リーダーの時間

side.磯貝悠馬



俺は磯貝悠馬。E組の学級委員長をやっている。
今回、バイトをしていることを浅野に見つかってしまい、また罰を受けることになると思っていた。……けれど、偶然にもバイト先に居合わせたクラスメイトが庇ってくれた。……彼奴も。


『磯貝には明確な理由がある。それに彼は分かって校則を破った。破らなければ生きていけないからだ』

『僕が言いたいのは、彼のようなやむを得ない理由で校則を破る者の事も考えて”改善”しろって事だ』


きっと彼奴にとっては自分の嫌いなことを話しただけなんだろう。それでも、あの言葉は俺にとって嬉しかったんだ。
だからあの時、俺が校則違反を無かったことにする勝負に発展した際、A組が勝った場合の戦利品に彼女が選ばれた事に「どうすればいい」と頭に浮かんだ。

何とか話し合いで済まないだろうか。
そう考えていたのに、彼奴らは俺に持ちかけられた話を一緒に背負おうとしてくれた。初めは巻き込みたくないという気持ちが強かったけど、彼奴らの厚意に甘えることになった。


……まぁ、男子だけの話だったハズなんだけど。実はしれっと彼奴もいたんだよな。確かに女子だと言ったわけじゃない。女子の格好が何かと都合が良いからだと言っていた。何度か男性の姿に変装していた所を見た事があるけど、確かに男性のようにしか見えなかった。まあ、男性と言うより俺達と見た目が似ていたけど。

それは置いておいて、だ。


『だって僕は出られないんだ。なのに戦利品だぞ? ただ結果が分かる時まで傍観しておくことしか出来ないなんて、屈辱だ……!』

『自分で何もできないまま、目の前の物事が終わるまで傍観者で居続けなければならない。……そんなの、二度とごめんだ』


あの時言っていた彼女の言葉が今でも気になっている。彼奴は俺達と違う世界で生きている。だから、俺達が知らないことを沢山経験していて……きっと、その経験の中にある出来事がその言葉に繋がっているのは分かる。

いつもは淡々と物事をこなし、表情は余裕そうなものばかり浮べる彼奴の俯いた顔が、少しだけ悔しそうに見えたんだ。


お前は何を想ってそう言ったんだ。……いつか話して欲しい、というのはわがままなんだろうか。


『苗字』

『! 磯貝』


気づけば俺は彼女の手を取っていた。辛そうな顔を浮べてほしくないって気持ちでだった。……何もできないと悔やんでいる彼女の為、俺は勝つよ。その意思を伝えた。……まぁその後、俺の校則違反を帳消しにするのが本題だったって事を想いだしたんだけれどな。


『___絶対にA組に勝つから』


無意識に差し伸べた手。その手を見て苗字は淡い青色の瞳を少しだけ見開いた。


『……分かった。期待しているからな』


そして、自分の手に彼女のそれを重ね……握ってくれた。その手は小さくて、そして……冷たかった。



***



次の日。
俺は学級委員長として教卓に立ち、体育祭の種目について執り行っていた。1人一種目という誓約があるため、必ず1人は何かしらの種目に参加しなければならない。

みんなにどの種目に出たいか意見を聞き、話が進んでいる中だった。


『ねぇ名前。二人三脚出よーよ』

『二人三脚?』

『そう。互いの内側の足首をひもで縛って固定して、二人で息を合わせて走る競技』

『……なるほど。』


教室の奥、カルマと苗字の会話が聞こえた。どうやら二人三脚に出ないかとカルマが誘っているようだった。

別に男女で出場しなければならないルールはない。きっとカルマは苗字だから一緒に出場したのだろう。彼奴が苗字に好意を持っているのは誰もが分かってる。

……分かってる、のに。どうしてこの光景を嫌だと思ってしまうのだろう。


『ま、暇だしな。やるなら徹底的に勝つだけだ』

『いそがーい、俺と名前二人三脚の走者に入れといてー』

『……おう、分かった』


俺はカルマの言葉に対して、いつも通りを保てていただろうか。そう思いながら黒板にカルマと苗字の名前を書いていく。


『女子で長距離走の立候補者はいない? まだ誰も入ってないけど……』

『えー、結構疲れるしなぁ』

『そうね。体力に自信ある人だったら……』


俺と一緒に教卓に立っている片岡が女子達に長距離走について問いかけている。しかし、反応はイマイチだ。それもそうだ、長距離走など嫌がる人の方が多い。


『……なんだ』

『名前さん! 長距離走、走れないかな!?』


なんて思っていると、片岡が苗字の名前を言った。どうやら彼女に長距離走に出られないか問いかけているようだ。


『でも、君たちは一般人は受けていない授業を受けているじゃないか。別に僕じゃなくてもいいんじゃない?』

『それが……噂によると、この長距離走に記録会で大会新記録を出した人が出場するらしいの』


俺の耳には入っていなかったが、どうやら今回の長距離走で記録会で新記録を更新した存在が出場するらしい。長距離走が嫌なのは理由にあるだろうが、その存在も渋る理由になっていたのだろう。


『へぇ。それは面白そうだね』

『押しつけているようで申し訳ないんだけど……どうかな』

『いいよ』

『ダメだよね……って、いいの!?』

『うん。かまわないよ』

『ありがとう……! でも、どうしてそんなに快く受け入れてくれたの?』

『メグ。君の中の僕はどうなっているんだ……』


なんと苗字はあっけなく了承した。もしかして、意外と体育祭に乗り気なのか……?


『思い上がっているその記録保持者とやらを、上からねじ伏せたいからに決まっているだろう』


そうだった、苗字はそういう奴だった。
勝負事に対しては強気で、そして好戦的。期末テストでは宣言通り浅野にも勝った奴なのを改めて再認識した。

……でも、それと同時にある事が引っかかった。俺のバイトが見つかった時の話、苗字が言っていた言葉だ。


”どんな人間でも平等であるべきだ。僕がその校則とやらを作る側なら、あらゆる可能性を考慮して作るけど?”


これは浅野の発言に対し、苗字が返した言葉の一部だ。この発言が俺は引っかかっている。……気のせいだと思うのに、彼女の言葉が弱い人を庇っているように聞こえたんだ。



『僕はね、弱者でいることが嫌いだ。だけど、その弱者を弱者のまま扱う強者がもっと嫌いだ』



だが、それは気のせいじゃなかったのではないか。そう思う出来事があった。それは苗字が長距離走の招集に向かう前の事だ。
どうやら彼女にとってE組の存在を作った椚ヶ丘という学校は嫌いなものに該当するらしい。


『どうして?』

『……知りたいかい?』


知りたい。
理由は沢山あった。でも、一番はきっと……お前の事をもっと知りたいから。どうして人を思いやれる心を持っているのに、殺し屋の道を選んだのか。違うなんて言わせない、だったら何故イトナを助けようとしたんだって話になるからな。


『……ま、気が向いたら教えてあげるよ」

『え、今の流れは教える流れじゃないのか!?』

『僕が自分の事を他人にペラペラ話すと思うか?』

『他人じゃないだろ、苗字』


咄嗟に出た言葉。けど、何も考えずに出した言葉ではない。……少なくとも俺は、苗字の事を他人だなんて思っていない。


『俺たちは3年E組のクラスメイトで、同じターゲットを狙う暗殺者。他人じゃないだろ?』


……そう自分で言ったのに、何故か本心は違う気がした。3年E組の委員長としては満点回答だったかもしれない。でも、”俺自身”の回答としては満点ではなかった。

その意味に気づいたのは、苗字が去った後に現れた前原との会話だった。


『だったらなんで苗字が浅野のことを名前で呼んでいた事を気にしてるんだ?』

『そんなに気になるなら、頼めばいいじゃん。俺の事も名前で呼んでくれって。渚みたいにふつーに頼めばいいんだよ』

『いいのか〜? カルマに取られても』


前原の言葉はすべて俺の心に刺さった。

……お手上げだ。
確かに俺は苗字と浅野が名前で呼び合っていたことを気にしていた。俺も名前で呼んで貰いたいと思った。……苗字がカルマと話す度に焦りを覚えていた。

認めるしかない……俺は苗字が、名前が好きだ。浅野に、カルマに負けたくない。それに、前原は気づいてなかったけど、恐らくイトナも名前のことを好意的に見ているはずだ。


『苗字、1つだけ頼みがあるんだ』

『頼み?』


けど、俺にはまだ彼女に本心を打ち明ける覚悟がない。だから、その第一歩として彼女にある頼みを伝えた。


『棒倒しに勝ったら名前で……呼んでくれないか』

『名前?』


思っていた通り、彼女は俺の頼みについて首を傾げた。彼女の心情は間違いなく「そんなこと」だろう。


『棒倒しの景品がそんなものでいいのか?』

『お前にとって名前呼びは特に気にならないのかもしれないけどさ、普通は名前呼びって特別なんだよ』


そう伝えると、向こうは不思議そうな表情を浮べ、考え込んでいた。やはり彼女にとって名前呼びなど気にすることではないんだろう。

……そう思っていたときだった。


『じゃあ君は、棒倒しに勝ったら僕を特別な存在にしたいってことでいいのかい?』

『えっ!?』

『君が言ったんじゃないか、名前呼びは特別だと。つまりそういうことだろ?』


悪戯に微笑む彼女は多分……いや、間違いなく俺をからかっていたと思う。それを分かっていても俺は咄嗟に動揺を落ち着かせることが出来なかった。

……やっぱり、前原の言う通りだった。


『分かった。勝ったらな』

『! ほんとか?』


彼女の返答にこんなにも”嬉しい”と感じているのは……いや。そもそもこうして会話している時間が心地よく感じているのは、紛れもなく俺は彼女を……苗字を。

いや、名前を他のクラスメイトとは”別の目”で見ている証拠だった。



***



「ふーん、君も色々大変なんだな」

「でも、俺が頑張らないといけないから」

「その心は評価しよう。だが、今度は君が倒れてしまうかもしれない。そうなると悲しむのは家族だ。適度が1番だよ」


今話している内容は、俺の家庭事情についてだ。前々から何となく感じていたけど、名前は面倒見がいいのだろうか?

こうして会話していると、本当に彼女が殺し屋なのか疑ってしまう。ビッチ先生に対しても思う事はあるけど、初対面の印象がまだ残っているから、まだ殺し屋だと思う事がある。


だけど、名前に関しては片鱗を感じた事はあれど、ちゃんとした殺し屋としての彼女を見た事がない。リゾートの時は何だかんだ俺達を想っての行動だった事を知っているから、そのことに関しては省く。

だからこそ、俺は知りたい。
こんなにも人を思いやれる名前が、あの日リゾートで『殺したい人がいる』と言ったのか。

けど、これを聞いてもいいのだろうか。そう踏みとどまる自分もいて。迷いを感じていた時だった。


「……電話?」

「あぁすまない。僕のだ」


突然聞こえた着信音。それは名前の携帯から発していたものだった。名前は俺に断りを入れると、その場で通話を始めた。


「僕だ。あぁ、着信があったのは知っていた。それで何か遭ったのか? ……………は? それは本当なのか」


隣にいても電話越しの声が聞こえない。誰と会話しているのか予想ができないまま、俺は黙って名前を見る。

彼女の様子を見ていると、段々と名前の表情が険しくなっていく。その表情はいつもの飄々としたものはどこにもなく……怒りを含んでいる気がした。


「……分かった。すぐに向かう」


そう言うと名前は電話を切り、俺へ視線を向けた。


「すまない、急いで向かわなければならない事ができた」

「そっか、それは仕方ないよ。分かった、じゃあここまでだな」


俺は名前に身体ごと向き直る。俺の動きに合わせるように名前もこちらへ身体を向けた。


「また学校で、名前」

「ああ。またな、悠馬」


お互い別れの言葉を告げたあと、名前は急ぎ足で去って行った。俺は彼女の姿が角に曲がって見えなくなるまで見送った。

……この時の俺は思いもしなかった。
体育祭開けの学校に名前が来ない事を……そして、あんな姿・・・の彼女を目撃する事を。



リーダーの時間 END





2023/04/16


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