リーダーの時間
side.前原陽人
「よかったな〜磯貝! 苗字に応援して貰えて!」
「な、なんだよ前原」
「いいや〜?」
目の前にいる3年E組のリーダー……学級委員長である磯貝悠馬に俺はそう声を掛けた。
「気になるあの子こと苗字に応援の言葉を言えたし、間違いなく好感度は上がってるな!」
「お前なぁ……」
俺は分かる。
長年の付き合いだからこそ分かる。
今まで磯貝には特定の女子……つまり彼女はいたことがない。
誰にでも対等に接するため、勘違いする女子がどれだけいたか……。
ま、そんなことも本人は気づいていないんだろうけど。
そんな恋愛事には鈍い磯貝だが、そんなあいつにも遂に来たのだ……春が!
***
『苗字のナイフの使い方……本当に参考になるな』
『そりゃあ僕は君たちと違って本当の暗殺を行っている人間だからな。参考にはなるだろうね』
『苗字さえよければ後で教えてくれないか?』
『えー……』
『頼む!』
『君、烏間殿という防衛省のエリートに教えて貰っているのに、僕に教わりたいのかい?』
『ダメなのか?』
『意欲があると言えば良いのか、欲張りなのか……まぁ、君の性格からすれば前者かな。……いいだろう。ただし、教えるからには手加減などしないからな』
『あぁ! 勿論だ!』
こちらは苗字にナイフの使い方を教えて欲しいと頼み込んでいた磯貝である。
何故そのような事になったのかというと……それは苗字がE組に来て数日経った頃に合った出来事がきっかけだ。
その出来事というのは、体育の時間だ。
その頃はテスト期間だったが、それでも体育の授業……というより、俺たちにとっては暗殺の訓練の時間だけど。
まあそれがあったわけだ。
その日の体育は苗字の実力を確かめるべく、授業の始めに烏間先生相手に苗字がどこまでやれるのか対人を行う事になっていた。
とは言っても、烏間先生はナイフを持っておらず、ナイフを持っているのは苗字だけだった。
防衛省のエリート対ビッチ先生が認める程の殺し屋
みんな興味の引かれたのか、誰もがその対人を見守っていた。
『始めッ!!』
殺せんせーの合図で開始された対人。
苗字は渡された対殺せんせー用ナイフをその場で振って、恐らく感覚を確かめているんだろう。
『軽すぎるな……ちょっと馴染むまで時間が掛かりそう……だなッ!』
『!』
今度はナイフをその場で軽く上に投げ、重さを確かめている……と思えば、烏間先生に向かってそれを投げた。
そのナイフは烏間先生の首目掛けて一直線に軌道を描いていく。
しかし、烏間先生は身体を横に反らしてナイフを躱した。
ナイフに目線が行っていた俺は、苗字の次の行動を見るべくそちらを振り返った。
『あ、あれ……!?』
……のだが、苗字がいた場所は誰もいない。
どこに行った……!? と思えば、苗字は既に烏間先生へ急接近してナイフを振りかざしていた。
『はえぇ……!』
そう思ったのは俺だけじゃないはず。
だって烏間先生から苗字へ首を動かした時には既にそこにはいなかった。
つまりそれは、苗字がとんでもなく速いって事だ。
……思えばあの時、E組に来た時には既に触手を持っていた、って事なのかな。
『すっげぇ……目で追うだけで精一杯だ』
『苗字のナイフの扱い方……きっとあの速さを生かしてるんだと思う』
『速さ?』
『あぁ。速さだけなら、烏間先生を上回ってる……!』
『た、確かに……!』
烏間先生の反応速度もすごいけど、そうさせているのは苗字であって。
烏間先生は相変わらず無表情で、対する苗字はまだ余裕がありそうな顔をしている。
E組に来た時にビッチ先生へ対殺せんせー用ナイフを向けたときも、ビッチ先生にナイフの使い方を教えていたくらいだ。
相当ナイフの扱いに自信があるんだろう。
『俺には苗字みたいな速さはないけど、どこかに参考になる所があるはず……』
磯貝は苗字の動きを真剣に追っていた。
暗殺の為に何か技術を盗もうと思ったんだろう。
俺は見てすぐに”これは真似できない”って思っちまったけど、真面目なコイツの事だ。
もしかしたら教えてくれって頼みに行くんじゃ……
『頼んだら教えてくれないかな……』
『え、マジで?』
『ああ。勉強も教えて貰ってるから、何か頼りっぱなしで申し訳ないけど、それでも学びたいんだ』
磯貝はバカ正直な所がある。
だから相手の言葉もその言葉通りに受け取るようなお人好し。
だけど断るときは断る、相手の気遣いが何よりもできる”できた人間”だ。
俺は信じてなかったけど、勉強面は自信があるって言った苗字を頼り、本校舎の図書室で行う勉強会に誘っていた。
俺は行かなかったけど……って、勉強はちゃんとしたよ!
んで、結果どうだったのかそれだけ聞いたんだ。
そしたら磯貝のヤツ、なんて答えたと思う?
『苗字からいろんな国について話して貰ったんだけど、行ったことがあるからその場の地理に詳しかったんだ! 聞いてて楽しかったよ!』
『やっぱり貧しい所は俺が思っている以上に多いらしいんだ。苗字も足を運んだことがあるみたいでさ』
磯貝は自分の家庭環境が影響して、世界の貧相について興味がある。
だからなのか、得意教科……というより、五科目中社会が一番成績が良い。俺も教えて貰う事あるし。
『地理ばっかり教えて貰ったのか〜?』
『いや、他の科目も教えて貰ったよ。苗字すごいんだ、数学も国語も、英語も理科も何でも対応してたよ』
本当に五科目100点取るかもな!
まるで自分の事のように苗字を応援する磯貝に、もしかして……と思ったのは、この時だった。
『おやおや〜? 磯貝は苗字が気になってるのか?』
『え、そういう訳じゃないよ。でも……憧れている所はあるかも』
そう言って少し頬を赤らめながら指先でそこを掻く様子は……俺には磯貝が苗字に気があるようにしか見えなかったんだよな。
***
「で、どうなのよ? 実際」
「だから、そんなんじゃ……」
「だったらなんで苗字が浅野のことを名前で呼んでいた事を気にしてるんだ?」
「!?」
図星だったのか、磯貝がビクッと肩を震わせた。
あの日、俺が磯貝のバイト先に来たときに合った出来事の時だ。
いつ交流があったのか俺は知らないけど、苗字は浅野を名前で呼んでいた。
そして浅野も苗字を名前で呼んでいた。
苗字は転入時の挨拶でも『好きに呼んでくれて構わない』と言っていたから、名前で呼ぶことも呼ばれる事も気にしてないんだろう。
だけどなぁ……普通に考えて名前呼びっていうのは、仲の良さを表すものの一つだ。割とメジャーだと思うし、誰もが”そういう事”だと思い込むと思う。
「そんなに気になるなら、頼めばいいじゃん。俺の事も名前で呼んでくれって。渚みたいにふつーに頼めばいいんだよ」
「で、でも……」
こんなにも言葉を詰まらせる磯貝は見た事がない。
しかたないなー
モテ男である俺が磯貝の背中を押してやるか!
「いいのか〜? カルマに取られても」
「!」
E組の誰もが分かっている事実。
カルマは苗字の事が好きだ。というより、苗字も気づいてる。
だってさ、あれだけ分かりやすくアプローチしてたら……ねぇ?
「俺はやっと春が来た親友を純粋に応援してるんだぜ?」
「その顔はどう見ても楽しんでいるように見えるけど?」
「やだなぁ〜。恋バナは楽しいじゃんかよ」
「はぁ」
でも、応援してるのはホントだぜ?
カルマにはわりーけど、俺は苗字と磯貝がくっつくのを期待してるんだから。
2022/01/23
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