リーダーの時間



「なんだよ苗字! あのナメプ!?」

「他の子涙目だったよ!?」


E組の待機場所に帰って来た僕を、クラスメイトは叫び声で向かい入れた。
……うるさいなぁ、もう。


「あれが長距離なのかい? 名前の割に短いね」

「今の発言、全国の女子を敵に回したわよ」


全国の女子?
どうせ命のやり取りを知らない平和ボケの人間だろう?


「相手してあげてもいいけど? 全員返り討ちにするから」

「それ絶対暗殺で言ってるよね」

「それ以外でも構わないけど? 勝てる自信しかないね」

「どうしてこんなに好戦的なんだ……」


まあこの茶番は流して。
注目されるのは悪くない。しかたないね、実力もあるんだし。


「お疲れ、苗字」

「磯貝か。どうも」

「圧勝だったな」

「当たり前だろ。僕が一般人に負けるわけないからね」


磯貝の言葉にそう返答していると、目の前に何かが差し出された。
それは磯貝の手だった。
……あぁ、ハイタッチってやつか。
拒否する理由もないので、その手に自分の手を合わせてやった。


「次は君の番だ」

「……あぁ」

「E組にいたいのなら……勝て。応援の言葉はもう告げた。後は君の采配次第さ」


ほら早くいけ。
そう言って磯貝の背中を押そうとした。


「苗字、1つだけ頼みがあるんだ」

「頼み?」


磯貝の言葉に首を傾げる。
目の前にいる磯貝は言うか言わないか迷っているような顔をしている。


「なんだ。言いたい事があるならはっきり言え」

「……その、えっと」


どこか照れているような様子。
僕の容姿が整っているのは今更だろう。それ以外の何に照れているんだ?
そう思っていると、磯貝の背後から誰かがこちらを盗み見ていることに気づく。


「あれは……」


ニヤニヤとした表情でこちらを見ているのは前原だった。
まるでこの光景を楽しんでいるかの様にこちらを見ている。


「棒倒しに勝ったら名前で……呼んでくれないか」

「名前?」

「……あぁ」


まさか、それを言うだけで迷っていたのか?
しかも名前呼びで?


「棒倒しの景品がそんなものでいいのか?」

「お前にとって名前呼びは特に気にならないのかもしれないけどさ、普通は名前呼びって特別なんだよ」


そういうものなのか。
僕にとって名前という概念は『区別をつけるもの』としか考えていない。
だから苗字だろうが名前だろうが呼ぶ呼ばれるに対して気にならない。

だが磯貝によると、世間一般的には名前呼びは特別な存在にするそうだ。


「じゃあ君は、棒倒しに勝ったら僕を特別な存在にしたいってことでいいのかい?」

「えっ!?」

「君が言ったんじゃないか、名前呼びは特別だと。つまりそういうことだろ?」


明らかに動揺している磯貝。
素直な反応をするから、からかうのが楽しい。
だけど、そろそろ時間だし止めてやるか。


「分かった。勝ったらな」

「! ほんとか?」

「ああ。だから早く行け」


適当に背中を押せば、心の底から嬉しいと感じる笑顔を僕に向けた。
……その笑顔は本当に眩しい。
君には下心がないから、尚更その輝きが眩しい。

僕はもう、磯貝のように心の底から笑顔を浮べることができないから。
その方法を忘れてしまったから……思い出すことも出来ないほどに。





2022/02/19


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