死神の時間


side.潮田渚



「……! 足音?」


死神に閉じ込められて数分。
遠くから何度か爆発する音が聞こえたが、しばらくして聞こえなくなった。

静けさが戻った後に聞こえたのが足音だった。


「まさか、死神が戻ってきたのか?」


誰もが警戒を強める。何をされるか分からないから、ここに戻ってくる理由が思い着かないから。


「!」


ドアが開いた!
殺せんせーが捕まった時に死神とビッチ先生、烏丸先生が出てきた扉が開く。そして、そこから誰かが飛び降りてきた。


「って、え!?」

「……あぁ、君たちか」

「苗字!」

「名前ちゃん!?」


そこにいたのは、お馴染みである黒いローブを纏った苗字さんだった。飛び降りたことで脱げたフードから、金色の髪が現れ、青色の瞳がこちらを向いた。


「苗字さん! 連絡が取れなかったので心配していたんですよ」

「それはすまない。準備をしていたんだ」

「準備?」

「ここに来る為の事前準備さ。それも分からないの?」


こちらへゆっくりと歩いてくる苗字さん。その動きだけみれば、既に回復しているように見える。


「待て名前。お前、まだ動ける状態じゃないだろ」

「どうして知ったような口で言えるのかい、イトナ」

「俺とお前は触手という共通点がある。先日のものがたった3日で完治できるとは思えない」

「お気遣いありがとう。けど、自分の身体のことは自分で分かるから、気にしないでくれ」


けど、イトナくんが言うには3日で完治は現実的ではないらしい。だから、イトナくんの見解では苗字さんは無理してここに来ている可能性があるんだろう。


「しかし、惨めだねぇ君たち」

「仕方ねーだろ、相手はあの”死神”なんだぞ」

「最高の殺し屋には適わねーよ」


……そうだ、苗字さんは死神と面識があると言っていた!
だから聞きたい。あの死神という人物は、本当に苗字さんが目標とする人なのかと。


「苗字さ……」

「___死神? 誰のことかな」


声を掛けようとした口が止まった。何故なら、苗字さんの口から出た声が冷たく、低いものだったからだ。


「え、お前なら知ってるんじゃないのか? 殺し屋の中では有名な奴なんだろ?」

「勿論知っているとも」

「なら、なんで知らないフリするんだよ」

「知らないよ。君たちが言う”死神”は」


……えっと、つまり苗字さんは僕達が対峙した死神を知らないと言っているということ。じゃああの日、死神について話していた苗字さんの頭に浮かんでいた人物は、別の人……?


「苗字さん。君に聞きたい事があるんだ」

「何かな、渚」

「……苗字さんは死神と面識があるよね」


周りから息を呑む声が聞こえる。苗字さんが死神と面識がある可能性が高いことを知っているのは僕だけだったから、みんなが驚いて当然だ。


「だったら何かな」

「僕はあの日、君から聞いた言葉をこう解釈した___死神は苗字さんにとって憧れの存在なんじゃないかって」


僕の言葉に苗字さんは微動だにしない。
いつもの余裕そうな苗字さんはいない。視界の先にいる彼女は、1歩何かを誤ったら殺されるのでは___そう思わせる雰囲気を纏っていた。


「だからこそ、思う事がある。君があんな人に憧れているのは、何かの間違いじゃないかって」

「……まず、君たちが見たという死神について教えろ。話はそこからだ」


苗字さんの質問の通り、死神について話した。
外見的特徴、閉じ込められるに至った経緯を伝えた。


「白っぽい髪に、金色の様な瞳……だって?」

「そうだけど……」

「本当に、そいつが死神と名乗ったのか?」

「うん。なんで?」


僅かに俯いた苗字さん。そのため、表情が窺えない……そう思ったときだ。



「___くくっ、ははっ。あっははははははっ!!!」



肩を震わせながら、苗字さんは高らかに笑った。
今の内容のどこに面白い要素があったのか分からない。だから、苗字さんの思考が読めない。


「笑わせないでくれよ、そいつが死神だって?」

「な、なんで笑うんだよ。何も面白いところなんてどこにも無いだろ!」

「現に私達は死神とビッチ先生の攻撃を受けて、ここに閉じ込められている。それに、死神が操作室に着いてしまったら、ここはあっという間に水に呑まれてしまうのよ」

「死神、死神って言わないでくれ。腹がよじれてしまうっ」


お腹を押さえながら、口調に笑いが混ざった様子を見せる苗字さん。誰もが彼女の様子に困惑していた。


「……何が面白いの、名前」

「面白いさ、カルマ。けど、同時に面白くないとも思っている」


カルマくんの問いに答えながら、苗字さんは顔を上げた。その表情は___



「___笑わせないでくれ、彼奴が死神な訳ないだろ」



無。
しかし、それは確かに”怒り”を持っていた。

今まで感じた事の無い圧。……きっとこれは、苗字さんの殺気。僕が出す殺気なんてちっぽけなものなんじゃないかって程に、彼女の殺気は強いものを感じた。


「渚の言う通り、僕は死神を知っている。その姿も、声も___人物像も」


だから、断言する。
そう言って苗字さんは片手を檻に伸ばし、握りつぶすように強く握った。


「お前達が見た死神は偽者・・だ。彼奴は死神と呼ばれるような奴じゃない」

「でも、俺達手も足も出なかったんだぞ! たった一人で全員を圧倒したんだ!!」

「だから? 君たちが全員適わなかったから強い、と?」

「殺せんせーも捕まったんだよ!?」

「それで?」


苗字さんの声は低くなる一方。僕達はまだしも、殺せんせーが捕まっていることにさえ耳を傾けない。
……頑なに僕達が見た人を死神と認めない。むしろ、殺せんせーを話題に出した時、機嫌が更に悪くなったような……?


「! 名前、手が……っ」


中村さんが声を荒げる。彼女の言葉につられ、苗字さんの手を見た……。


「……あぁ、やっぱりこれ対触手用なんだ」


彼女の手からポタポタと流れる赤いもの。それは、彼女の手だ。僅かに見えたけど、彼女の手はまるで溶けたように爛れていた。

苗字さんはそれを気にしてないというように、黒い手袋を負傷した手に嵌めた。すぐに再生するから気にならないのだろうか。

そう思っていると、苗字さんは僕達に背を向けて何処かへ行こうとするではないか!


「どこに行くの?」

「どこって、自分を死神だとほざく奴を探しに行くのさ」

「ダメだよ! 危ないって、」

「うるさいな……僕は今機嫌が悪いんだ。邪魔をしないでくれ……!」


こちらを振り返って、言葉通り機嫌が悪そうな様子の苗字さんが見えた……と思った時、何かに気づいたと言うように苗字さんの表情が変わった。

そして、ゆっくりと自分の背後を振り返った。


「……苗字さん?」

「どうしたんだよ?」


様子がおかしい。
先程までの怒りの様子が消え、ただただ自分の背後を見つめている。


「! 足音だ、」


苗字さんが自分の背後を見つめること数分後、足音が聞こえた。
まさか、苗字さんは僕達と話している中で、あの足音に気づいたというのか。少なくとも僕は気づかなかった……。


「……」


苗字さんは今も尚、一点だけを見つめている。だが、動きが見えた。
ローブの内側が盛り上がる。恐らくあれば苗字さんの腕が動いている証拠だ。多分、その中に隠れている武器を握っているんじゃないかな。


「今度は誰が来るんだよ……?」


誰かがそう呟いた、その時。



「___ッ!!!」



苗字さんが動いた!
その動きは、本当に人が出しているのかと言うほどに速いものだった。


「、くっ!!」


次に聞こえたのは金属音と、苗字さんの声。
一体彼女の前に何があるというんだ?



「___あぁ、夢の様だよ……!」



聞こえたのは男性の声。
その声には聞き覚えがあった。いや、聞き覚えと表現するのは違う。聞いたばかりの声だ。


「会いたかったよ、ナマエ……!」


……死神。死神がここに戻ってきたのだ。
しかし、先程と様子が違うように見える。だって今、明らかに苗字さんの名前を呼んでた。

だって、僕達が対峙した死神は、苗字さんが知る死神と別人なんでしょ……?



「……あぁ、僕も会いたかったよ___裏切り者……ッ!!」



だけど、苗字さんの口ぶりからして二人には面識がある。それも、苗字さんが咄嗟に動き、凶器を振り上げるほどに、だ。

二人は一体、どういう関係なんだ?
いまだに金属音が聞こえる方に僕は釘付けだった。





2023/09/08


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