リーダーの時間



「……ん?」


女子長距離走集合場所へ向かう途中。
まるで俟っていましたと言わんばかりに、僕の進行方向で待ち構えている人物がいた。
その人物は横目で僕に気づくと、寄りかかっていた身体を起こしてこちらを向いた。


「長距離走に出場するみたいだな」

「どこでそんな情報を手に入れたのかい? 学秀」


その人物こと学秀は、こちらに歩み寄りながら僕に話しかけてきた。


「僕は生徒会長だからね。やろうと思えばどこからでも情報を手に入れられる」

「ふーん……で? 僕に話しかけてきたってことは僕を待っていたんだろう? 何の用かな」

「知っているか分からんが、君が出場する長距離走にはね、春に行われた記録会で女子長距離走一位……大会新記録を出した生徒が出場するんだ」

「へぇ」


ま、知ってるけど。
3年E組の生徒達かれらから聞いたからね。


「君の頭脳については認めてあげよう。しかし、運動面について君の事は知らない。……記録保持者にどこまでできるのか、見させて貰おう」


その余裕そうな顔……どうやら彼の中で僕は負ける姿しか見えていないらしい。
ま、今の所どの種目でもE組が目立っていて、高い成績を修めている。向こうにとってこの状態は気に入らないだろうね。

だからこれだけでも……女子長距離走だけでもE組に勝ちたい訳だ。


「見ておくと良い。僕は文武両道という言葉が当てはまる人間だからさ」


そう言葉を学秀に投げつけて、僕は彼の横を通り過ぎた。
さて、学秀を除いた本校舎の生徒達とは素の態度で接する気はない。



「申し訳ございません、遅れました」


集合場所へ集まると、既にメンバーは集まっていたようだ。
どうやら僕が最後だったらしい。


「E組なんだから一番始めに来なさいよ」

「そうよ! 何最後に集まってるわけ?」


なるほど。
これがE組いびりというヤツか。

意味が分からないな、E組だから一番に来いという理屈が。


「あら、申し訳ありません。何分、生徒会長さんに捕まっていたもので」

「浅野君? なんでアンタなんかに浅野君が構うのよ。というより、何浅野君と話しているわけ?」


彼奴、もしかして本校舎で一番にモテる男なのか?
それとも理事長殿の息子だから贔屓されているとか?

ま、興味ないからどちらでもいいけど。
僕は事実を言ったまでだ。
彼女達がそれを信じるとは思わないけどね。何たって、E組だからという理由で全てのベクトルを逆方向へ向けるような思考の持ち主なんだから。


「さぁ……? でも、この前の期末テストをきっかけに知り合って、それから偶に話すようになりました」

「期末テスト? アンタ何位よ。ま、あたし等より低いでしょうけど!」


随分と余裕そうな事。
きっと目の前にいる女はA組の人間だな。
じゃあまずは、ここで彼女の誇らしげで余裕そうな表情を崩してやろう。


「1位ですが」

「1位! やっぱり浅野君よりひく……1位!?」

「はい、そうですが」

「そういえば、A組とE組で五教科で点を取れるか勝負したけど、E組がストレート勝ちしたって……!」

「まさか! でも、浅野君が負けるはずが……」

「だけど、浅野君総合2位って出てたよ?」

「じゃあ1位は誰だったのよ!? 名前は!? クラスは!?」


すごいうるさいんだけど、この女。
偉そうな態度で取り巻きらしい女にあれこれ言ってる。

……ていうか、その学秀を抑えて1位になったのは僕だって言ってるのに。


「確か……E組です。それも五教科オール100点!」

「はぁ!?」

「名前は……覚えてないですけど、女子っぽい名前でした」


取り巻きの女に言われ、目の前の偉そうな女は僕を見た。
その表情は信じられない、と書いてありそうな程に驚いた表情だ。


「……アンタ名前は」

「苗字と申します」

「フンッ、勉強で勝てないなら運動で勝つのみ! 何たって私は春の記録会で大会新記録を出したんだから!」


……へぇ、この女か。
何となくだけど、薄々感じてはいた。


「浅野君の仇……私が取ってみせる!!」


こちらへ人差し指を指しながら、僕にそう宣言する女。
名前?
聞く必要ある?


「さっき浅野君に『期待しているよ』って言われちゃったの! 1位取ったら褒めてくれるかな!?」

「大丈夫よ! 貴女なら絶対1位取れるわ!!」


過剰な妄想に浸かる女と、その妄想につられるように女を煽てる取り巻き。
……あぁ、良かった。
その記録保持者だと言い張る女が調子の良くて、自分に酔っている愚かな人間で。


「……潰し甲斐がある」


さぁ、もうすぐ入場だ。





2022/01/23


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