リーダーの時間



遂に3年の出番がやってきた。
この長距離走のでは、半周まではセパレートコースで走ることになっているらしい。

僕は一番端のレーンらしく、その間は不利だ。
……ま、最初は負けているフリでもしようか。あの女を油断させるためにも。

そう思いながら走っていたわけだが……。


「苗字ー!」

「名前ちゃん、ファイトー!!」


E組の方から声援が聞こえる。
それはまだ良いんだ。
だけど……


「苗字さああああああん!!!」


連写はやめろ、ターゲット!!
さっき言ったよね!? 写真撮られるの嫌だって!!
また釘を刺さなきゃいけないのか……はぁ。

通過した時はその声援が更に大きくなり、カメラの連写音も聞こえた……。ターゲット、機密事項の自覚ある?

そう思いながらも半周を走りきった。僕はずっと一定のペースを保って走っていたが、体力が尽きてきたのが僕に抜かされる走者達。

貧弱者だな、一般人は。
やはり死の世界を知らないから、やる気もそこまでだって事だ。

この長距離走とやらが、危機が迫っているというシチュエーションとしよう。
諦めているということは、君らは簡単に命を差し出せるって事だ。


「……さて」


現在の順位は5位。
前には4人いる。一人はあの記録保持者と威張る女だが、ここからまあまあ離れた所を走っているようだ。
……うん、問題無い。むしろ……


「今度は本気で悔しそうな顔を拝見できるだろうね」


早速ペースを上げよう。
今まで走っていたペースを上げ、段々と加速していく。

4位、3位と走り、そして2位の者を抜かした。
現在、僕の順位は2位だ。


「嘘でしょ、あんなに差を開けたのに……!?」


実況を聞いたからか、後ろを振り返った女。
僕を見て焦った顔をしている。


「本当に記録保持者なのかい? 君」

「!?」


すれ違い様にそう囁いて、僕は1位の座を奪った。
そのまま引き離すべくペースを上げた。


「待ちなさい……っ、待ちなさいよ……!」


後ろから乱れた声で僕に待て、と声を掛ける女。
……待つわけないじゃないか。
待って欲しいなら……


「君がこっちに来れば良い」


届かない言葉を投げて、僕はゴールへと走り続ける。
……そもそも僕に適う訳がないんだよ。


「___命の奪い合いの中で生きているんだ。平和に生きてきた君らと比べないでほしいね」


ゴールテープを切ると、ピストルの発砲音と共に歓声が上がる。

息?
乱れてないよ?
この程度で息切れするわけないでしょ?
というより、こんなので本気になるわけないし。

そう思いながら、視線を強く感じる方へと首を動かす。


「……っ」


そこにはこちらを睨む学秀がいた。
そんな彼に僕は手を振っておく。勿論、偽りの顔えがおで。
するとその綺麗な顔は更に歪んだ。
おぉ、怖い怖い。

思ってないことを思いながら、次に視線を強く感じる方へ振り返る。
そこはE組諸君が待機している場所だ。
そこへ視線を向けると……


「……」


なんだその顔は。
ほとんどの者が驚きを通り越して固まっているではないか。というより、相変わらずターゲットは僕を連写してるし!
本当に国家機密の自覚ないのかい!?


「あ、ありえない……ありえないわ……! あたしは記録会で1位をとったのに……椚ヶ丘で1番なのに……!!」


声が聞こえたと思えば、ゼェゼェと息を乱して膝に手を置くあの女が。


「お疲れ様ですっ」


そう言って僕は手を差し伸べた。
……が、握らせる気はない。


「!?」


女が手を取る気がないことは分かっていたから、きっと僕の手を弾くだろうと予想した。
そしてそれが的中した。
女の手が僕に触れる前に、その手を引っ込める。
僕が手を引っ込めたことで向こうの手は空振りに終わった。

まさか躱されると思わなかったのか、目を見開いている。
本当、考えている事筒抜け。


「何気安く触ろうとしているわけ?」

「へ?」


もう猫被るのも面倒だな。
どうせ今後関わる事はないんだし。


「あー、こういうのってなんて言うんだったかなー。……あぁ、下克上だ」

「!」

「弱者だと思っていたE組に負けた気分、どうかな?」

「……っ!!」


悔しそうに歯を食いしばる女。
あーあ、これでもう堂々とできなくなっちゃったね?


「格の違い、分かって貰えたかな? お嬢さん」


僕はそれだけ言って、女から離れた。
退場のアナウンスが掛けられたからね。さっさとグラウンドを出よう。


「……おや?」


またもや僕の進行方向に誰かがいる。
この展開さっきもやったよ?


「何かな、学秀」


僕の行き先を阻むように前に立っているのは学秀だ。
先程と違うのは、顔から余裕が消えていること。


「彼女は椚ヶ丘で1番の成績を持っているんだぞ……それを上回る実力を持っているなんて、聞いていないぞ」

「いやぁ、まさか勝てるとは思わなかったんだよ。彼女、遅いねぇ」

「……っ」


遠くからさっきの女の泣き声が聞こえる。
……あーいうのって、悔し涙って言うんだよね?
本当にあるんだ、そういう涙。


「君は何者なんだ?」

「何者? そんな大層な人間じゃないよ、僕は」

「何かの大会で記録を持っている選手なのか? それが事実なら、なぜE組なんだ」

「編入試験、難しかったからかなぁ」

「とぼけるな。それが理由なら、期末の成績はどう説明する?」

「期末は当たっただけかもよ? 僕がテスト勉強していた範囲が」

「……っ!」


ずかずかとこちらへ歩み寄る学秀。
学秀は僕の手を掴むと、こちらへ引き寄せた。


「……何かな」


近付く距離。
特に顔の近さは後ろから押されたら簡単にキスができるだろう。
それくらい僕と学秀の顔は近い。


「君は7月の中旬にここ椚ヶ丘へ転入してきた。勉強・運動もこの目で見たがE組とは思えない。……何故E組へ落ちた?」


学秀にとっては純粋な疑問だろう。
でもね、君には言えないんだ。
君は僕とは最も無関係であるのだから。


「E組へ落ちる方法など、君は知っているだろう」

「……君が暴力を働く人間だということか?」

「君がそう思い浮かんだのなら、そうだろうね」


いい加減この体勢もキツい。
そう思い、学秀の胸をトンッと押した。

思ったより簡単に僕を解放した学秀。
やはり僕を女性として扱っているようだね。


それに、君が僕の事を暴力を働く人間に見えたのは気のせいじゃないよ。だって僕は、暴力よりもっと酷い事を当たり前にやっているんだから。

……あぁでも、僕がそんな事をやっていることなんて、君は1ミリも思わないんだろうよ。ま、それが正しいんだけどね。


表社会の人間と裏社会の人間は、本来交わるどころか親密に関わる機会なんて奇跡レベルにないんだから。





2022/01/29


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