終業の時間


一学期が終わる。
それは学生にとって嬉しい『夏休み』というものが始まる合図でもあるらしい。その前に終業式というものがあるそうだ。
なのでその終業式を受けるため、現在僕は本校舎へ向かっている途中だ。
……なのだが。


「あのさぁ……今日一日ずっと思ってたんだが」

「なーに?」

「近い。暑い!!」


そう。
赤羽がさっきからくっついてきてめんどくさいのだ。こいつの態度が激変したのは期末テストが終わってからだ。
今日の朝だってそうだ。


『あ、名前おはようっ』

教室に入ってきた途端、カルマはこちらに笑顔で挨拶してきたのだ。
僕は席が後ろという事もあり、教室の後扉から入っている。お互い登校してくる時間はまあまあ遅い方なのだが、今日はカルマの方が早かった。
ま、まあ挨拶は良い事だし……と思っていたんだが。


『ねえねえ、何か話そうよ〜』

『話す事は無い』

『じゃあ俺が話題出して良い?』

『今は忙しい』

『作業しながらで良いからさ〜』


こうやって学校に来る時間でさえ僕には惜しいのに、横から妨害が飛んでくる。依頼の件を確認したり、届いたメールに返信したりと僕は結構忙しい人なのだ。
ま、人気者のレオンさんだから仕方ないけどね!

……とまあ、言いたい事は最近やたら赤羽がくっついてきて邪魔だと言う事だ。
暇さえあればずっと僕に話しかけてるんだぞ?暇人かよ!


「喉が渇いたな……。なあ、ここに自販機はあるのか?」

「あるよ。体育館入り口に」


ほら、と指を指した先には自動販売機の姿が。


「僕は飲み物を買ってから行くから、先に行ってていいぞ」

「いや、俺も自販機行く〜。煮オレ買いたいし」


におれ?
何だそれは。どういう表記だ?

てか何故僕は赤羽にどうこう言っている?彼は勝手に着いてきてただけだろ。
はぁ……遂に脳が暑さにやられてしまったのだろうか。ダメだダメだ、水分補給しよう。

におれという奴で頭の中がはてなで一杯になっている僕を置いて、赤羽は自販機に金銭を投入している。おい、何先に買おうとしてるんだ、この。
赤羽が自販機のボタンを押すとガタンッと音を立てて購入したものが落ちてきた。彼が手に取ったのはピンク色のパックだ。


「これが煮オレシリーズの一つ、イチゴ煮オレ」


煮オレってそう書くのか。
……って、煮る?イチゴを煮るのか?いやイチゴを煮るって何。


「……それ、美味いのか?」

「美味しいよ〜。いる?」

「いや別に」


正直今は味よりも潤いが欲しい。
「えー」と残念そうに言う赤羽を無視してお茶を購入する。その場で開けてごくごくと飲む。


「小さいの買ったんだ」

「……あぁ。荷物になっても困るしな」


二人して自販機の近くで水分補給を済ませる。
因みに他のクラスメイトは先に体育館にいる。どうやらE組は本校舎生徒が来る前に整列をしておかなければならないらしい。

行かなくていいのかって?何で行かなきゃいけないのさ。僕の好きな時に行けばいいだろう?

しかし赤羽は僕と共に此処にいる。本当に先に行かなくていいのだろうか。僕は本校舎生徒に何を言われようが痛くもかゆくもないからゆっくりとしているけど。


「並んで置かなきゃいけないんだろ? 良いのか?」

「うん。別に何言われようと痛くもかゆくもないし〜」


あぁ、なるほど。彼も僕と同じことを思っていたのか。もしかしたら、意外とそっくりなのではないか? あ、顔じゃ無くて性格な。


「E組が何している、赤羽」

「あれ〜浅野じゃん」


赤羽が飲んでいる煮オレをジーッと見ていると、後ろから赤羽を呼ぶ声が。
つられて僕も後ろを振り返るとそこには男……ゴホン。男子生徒がいた。


「それと……君は?」


明らかに誰だこいつみたいな顔を向けられる。
……っていうか、今浅野と言ったか?じゃあ彼が理事長殿の実の息子、浅野学秀か。よく見れば生徒会長の証みたいなものが着いてる。正式名称は知らん、興味が無い。


「初めまして、生徒会長さん。私は苗字名前、最近E組に転入してきました」


自己紹介するのが礼儀だ。
しかし、はっきり言わせて貰うと彼と関わる機会はほぼない。ならば適当に愛想良くしておけばいい。
と言うわけで僕は即興で『物腰の柔らかい女子』を演じることにした。
隣で赤羽が痛いほどの視線をぶつけてくるが知った事か。


「苗字名前だと……!?お前が総合一位……!!」

「はい。恐縮ですが、総合一位という結果を頂きました」


あーあ、そんなに眉をひそめないほうが良いよ?顔良いんだから。
こちらへずんずんと歩み寄って来た浅野学秀を僕はニコニコと笑みを貼り付けて見上げる。……早く何処かへ行ってくれないかなぁ……。


「苗字名前。お前に話がある。放課後、時間を空けておけ」

「えー?浅野クン、学年一位の人に命令できんの?しかも賭けに勝ったE組所属の人に」


本当良い性格してるな、赤羽は。ま、僕も人の事言えないけど。
浅野学秀は赤羽を睨み付け、赤羽は浅野学秀をニヤニヤとした表情で挑発する。……この二人、絶対相性悪いな。


「大丈夫ですよ赤羽君。実は理事長に用事があって近々顔を出す予定だったんです。良ければ貴方のお話が終わった後に、理事長室まで案内してくれませんか?」

「ふんっ、いいだろう」


では放課後、ここで落ち合おう
そう言って浅野学秀は体育館へと消えていった。


「……………はぁ、疲れた」


彼の姿が見えなくなったところで演技を解く。
未だに持っていた空のペットボトルをごみ箱に投げ込む。


「……おい、体育館に行かないのか?」


未だにポカーンとした表情で僕を見る赤羽に声を掛ける。
僕の声にハッと意識を現実に引き戻した赤羽がこちらに駆け寄ってきた。


「ね、ねぇ……さっきのって」

「どう見ても演技に決まってるだろ」

「なんで演技なんかしたの?」

「関わる事の無い奴だからだ。わざわざ本性を晒す必要がない」

「じゃあ、俺は関わっている人に入るわけだ」

「? ああ、そうだな」


何故か嬉しそうな赤羽に首を傾げながらも、一緒に体育館へ入った。





2021/03/27


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