学園祭の時間



『ナマエ、君はここから逃げるんだ。今の君では、この牢から私を救うことは出来ない』

『でも、でもっ!!』

『私が逃げ出せないとでも? 君はまだ小さい身体のおかげでこの穴から脱出できる。そして、向こうはナマエに気づいていない』


だから早く、ここから逃げるんだ
余計な作業が増える前に、早く


……この言葉の意味は分かっていた。もし、僕も一緒に捕まってしまえば、捕まった後に脱出する時、兄さんの手間を増やしてしまう。

当時の僕が考えられたのは、捕まった後に別の場所に閉じ込められた場合だった。そうだとしたら、兄さんの言う手間は、僕を探す時間の無駄ということになる。

だから、僕は脱出して兄さんが戻ってくることを祈るしかなかった。……けど。


『あの人は来ない。何故なら協力者たちに捕まったからね』

『あの人はどうなるのか、だって? 本当にあの人にしか目がないんだな、ナマエは。……仕方ない、可愛い妹弟子に免じて答えてあげる』

『とは言っても、僕も知らないんだ。利害が一致しただけなんだよね』


兄さんは帰ってこなかった。
彼奴が、兄さんは帰ってこないと断言したから。

本当はそう言われた時点で、彼奴を刺したかった。けど、情報が必要だったから我慢した。愉しそうに話す彼奴の声を何度も何度も堪えて、情報を粗方吐かせた後……我慢するのを止めた。


けど、僕の力は彼奴には届かなかった。
……分かってたんだ。向こうの方が優秀だってことは。
それでも負けたくなかった。

『僕の方が一番長く兄さんと一緒にいる』

その事実があったから、兄さんをがっかりさせたくなかった。お荷物になりたくなかった。……僕だって兄さんの役に立てるって証明したかった。

何よりも、兄さんに___



「うぅ……っ?」


眩しさを覚え、目を開ける。
視界に入ったのは見覚えのある天井。目を覚ましたことで感覚も機能し出し、自分の身体がベッドに寝かされていることに気づいた。

けど、何だろう……。


「身体が重い……」


異様に身体が重い。そして怠い。なんだ、この疲労感は……?
何とか上半身だけ起こせたけど、意識していないとすぐにベッドへ逆戻りしそうだ。そう思っていると、ガチャッとドアが開く音がした。


「ラファエル……」

「あ、起きたんだね。気分はどう?」


部屋に入ってきたのはラファエルだ。
あぁ、そうだ。この部屋はラファエルが普段いるセーフハウスのレイアウトだ。道理で見覚えがあるわけだ。セーフハウスを訪れることはあれど、この部屋にはあまり入らないから忘れていた。


「……気分より、身体が重い。こんなこと、小さいときに全身筋肉痛で動けなくなった時のようだ」

「なにをしたら全身筋肉痛になるのかちょっと気になったけど、何となく予想はできたからいいや」


それで、君のその状態についてだけど。
そう言ってラファエルは近くにあった椅子をベッドに移動させて、それに座った。白衣も相まって、完全に医者だな。ラファエルは科学者の方が良いらしいけど。


「簡単に言ってしまうと、触手を短期間で暴走させた反動って奴だよ」

「反動……」

「実感ないだろうけど、君はあの日から三週間もベッドの上だったんだ」

「さ、三週間だって?」


なんてのんきな事を頭の隅で考えていると、ラファエルがとんでもない事を言ったのだ。三週間も僕は時間を無駄にしたというのか……!?


「細かく言うと、目を覚ましたのは3日後だったんだけど、君は尋常じゃない高熱を出したんだ」

「熱? ……だから身体が怠いのか」

「そうだね。君はその高熱を出しては下がり、また出しては下がりを繰り返したんだ。身体の怠さもそれが原因だろう」


そんな高熱を短期間で再発させていたら、普通の人間は身体が保たないのでは……そう思っていたが、止めた。そうだった、僕は今普通の人間ではない。その身に人間の身では絶対に存在しない異物を取り込んでいるのだから。


「触手があったから、高熱で死ななかったのかな」

「うーん、そんなことあるのかな。でも、君が着けている触手は本当に特殊だから、何らかの影響を与えていた可能性はあるかもしれないな」


それよりも、想定より早く回復したみたいだね。
話を変えたらしいラファエルの顔は、先程の淡々と診察結果を話す顔から、少しだけ笑みを見せた。


「お前の中ではどれくらい掛かる見込みだったんだ」

「一ヶ月弱。ちなみにこれは、触手の再生力を含めての計算だったよ」


触手の再生力、か。
悔しいけど、触手の再生力は人間の倍ある。正確な数値は(僕は)知らないけど、高いのは確かだ。

……そして、圧倒的な生命力も加わって、僕はラファエルの想定より早く回復したんだろう。こればかりは触手に感謝した方が良いのかもしれない。


「ちょっと気になったんだけど……悪夢でも見てた?」

「は?」

「魘されていたからさ。『兄さん』ってずっと言ってたよ」


兄さん
ラファエルからそう言われた瞬間、彼の言う『悪夢』が蘇ってきた。そうだ、あの夢は僕が彼奴をはっきりと『敵』と認識したきっかけなんだ。彼奴が、彼奴があんな選択をしなかったら……!


「ぐっ、!? いっつー……ッ」


突然僕を襲った痛み。それは頭から出ているもので、思わず手で押さえてしまった。


「あ、どうやら上手くいってるみたいだね」

「うまく、いってる……?」

「うん」


それについても話さないとね
……どうやらこの頭痛はラファエルの仕業らしい。きちんと説明して貰おうか。





2023/12/10


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