リーダーの時間
理事長殿による”指導”を受けた者達をそのまま放っておく訳にもいかない。だからといって、今は治療道具を持ち合わせている訳ではないため、せめてと楽な態勢にしておいた。
「さて、と」
そろそろ僕がいないことに気づいているであろう彼ら…E組の元へと戻ろうか。でも、理事長殿の部屋って校舎の出入り口から結構離れているんだよねぇ……。
「あ、そうだ」
窓から移動すればいいじゃないか。まぁ、室内靴だけれどいいだろう。そこまで下りれば出入り口は近い。うん、そうしよう!
「よっと」
渡り廊下の屋根に着地し、そして人気のない場所へと下りた。よし、多分誰にも見られてないかな!
そう思いながら表へと1歩踏み出した時だ。
「あー! 名前さんいた!!」
僕の名前を呼ぶカエデの声が聞こえ、そちらへと首を動かす。そこには探していたE組がいた。なんという偶然。
「さっき屋根から大きな音が聞こえたのは……」
「多分僕だな。出入り口が遠いからショートカットしたんだ」
「「「普通に降りてこい!!」」」
やっぱり彼ら団結力あるよね〜。息がよく合ってるもの。
なんか色々言われてるけど、どうせたいしたことじゃないだろうと聞き流していると、誰かが僕の前に出た。
「ほら磯貝!」
「おわっ!?」
その人物とは、前原に背中を押された磯貝だった。
「……あー、えっと……改めて言うと、何か照れるな……」
……あぁ、なるほど。確かにあの時前原は僕達の会話をニヤついた顔で見ていたな。だからこの状況を楽しんでいるわけだ。
じゃあ、”約束”通りに磯貝のお願いを叶えようか。
「いいものを見せて貰った。”悠馬”」
「っ!?」
「あと、かっこよかったよ」
僕が彼の名前を呼ぶと、周りから黄色い声が。……なんだなんだ、耳が悲鳴を上げているんだけど。
そう思いながら目の前にいる彼を見ると、夕日の所為なのか、はたまは本当になのか…定かではないが、顔が赤いように見える。
「……ありがとう、”名前”」
照れた様子で僕の名を呼ぶ彼に、自然と笑みが出たのは……きっと気のせいだ。その場の空気に合わせた結果、その反応が正しいと身体が判断したんだ。
***
「これで磯貝のバイトは見逃して貰えたな!」
「そして名前ちゃんもA組に行かない!」
「E組の大勝利ですねぇ〜ヌルフフフ」
体育祭の片付けが終わり、E組校舎へ戻ってきた僕達。あとは帰るだけである。
「ねぇねぇ名前。もし本当にA組に行く事になってたらどうしてた?」
その質問を投げかけてきたのは莉桜だ。きっと純粋な疑問なんだろう。
「そんなの無視だ。僕はA組にいる理由がないからね。力尽くでどうにかしたかな」
「あまり想像したくない回答来た……」
君から聞いてきたのに、なんだその反応は……。そう思いながら携帯の電源を付け、ロック画面を眺めた。
「うん?」
メッセージの通知がある。これは……ラファエルか。今日はすぐに応答できないと伝えているが、それでもこうしてメッセージを送ってきたと言う事は……。
「じゃあ僕は帰るよ」
「え、もう?」
「もっとお話ししようよ〜」
まだ彼らは勝利に浸っているらしい。だが、僕はそんなわけにもいかない。
「連絡が入ってたんだ。だから帰る」
「それなら仕方ありませんね〜。では苗字さん、また2日後に」
どうやら明日は休みになるらしい。そのため次に学校へ来るのは2日後なのだ。
「ああ。またな、ターゲット」
そう言って教室を後にした。が、しかし僕が廊下に出たと同時に反対側の出入り口から誰かが出てきた。何となく振り返ると、そこにはこちらへ駆け寄ってくる人物がいた。
「追いついてよかった……」
「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「えっ? あ、いやっ、その……途中まででもいいから一緒に帰りたいなって」
なるほど。いつもならそのポジションはカルマなのだが、今日はまだ言われていない.
なので、今回は彼の勝ちということで。
「構わないよ。じゃあ、行こうか? 悠馬」
「!」
名前を呼んだだけなのにピシッと固まってしまった。その反応に首を傾げてしまう。
「その……ずっと呼んでくれるのか?」
「そういう約束じゃなかったのか?」
てっきり僕はそう思っていたんだが、違うのかい?
そう問いかけると、目の前にいる彼は「ううん、合ってる」と言って、少しだけ赤く染めた顔をこちらに向けた。
「嬉しい。……ありがとう」
……この男、本当に素直な奴だ。下品な下心を一切持っていない。本当に今まで僕が出会ってきた男の人物像を覆してくる。
でもまあ、たまにはそんな予想外も悪くないかもね。
2022/10/16
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