学園祭の時間



「その頭痛は触手が抑制されていることで起こっているんだ」

「触手を抑制……?」

「そう。ナマエが眠ってる間に抑制剤を投入させてもらったよ。あぁ、あくまで触手にだけ作用するもので作ったから安心して」


ラファエルによると、この頭痛は触手を抑制するために起こっているらしい。……そういえば、さっき僕は彼奴に対し抱える殺意を思った瞬間、頭痛に襲われた。


「触手が少しでも動いたら押さえ付けようと働きかけるんだ。君の体調に関わらず、触手はしばらく封印して貰うよ」

「別に普段から使ってるわけじゃないんだけど……まぁ、根を生やされている故の身体能力向上は普段からお世話になってるけどね」

「それはどうしようもないやつだから気にしてないよ。所謂、オプションに近いものだし。僕が言っているのは、触手本体を出さないようにってことだから」


そんな都合の良い薬、いつ作ったんだ?
そう思っていると「気になってそうだね」とラファエルが零した。まさか、僕の思考を呼んだのか?


「その抑制剤、どうしたのかって顔してる」

「僕の顔から心情を予測するとは。やるようになったじゃないか」

「分かるようになったのは最近だけどね。それに、僕の得意とする分野だから分かっただけだよ。君、僕が得意な科学や医学は苦手じゃない」

「う……」

「ほら、そういう所。大丈夫、それ以外は君の思考は読み取れないから」


僕は分野に限らず、少しでも心情が顔に出ていたという事実が悔しいんだけど……。これも触手の影響か……?


「これはナマエがあの失敗作を着けた後に作り始めたものだよ。流石に君が眠ってる間に完成は無理」

「僕は薬の開発についてノウハウがないから、想像でしか話す事はできないんだけど、薬の開発は難しいものじゃないのか?」

「勿論難しいよ。けど、薬の開発は科学と似通ってるところがあるから慣れれば難しくないよ」


……多分だけど、ラファエルを基準にしてはいけないと思う。忘れそうになるけど、コイツは天才といわれる人間なのだ。



「……どうやら僕は、当たりを得られたんだとつくづく思うよ」

「君の言葉を借りるなら『自信は行動に現れる』ってやつだね。僕も自分の知識と腕に自信を持つようにしているからさ」



だから、これ以上自分の身を滅ぼす様な事はしないでくれ
そう言って哀しそうな顔で僕を見るラファエル。……あぁ、そう言えばこんな事言ってたっけ。


「僕を見ていると、自分の妹を見ているようで心が痛む、だったかな」

「そうだよ。容姿は勿論似ていないけど、態度とか仕草はよく似てるんだ」


ラファエルは元々、E組の彼らと同じ普通の生活をしていた、裏社会など一ミリも知らない世界の人間だった。
だが、悲しい事に彼は裏社会の人間がほしい能力を持っていた……それが、瞬間記憶能力だ。この力を持つことを知った、ラファエルをこちら側に引き込んだ者は、証拠隠滅のため、ラファエルの家族を殺した。当の本人はまだ裏社会の人間について理解が浅かったから、こんな口約束をしたんだ。「家族は殺さないでくれ」と。

だが、結果は……その口約束は守られなかった。ラファエルが他に気を使う暇がない合間を狙って、家族を殺した。
この事実を知ったのは、ラファエルが僕の元に来てからだ。


あぁ、どうやってラファエルと出会い、行動を共にするようになったのかって?
簡単になら離してあげよう。

まず、僕は目的の為に科学に強い人間が必要だった。その時に見つけたのがラファエルだ。初めは利用するためだったんだけど、どうも家族のことが気になるから調べてほしいって言われたんだ。


『家族がどうなっているか教えてくれたら、君に僕の力を貸す。それができないなら、僕は君の協力者にはならない……っ』


怯えながらもそう言ってきたラファエルの度胸に興味がわいた僕は、等価交換ということでラファエルの家族について調べてやったのだ。
……それで、真実を伝えた後、ラファエルは悲しげな顔をして礼を告げたんだ。「ありがとう」と。

不思議でならなかった。僕が嘘を付いている可能性も考えたはずだ。……だが、ラファエルの中で何となく予想がついていたという。


『雇い主が替わる度にお願いしていたんだ。家族について調べてほしいって。けど、誰も教えてくれなかった。……君が初めてだったんだ』

『頑なに教えなかったのは、今君が言ったとおり……家族は死んでいるからなんだろうって。曖昧な返答はあったけど、流石の僕だって調べてないんだなって分かってた。だから君が教えてくれた結果は嘘じゃないって思った』


その言葉を聞いて思ったのは、この男は完全に闇に染まることができない人間だと言う事だ。どんなに残酷であろうとしても、心の奥底では慈悲の心がある。こういう所は彼女、イリーナと似ているな。

ラファエルから唯一の友人の面影を見た僕は、極力彼を気遣うようになった。そして、いつか元の表社会に帰れるように手を回す必要もある、と。


普通に見える様に振る舞っているかもしれないが、おそらくは……かなり精神に異常をきたしているはず。元が表社会を生きる人間だったんだ。普通の生活をしてきた人間が残酷になるには難しすぎる。

……今僕が抱える件が片付いたら、ラファエルを元の社会に帰すことを練る必要があるな。大丈夫だ、奴の実力は表社会で十分に通ずる。むしろ、歓迎されるはずだ。

それに、彼は被害者の身だ。その間に重ねた罪は、これからの行動で償うようにと話が進むはず。……僕と違ってね。


「殺し屋に怪我をしてくるな、は難しい話だ。けど、純粋に心配してくれる優しい人間の心を傷つけるような趣味はない。……なるべく意識するよ」

「! うん、そうして。でないと、兄は心配でたまらないんだ」

「僕はラファエルのこと兄だと一度も思った事ないんだけど」

「冗談だよ。君にとっての兄は”あの人”だけなのは知ってるから」


勿論、ラファエルには僕の目的を共有している。当然だ、そのためにラファエルの力を手に入れようとしたんだから。


「リミットまで半年を過ぎている。最後まで頼むぞ、助手」

「相棒とは呼んでくれないの?」

「この件を成功させたら、呼んでやってもいいよ」


……知識を蓄えれば蓄えるほど、ラファエルの能力は活きる。
どうか、僕の目的に希望をもたらしてくれ。何としてでも成功させなければならないんだから。





2023/12/10


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