死神の時間
「君たち、何をそこで集まっているんだい」
「あ、名前! 久しぶりだね〜!」
次の日。
久しぶりの制服に袖を通し、地味に歩きづらい山道を登って見えた校舎の前に集まる久しぶりの顔。
僕の声にこちらを振り返り、どこか嬉しそうな笑顔でそう言ったのは桃花だ。
「殺せんせーから聞いた時はびっくりしたんだよー? 急に2週間も休むなんて!」
「急用だったんだ。仕方ないだろ、陽菜乃」
「急用だったんだ。それって聞いていいやつ?」
「できれば聞かないでくれ、ひなた。あぁ、一応言っておくと暗殺ではなかったよ」
「それならよかった〜。名前がいない間、結構大変だったんだよ〜」
女子達に捕まり、僕は彼女達が言う大変だったことを聞きながら教室に向かう。
「フリーランニングの訓練で培った能力で人を怪我させた……それも入院するレベル。罵って欲しいなら、いくらでも言ってあげよう。バリエーションならたくさんある」
「うっ」
「返す言葉がない……」
教室に入り、周りから「久しぶり〜」の言葉を聞き流しながら自分の席へ着席する。そして、聞いた話に対し思った事を口にする。
「時間帯が夜だったなら、まだ理解できた。けど、まだ日が高い時間帯で堂々とは……僕でもやらないよ」
「本物の殺し屋に叱られてる……」
「可能性が1%でもあるのなら普通はやらない。『低いから』という理由は、事が起きた後には言い訳にしかならないよ」
「ごもっともです……」
僕の話を聞いていたのか、当事者達は段々と反省の色を見せ出す。ま、油断するのも仕方ないか。彼らは本当の世界を知らないのだから……殺し屋としての世界を。
「しかし、僕はいなくてよかったなぁ〜。力仕事は苦手なんだ」
「名前力さなすぎだもんね」
「うるさいぞカルマ」
ちなみに彼から反省の色が見えないので、カルマは当事者ではないらしい。つまり、連帯責任をさせられた被害者だな。
「別に力仕事だけじゃなくて、子供達の相手もしてたんだよ。勉強を見てあげたり、劇をしたり、一緒に遊んだり!」
「子供の相手か……」
「なんか微妙な反応だね?」
「子供の思考は読みにくい。だから、できることなら相手にしたくない。以上」
「名前らしい回答だね……」
とは言っても、あまり子供を相手にすることはないんだけどね。
そう心で思いながら僕は席を立つ。
「どこ行くの?」
「どこってイリーナの所だけど」
「ビッチ先生?」
「なんで?」
そろそろ彼らから口にされるビッチ先生呼ばわりにも慣れてきたな……なんて思っていると、僕がイリーナの元に行くことに疑問をもつ声が。
「そうか、知らないのか。4日前の10月10日。その日はイリーナの誕生日だ」
10月10日。その日はイリーナの誕生日だ。僕はイリーナの為に用意したプレゼントを見せながらそう言った。
僕の言葉に対し教室から音がなくなる。……数秒後、絶叫が聞こえた。その絶叫の中には「知らなかった!!」という声が。主に男子陣。
「私は知ってたんだけど、わかばパークのことですっかり……」
「今からでも遅くないからプレゼントを用意してやれ。あいつは貢がれることが好きだ」
「じゃあ名前はビッチ先生に貢いでるの?」
「友人としての純粋なプレゼントだ」
カルマの言葉に若干喰い気味に返答してしまったが……とりあえずイリーナの誕生日を知っている奴はいたようだ。なんだかんだ、あいつも教師生活を楽しんでいるようだな。
「というわけだ。じゃあな」
後ろから聞こえる声を聞き流して教室を出る。向かうは職員室だ。
「イリーナはいるか?」
「ナマエ! 久しぶりね!」
ガラッと扉を開けながらイリーナの名を口にすれば、目的の人物はそこにいた。僕を見た瞬間嬉しそうな顔をして……相当暇なんだな。
「なんだ、烏間殿はいないのか」
「今は席を外しているわね」
「そうか。ま、どうでもいいけどね」
烏間殿がいようがいまいが僕の用事はイリーナだ。そう思いながら僕は手に持っていた物を手渡す。
「遅くなってすまない。誕生日プレゼントだよ」
「ナマエ……! やっぱりあんたのこと、大好きよ!」
「僕もだよ、イリーナ」
彼女の言葉に対し笑顔で返答すると、何故か溜息をついて机に肘を突くイリーナ。どこか暗い雰囲気に何となく彼女の心情を予想する。
「あーあ……つくづく思うわ。あんたが男だったら真っ先に惚れてたってね」
「烏間殿のことかい」
「なっ!? ……なんで分かったのよ!」
「むしろ隠し通せていると思っていた事に驚きだよ」
要するに、口にしてないけど……烏間殿からのプレゼントが欲しかったってことか。
「彼からのプレゼントが欲しかったんだろう? 言えば良かったじゃないか」
「こういうのはサプライズが嬉しいの! もうっ、なんで分かってくれないのよ」
「それは僕に対して言ってるのかい? それとも烏間殿かい?」
「どっちもよ!」
でも、ナマエからはプレゼント貰えたし、許してあげるわ!
……本当、お前は暗殺者の世界では珍しい人間だよ。
「あ、予鈴ね」
「じゃあ、僕は学生をやってくるよ」
「大変ね、アンタも」
「その言葉君にそのまま返すよ」
そんな会話をしながら僕はイリーナと共に職員室を出る。……この時の僕は思わなかった。まさか放課後、あんなことになると。
2023/04/22
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