死神の時間
side.×
「……隠す必要もないし、言っても良いか」
独り言のようにボソッとラファエルは小さく呟く。そして、殺せんせーと目を合わせた。
「ご名答、殺せんせー。僕がレオンに触手を与えた張本人さ」
明るい声音でラファエルが答えた瞬間だった。
「あなたが……ナマエに……!!」
低い声で紡がれた、怒りの言葉。
殺せんせーは黄色かった皮膚を真っ黒に色を染めた。この時の状態を生徒達は「ド怒り」と呼んでいる。
「わぁ怖い。レオンから聞いてはいたけれど、迫力あるね」
「どこで触手を手に入れた……どこで!!」
「ちゃんと話すから、まずは落ち着いてくれる?」
ド怒り状態の殺せんせーを何とも思っていない様子のラファエル。ド怒り状態の殺せんせーを前にして驚くどころか、どこか煽りの様子が見える。
「まずは貴方の質問に答えよう。この質問の答えは簡単さ___作ったからだよ」
ラファエルからの回答に殺せんせーは勿論、E組生徒や教師陣は驚く。……しかし、一人だけは冷静だった。
「なるほど、腑に落ちた。だから名前の触手は別物だったのか」
その人物というのはイトナだ。彼は名前の触手がかつて自身に根を生やしていた触手とは別物である事を知っていたからだ。
その意味がやっと分かった。そのような反応をイトナは見せた。
「君は……堀部イトナくんだね。レオンから君の事はよく聞いているよ。だから君が僕の回答に驚いていないことに予想がつく。……シロから聞いたんでしょ」
あの男。
敢えて暈かされたが、誰もが分かった。ラファエルの言うあの男が誰を指すのかを。今、触手というワードが出ている中、浮かぶのは過去のイトナ。
過去のイトナ……即ち、触手を身に宿していた時の彼は、今の名前と共通している部分が多い。しかし、1つだけ違う点があった。
「その言いぶりだと、お前が名前の触手を診ているという解釈でいいか」
「わぁ、ご名答! そう、僕がレオンの触手を診ているよ」
それは触手を与え、管理する者という違いだ。イトナはシロという人物に、名前はラファエルが管理している。
イトナは人物がラファエルという事は知らなかったが、触手を管理している者が別人である事は知っていたのだ。
「別物……そういえば名前の触手はイトナくんから『少し違う』って聞いてるんだけど、アンタは知ってるの?」
今まで話を黙って聞いていたある人物、カルマがラファエルへ問いかける。名前の触手を着けた張本人であるなら、カルマの問いについて分かるはず。
「違い……ね。まだ触手については全て分っているわけではないけど、大まかな特徴は判明している。その中で想定外の動きをレオンの触手は取る可能性が高い……というより、既に起きている」
「それはどうして?」
「単純なことだよ。レオンの触手は失敗作だからさ」
ラファエルが当然のように放った言葉は、聞き手を驚かせるには十分だった。
「完成形が生まれる過程で作られた試作品、と言っても良い。完成形とは異なるから失敗作って僕は言っているけれど」
「何故触手を作ったんですか」
「それが、かつての僕の”役割”だったからだよ」
役割
ラファエルの指す役割とは一体何を指しているのか。
「では次に。……何故、苗字さんに触手を与えた」
殺せんせーが次に問うたのは、何故名前に触手を与えたのか。
彼の意図が知りたかった。何故名前だったのか……そして、失敗作と言っていた触手を与えて何を考えているのかを。
「殺せんせーは僕がレオンに触手を与えた理由を聞きたいんだね」
いいよ、答えてあげる。
ラファエルは殺せんせーの問いにそう答えた。……何の代償も求めずに。
こうも素直に聞かれた事を話すなど、その態度に裏がありそうであるが……それよりも、正直に明かして貰えるなら、それでいい。殺せんせーの心情はそうだった。
「理由はね、特にないんだ」
「は?」
「そもそも、触手の存在をレオンに話す気はなかった。けど、レオンはどこから情報を入手したのか、触手について僕に尋ねてきた。それが始まりさ」
ラファエルは語り始めた。
ラファエルが名前に触手を与えた始まりを。
「さっき少し話したけど、僕は触手の誕生に少し関わりがある。それをレオンは知ってしまったんだ。そこからのレオンの行動は早かったよ……僕の手元にあった唯一の触手、失敗作を見つけて突き出してきたんだから」
「名前が触手を見つけた……アンタが保管していた場所を見つけてって事だよね」
「うん、そう。そしてレオンは僕に言ったんだ___触手をくれってね」
「! 苗字さん自ら触手を適用しろと言ったんですか」
「そうだよ。僕はずっと存在を隠しておきたかったんだ。でも、見つかった以上誤魔化す事はできない」
「どうしてそれを破棄しなかった」
「随分簡単に言うね、イトナくん。触手の破棄なんてそう簡単にできるものじゃないんだ。それに、レオンが触手を見つけた時間が早すぎたんだ」
「早すぎた?」
「勿論僕は触手をずっと保管し続けようとは思ってなかった。処分するつもりだったよ。けど、その準備が終わる前にレオンに見つかってしまったんだ」
触手を渡す気が無かったと主張するラファエル。だが、名前の身に触手があることは現実だ。触手を適用したことは紛れもない事実なのだ。
「なら何故、触手は苗字さんの元に? 今の話だと、貴方は触手を与える気はなかったと受け取れます」
「言ったでしょ、レオンが触手を適用しろって言ったこと」
「ですが、貴方はそれを拒否することができたはず」
「ナイフを向けられて脅されていたとしても?」
「名前が脅したですって?」
「そうだよ。普通だったら僕を殺して触手を手に入れただろう。むしろ、レオンはその手を使う人間だと思ってる。けど、未知の物体を1から知るより、知る者を利用する方が時間短縮になるからね。だから僕を脅したのさ」
イリーナが驚いた理由は、ラファエルが話したとおりだ。名前は脅して情報を得るよりも、情報を吐かせてから殺す人間だからだ。
もしかすれば、名前は分かっていたのかもしれない……未知のものだとしても、触手を知る存在を利用する方が物事を有利に進められることを。
その物事が何を指すのか……それは名前の中に答えがある。
「名前は分かっていたのか、触手が及ぼす影響を」
「そこはちゃんと説明したとも。そして、この触手が普通とは違う事もね。……レオンはそれを理解した上で、触手がほしいと改めて僕に言ったよ」
だから僕は触手を着けた……あの失敗作をね
ラファエルがそう告げた言葉を紡いだ声は、とても落ち着いた音色だった。
「失敗作を作りだした責任で、僕はレオンの触手を診ている。どこぞの男みたいにレオンを駒だと思っていない」
「……貴方の言葉を信じろと言いますか」
「僕は信じてほしいから言ってるんじゃない。事実を言っているだけだ。疑うのも分かってる……だから、答え合わせはレオンに聞いてよ」
殺せんせーの声にラファエルはそう答えると、寝かせていた名前を横に抱えた。
「さて、質問タイムはここまでにしよう。レオンがここで起きてしまったら、次暴走した時止められない可能性が高い」
「ラファエルさん。苗字さんはいつ頃回復しますか」
「そうだね、先日暴走した時の状態で回復に一週間はほしかった。けど、レオンは短時間で触手を暴走させてしまった。……触手の治癒能力を踏まえると、一ヶ月弱ほしいかな」
触手が及ぼした身体のダメージは、触手が持つ治癒能力で回復できる。……何とも皮肉な話である。
「分かりました。必ず苗字さんを万全な状態に回復させてください」
「勿論だよ、殺せんせー。口だけでは軽いと思うかもしれないけど……必ず、レオンを貴方の元へ返すと誓うよ」
そう告げたラファエルの表情は、先程までのどこか貼り付けた笑みはなく……真剣そのものだった。
「そうだ。待っているだけじゃ不安にさせるだけだろうし……よし。律さんはいるかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「君の連絡先に僕を追加した。レオンの状況を聞きたいなら律さんを通すといい」
ラファエルは片手で名前を抱え直し、空いた片方の手で携帯を取り出す。何か操作をしたと思えば、彼が名指ししたのは律だ。
それも、あの一瞬でやったのは律に自身の連絡先を追加したというもの。追加申請ではなく、追加なのだ。
「律は高い技術者が作り上げた存在なのに、モバイルとは言えハッキング紛いな事ができるなんて……」
「ついでだから教えてあげる。律さん……自律思考固定砲台の誕生に僕とレオンは、ちょっぴり関わってるんだよ」
再びラファエルは爆弾発言を落とした。
まさか、自分達のクラスメイトの誕生に彼らが関わっているなど、誰が想像できただろう?
「感情を知ってしまった律さんには酷な話かもしれないけど……君は造られた存在だ。あらゆる創造物は、創造主には勝てないんだよ。例えAIでもね」
それだけ告げると、もう話はないというようにラファエルは背を向けた。
携帯を仕舞ってラファエルは名前を両手で抱え直すと、先が暗い通路へと去って行った。
「殺せんせー、あの人の事信じても良いのかな……」
「苗字さんについて気になるのであれば、ラファエルさんと連絡を取るほかありません。……律さん、ラファエルさんの連絡先を共有してくれませんか?」
「はい、分かりました!」
ラファエルが名前を抱えて去った後。
その場に残された者達はラファエルの話をしていた。それは勿論、彼が連れて行った名前と関連するものだった。
ラファエルが律にのみ共有した自身の連絡先。殺せんせーの指示で律はラファエルの連絡先を共有しようとした。
「……あ、あれ?」
「どうしましたか?」
「ラファエルさんの連絡先を皆さんに共有できません……!」
「なんで!?」
「逆コンパイルで解析しますね……どうやらこの連絡先を共有できないようプログラムされているようです」
「何とかならないの?」
「上書き不可……無理矢理行おうとすれば、データ破損の可能性があります」
「何だよそれ!!」
「間違いなくラファエルさんの仕業ですね。どうやら律さんを通してでないと私達と連絡を取りたくないようです」
だが、ラファエルが律へ送り登録した連絡先は少し弄れば爆発してしまうものだった。一ヶ月も名前と連絡が取れないのだ。ラファエルという名前に近い存在がなければ、一ヶ月も彼女の状況を知る事が出来ない。だから容易に触ることができないのだ。
「何故このような事をする必要があったのでしょう……ラファエルという人の人物像が読めませんね」
殺せんせーが視線を移したのは、名前を抱え消えたラファエルが去った場所。殺せんせーはどんな心情で見つめていたのだろうか?
「……ふふっ」
殺せんせーが見つめた先へ消えた者、ラファエルは思い出し笑いをするように笑みを零した。
「まるですれ違いのカップルみたいだね、君とあの人は」
そう呟き、ラファエルは両手に抱える少女…名前を見つめる。彼が言う君は名前を指しているに違いないが……あの人とは、誰の事なのだろうか?
そして、その言葉を呟いたラファエルは何を思ってそう言ったのだろうか。
死神の時間 END
2023/11/11
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