い」やら「重い」と言った様子を隠せていないだろって?……うるさいな。
「ねぇ名前……」
突然赤羽が低いトーンで僕を呼んだ。
なんだなんだ。大人しくなったと思えば何怒ってるんだ?
「なんだい赤羽」
呼ばれたので返事をしたのだが、何故か無視。じーっと僕を無表情で見つめている。
……返事してやったのに何無視しているんだ此奴は。それに、無表情は何を考えているか読みにくいから苦手なんだけど。
「……赤羽。おい、聞いてるのか」
再び呼んだが、また無視。
……何がしたいんだ此奴は。
「渚。君、赤羽に詳しいんだろ? これはどういう状態なんだ」
「えっ!?僕に聞かれても……!?」
前に赤羽本人が渚とは仲が良い的な事を(一方的に)言っていたから、友好関係が深いと思ったのだが……。渚でも分からないとは。
「あっ!分かった!!」
「分かったのか、茅野」
「それよそれ!」
「え?」
ビシッ!とこちらに人差し指を僕に向ける茅野。
一体何が分かったんだ?
「名前は渚の事、なんて呼んでる?」
「『渚』だけど」
「じゃあカルマ君は?」
「『赤羽』。……あぁ、そう言う事か」
茅野の言いたい事、赤羽が求めている事が分かった。
そっぽを向く赤羽に近付き、少し高い位置にある彼の顔を見上げる。
「なんだい?……『カルマ』」
「! ……やっぱり何でもなーい」
赤羽……じゃなかった。カルマはさっきの態度はどこへいったのか、機嫌が良くなった。しかも鼻歌まで歌っている。
「はっきり言えば良いじゃないか。名前で呼んでくれって」
「俺最初に言ったよ?『カルマ』で良いって。なのに渚君の方が先に名前呼び定着してるし」
「だからお前は彼女か」
「やだなぁ、そこは彼氏にしてよ〜」
ま、嬉しそうだから放っておくか。
カルマのニコニコとした表情を見上げていると、後ろから誰かがこちらに走ってくる気配を感知。
後ろを振り返ろうとした瞬間。
「名前〜〜!!」
「うっ」
……遅かった。
後ろから抱きつかれ、前に倒れそうになった。しかし倒れる事はなく、カルマが受け止めてくれた。
くそぅ、しおりの所為で思い通りに身体が動かなかった……!
「名前ったらだいた〜ん!カルマの胸に飛び込むなんて…!」
「君が後ろから抱きついてくるからだろ、中村……!」
「俺は嬉しいけどね〜」
後ろから中村、前からカルマに抱きしめられている僕。……暑苦しい、重い!!
「何なんだ一体……僕はもうしおりでお腹いっぱいなんだ……」
「苗字の顔がすごい事になってる!?」
杉野……ツッコむ余裕があるなら助けてくれ……。
「カルマのこと名前で呼べたなら、次は私の事を『莉桜』って呼んでご覧?」
「り、莉桜……今すぐ僕から離れろ。暑い重い!」
「え〜、仕方ないなぁ〜」
渋々といった様子で離れた莉桜。そしてカルマからも離れる。
一息着いていた時、僕の元に茅野が駆け寄ってきた。
「じゃあじゃあ!私の事も『カエデ』って呼んで!」
「いいよ、カエデ」
名前を呼んでやると嬉しそうに笑うカエデ。そんなに名前呼びが嬉しいのか……?
「杉野も名前で呼んで欲しいのか?」
「いや、俺はいいよ……」
ほんのり顔を赤くしながら杉野は断りの言葉を僕に言った。
「何か名前さんに名前呼ばれると嬉しくなっちゃう!」
「分かる〜。声が良いから余計にね〜」
「僕の声が良いのは当たり前だろ?」
何せこの声を武器にやっているんだから、声が良いのは当たり前だ。
「ねぇねぇ。男の声も出せるの?」
「出せるよ」
君らと初めて会った時…まあ、あの時は正体を隠していたけど、シロの声を模写して見せたハズなんだけど……まあいいか。
「じゃあ試しに杉野の声出してみて」
「俺!?」
「聞いてみたい!」
「いいよ」
莉桜のリクエストに答えるべく、まずは喉を潤す為水を飲む。その後、咳払いをしながら喉仏の位置を調整。
杉野の声を思い出しながら声に出す。
「“俺は杉野友人!……なんちゃって”」
「わああああっ!!本当に杉野君みたい!!」
「マジで……!?」
やってみせろって言ったの君等だろ?何驚いてるんだ?
「どういう仕組みなの?」
「それは機密事項って奴だ。これは僕の武器の中で最もお気に入りなんだ。……簡単には教えられない」
「えー」
「なんかショックなんだけど……」
「ドンマイ、渚」
残念そうな声を出す莉桜。恐らく声変わりが来てない事を気にしてショックを受けているであろう渚。そんな渚を励ます杉野。
うん、なかなかにカオスな状況だ。
「でも一度咳払いしてたよね?それに意味があるの?」
「質問しても教えないぞ。知りたいなら見抜いてみると良い」
渚の質問に僕は答えずスルー。こういうのは簡単に答えを教えてしまったら面白くないだろう?
「あれ、あそこにいるの浅野じゃん?なんでここに?」
「……そこにいるE組の転入生と約束があるから待っていただけだ」
E組校舎へ続く入り口と本校舎敷地内の境目にある場所……その近くに立っていたのは浅野学秀だった。
莉桜の言葉にいやいやそうに答え、浅野学秀は僕を指指す。
あ、そういえば今日の放課後彼と約束していたんだった。完全に忘れてた。あんなに攻撃的な視線を僕にぶつけていたというのに、律儀に約束を守ってたのか。実は良い子か?
「そうでしたね。では行きましょうか、浅野君」
「E組の分際で僕を待たせるとは……」
いちいち言葉に棘があるな、この男……はっきり言って腹が立つ。
しかし、暗殺に関係ない生徒と問題を起こすわけにはいかない。……チッ、なんで僕が気を使わないといけないんだ。防衛省め、色々と誓約を掛けやがって。
「え……っ」
「誰!?」
うるさいぞ、後ろ。
ギャーギャーうるさいので、浅野学秀の背中から背後にいる莉桜達に視線を移す。
「……演技だ」
浅野学秀に聞こえない程の声量で彼らにそう答えたあと、僕は目の前にいる男子生徒の背中を再び追った。
2021/03/28
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