終業の時間
「3年A組……ここが成績優秀の人達が集まるクラスなんですね」
「ああ」
現在、校内に入った僕と浅野学秀。
彼の背中を追うこと数分。案内されたのは『3−A』とプレートが下がった教室に着いた。
「それより、いつまでそこに突っ立っているつもりだ。教室には誰もいない、入れ」
僕に命令するとは……。くそう、良い子を演じるんじゃなかったな。
しかし一度してしまった事は簡単に変えられない。お淑やかな女子生徒を演じなければ。
「失礼します」と言ってA組の教室に入る。浅野学秀は椅子を引いて、此処に座れと促される。……ふぅん、女性の扱いには多少知識があるようだな。
彼が引いた椅子に腰掛けると、その正面に浅野学秀は座った。
「ではまず最初に___その“お淑やかな女子生徒”という仮面を剥いで貰おうか」
「!」
へぇ、即興だったとはいえ僕の演技を見破るとは。
「……下手だったかな? 僕の演技は」
「いいや。僕には分かったが、他の人は気づかないだろう」
なるほど。別にさっきの莉桜達とのやり取りを見ていたという訳ではない、という訳か。
見破られたのなら仕方ない……潔く認めるとも。しかし、一般人に見破られるなんて、僕もまだまだだね。
「それで、何の用かな。僕の演技を見破った君の質問には、答えられる範囲で答えてあげよう」
特別だぞ?質問に答えてあげるのは。
ジッと浅野学秀を見つめ、彼の要件を待つ。
「君は今回の期末テストで五教科全て100点を取るという成績を叩きだした。僕ですらあまり取った事がないというのに、転入してそう時間の経っていない君が取れるなんて……一体どんな手を使った」
「手を使ったなんて、僕がカンニングしてたような言い方だね。信じられないのかい?」
「ああそうだ。僕はこの椚ヶ丘中学校に入学して今までずっと一位をキープしてきた。今回のE組との賭けも勝つはずだった!なのにお前は全ての教科満点という結果を出した!……僕の計画が台無しだ……!」
目の前にいる浅野学秀から感じるのは“怒り”と“悔やみ”。その対象は僕含め、E組諸君で間違いないだろう。
しかし、彼には今回の期末テストで賭けていたものに何か目的があったようだ。
「……計画? 何を考えていたんだい?」
「……聞いたら答えてくれるのか?」
「言っただろう? 答えられる範囲で答えると」
浅野学秀は僕の目をジッと見つめ、何かを考えているようだ。
決意したように浅野学秀は口を開いた。
「知っているだろうが、この学校の理事長は僕の父親だ。最近あの人はE組に介入し過ぎている。君もその一人だ」
「僕?」
「ああ。この時期……しかも高校受験を控えている年に転入生が来ることは珍しい。しかもその転入生は君で三人目だ。だから今回の期末テストでE組と“賭け”を利用してあの人が何を隠しているのか暴こうとした」
「だけど、僕にストレート負けした事で、その望みは叶わなかった……そうだろう?」
唇を噛み締めてこちらを睨み付ける浅野学秀。うんうん、素直でよろしい。
「この賭けに勝てば、あの人の弱みを握る事ができたというのに……!」
此奴、完全に支配欲の塊だな。
僕に対する態度は完全に敵と認識している人間の態度そのものだ。
「何がそこまで君を突き動かす。その原動力は何だ」
「……僕はあの人を支配する。そのためには、君等E組の真実を知る必要がある」
本当に理事長の子供なのか?彼は。
親を支配したいとか……良い感じに狂ってて面白い。その面白さに免じて教えてあげたいところだが……。
「真実も何も、E組では特に何も変わっていない。君が知る3年E組そのものさ」
「……どうしても答えないか」
「答えているじゃないか、真実を。君が知る3年E組は何も変わっていない。僕がこのE組に来たのは偶々……そう、全ては偶然だ」
浅野学秀が知りたいのは、急激なE組の成績向上、僕含めE組に転入生してきた生徒。恐らくだが烏間殿やイリーナもそうだろう。確か表上の担任は烏間殿になっているそうだから、ターゲットの事は知らないはずだ。……いや、知っていたらまずいんだけどさ。機密事項なんだし。
「でも、君はその目で、その耳で確認しなければ納得しないんだろう? その性格を見るに、表面上の言葉だけでは信用できないとみた」
「……だからなんだ」
「そんなに知りたいのなら、またE組に勝負をすればいい。そして、君が勝った暁にその疑問を理事長に話せば良い」
「何故僕からE組に勝負を申し込まなければならないんだ」
「ふーん。ま、嫌なら別に良いけどさ。それに、僕は真実しか話していないから詮索するのも無駄だと思うけど」
というより、話はまだ続くのか……?
今日は授業の無い早く帰れる日だというのに。
「答える機はないみたいだな」
「だから、これが真実なんだって」
「……」
「……」
互いに視線がぶつかる。
僕の表情から嘘か誠か見抜く気だな。そう簡単に僕の心情が読めると思っているのかい?……舐めるなよ。
僕は五本指に数えられるほどの実力ある殺し屋だ。そして、変装と演技においてはトップクラス。あんな適当な即興演技は良いとして、僕という“仮面”を剥がす事など誰にも出来やしない。イリーナですら僕の本性を知らないのだから。
「……ふん、どうやら素直に吐く気はなさそうだ」
「信じてくれないものかね〜」
「信じる?E組である貴様を信じろというのか?」
「別に?……あと、その貴様呼び止めてくれるかな。見下されるのは嫌いなんだ」
さっきから思っていた事を浅野学秀に言うと、彼はニヤッと笑った。
「へぇ?見下されるのは嫌なのか」
「ああ」
「これはこれは……躾甲斐のある猫だ」
……まぁ、今は女子生徒としてこの学校にいるから、猫と言われても仕方ないか。
余計な事を言って彼がターゲットの存在に辿り着くのは面倒だ。浅野学秀は頭が回る男だ、一言一言発言に気をつけなければ。
「次の中間テストでは僕が一位を取る。そして、貴様を支配する」
「やってみなよ。僕は束縛されるのが嫌いなんだ」
浅野学秀の挑発に敢えて乗ってやる。
勝負事は大好きだからね。勝って相手の負け顔を見るのがさいっこうに大好きだ。
「苗字名前だったな」
「そうだよ、浅野学秀」
「その頭に刻んでおけ。貴様を支配するのがこの僕であることを___“名前”」
「面白い事を言う。ま、その日が来るといいね?___“学秀”」
君の宣言は脳の片隅にでも覚えて置いてあげるよ。
2021/03/28
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