死神の時間
「……なるほど」
現在、職員室。
その場にいるはずのイリーナはおらず、彼女に割り当てられた机の上にはバラの花束が置いてある。僕はその花束が置いてある席……イリーナの席に座っていた。
花束がバラなのはセンスがいい。良い買い物をしたというのに計画は失敗した。
「烏間殿。今だけは依頼の関係ではなく、イリーナの友として言いたい事があります」
僕の視界には烏間殿。そして、廊下、外から職員室を覗くE組メンバーがいる。全員がイリーナがいなくなった経緯を知っている。
「彼らがどのような気持ちでこの計画を立てたのか、私は測りかねません。面白半分だったか、真っ当な善意だったか……まぁ、そこはどうでも良い。イリーナの事です、花束を用意したのが彼らというのは気づかなかったでしょう。貴方が余計なことを言わなければ」
組んでいた足を下ろし、席を立つ。そして僕は烏間殿の前で足を止めた。
「貴方にとってイリーナが仕事の関係だと認識していることは私も理解しています。……それに、聞いたところによると、彼女が貴方に対しどんな気持ちを抱いていたか分かっていたそうですね?」
相手の感情を読む事に必要なのは観察力、所謂人間観察というものだ。なので、対象があまり感情を表に出さない人だと、当然判断できない。
烏間殿はその人物に当てはまる。だから、彼らから言われなきゃ気づかなかった。イリーナが烏間殿に好意を抱いていると本人が気づいていたことに。
「彼女はここへ来た目的を忘れていた。貴方も分かっているはずだ、何の為にE組へ来たのかを」
「当然です。ですが、殺し屋といえど彼女も人間です。ましてや、私達の業界では少なくなってしまった”正常な感情を持つ”存在です。だからこそ、彼女は人の言葉に敏感で、場合によっては心が揺らいでしまう」
「仕事と色恋、どちらが大切かと言われたら、貴方は後者を選ぶというのか」
「私の話ではありません、イリーナの話です。……私は怒っているんですよ、烏間殿」
なるべく抑えてはいるけど、もしかしたら出ているかもしれない……殺気が。
「苦労も何も知らない女。……貴方はイリーナに対し、そう思っているかもしれません。だから言わせて貰います」
一度深呼吸をする。……前置きで言ったから、依頼取り消しにはならないと思うけど、一応言葉は選ぼう。それでも、僕が本気で怒っていることは知ってもらわなくては。
「___1年も満たない期間で、僕の友を知った気になるな」
その言葉にすべての思いを込めた。それだけ言うと僕は職員室を出る。
「名前ちゃん、どこにいくの?」
「どこって、イリーナの後を追うのさ」
誕生日ということに舞い上がっていたはずなのに、今の彼女はきっと落ち込んでいる。だから慰めてやらないと。
陽菜乃からの言葉にそう返答した後、僕は玄関に向かって靴を外用に履き替える。そして職員室を窓から覗き込んでいたメンバーの視線を感じながら、僕はE組校舎を後にした。
「最初で最後の誕生祝い。誕生日まで仕事の話、か。センスがないな」
烏間殿も、イリーナも。
……お似合いだって思ってたのは、僕の勘違いだったのかな。
「荷物もなかった。そのまま帰る気だろうから早く追いつかないとね」
少しだけ速度をあげ、僕は見慣れた山道を降りた。
***
side.倉橋陽菜乃
「名前さん、完全に怒ってたね……」
「うぅ、余計な事しちゃったのかなぁ……」
きっとみんなが気づいてた。名前ちゃんが怒っていたことを。あれを『静かな怒り』と言うんだと思う。
名前ちゃんはビッチ先生の事が大好きだからこそ、烏間先生の発言に怒った。けど、烏間先生にプレゼントを渡すようお願いしたのは私達だから、怒りの矛先はこっちにも向いてるはず。
「名前の言葉……あいつもきっとビッチ先生について色々知ってるんだろうな」
磯貝くんの発言は私も少し気になっていた事だった。名前ちゃんといえば秘密主義で、自分のイメージを大切にしている。
私は彼女の事を名前ちゃんと呼んでいるけど、本当は名前くんの可能性もある。女子制服を着てはいるけど、名前ちゃんはまだ私達に性別がどちらか明かしていない。けど、その正解をビッチ先生は知っている。でも私達には教えない。
他にもビッチ先生は私達の知らない名前ちゃんを知っている。そんな感じで名前ちゃんも私達の知らないビッチ先生の秘密を知っているんだろう。
お互い信じているからこそ秘密を明かし合って、そして守っている。……その信頼関係が羨ましいな、なんて。
「それにしても、あの発言……」
私はもう1つ、名前ちゃんが言っていた言葉で気になる事がある。それは『正常な感情を持つ』という言葉だ。
名前ちゃんは普段から少し難しいことを言う人だけど、この言葉に込められた意味は一体なんなんだろう……?
2023/05/02
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