リーダーの時間



『女子長距離走に出場の生徒は、入場場所へ集合して下さい。繰り返します。女子長距離走に…』

「お、招集来たな」


ボーッと競技を見続けていると、不意に流れたアナウンス。
どうやら招集時間になったらしい。


「気をつけろよ、苗字。いくらお前が強い暗殺者だからと言っても、本校舎の生徒が何を考えているか分からないからな」


偶然僕の隣に立っていた磯貝が、僕に応援の言葉らしきものを掛けてきた。


「ふんっ、磯貝。この僕が相手の企みに気がつかないとでも? 裏社会の人間ならまだしも、本音を隠す事すら知らない人間の意図に引っかかるとでも?」

「でも、正直あいつら卑怯だから……こういう場を利用して何かとやってくるんだ」


それは今まで受けてきた仕打ちから基づいた経験談なのだろうか。
でもな、磯貝。
やはりこの僕が表社会の一般人などに負けるはずがないんだよ。


「君の忠告はありがたく受け取っておこう。だけどな、君がその顔だとあまり嬉しくないな」

「え?」

「ずっと不安そうな顔をしている」

「っ!?」


磯貝の顔に手を伸ばし、その頬に手を添える。
僕の行動に驚いたのか磯貝はビクッと身体を反応させた。


「心配せずとも、一位を取るとも」

「……そうだな。応援する側が不安になってちゃ意味ないよな。……頑張れ、苗字」


僕の言葉を受けてなのか、今度は不安そうな表情ではなく、いつもの磯貝の表情だった。


「……そっちの顔の方が、君らしいよ」


彼が不安そうなのは察しが付く。
棒倒しの事だろう。

君は優しすぎるところがあるからね。
仲間に何か遭ったらと不安でたまらないんだろう。


「ま、勝負というものは数が多い方が有利だ。基本はね。でも、個々のレベルが高い少人数だった場合は……その定理も覆せるさ」

「! それって……」

「僕なりの応援の言葉だ。じゃ、いってくるよ」

「あ、あぁ」


磯貝から背を向け、集合場所へと足を進めようとした時だ。


「……ありがとう、苗字」

「……今更だろ」

「いや、そうじゃないんだ。……あの時、浅野に向けて言った言葉、嬉しかったんだ」


あの日……あぁ、前原に磯貝のバイト先に連行された日の事か。


「苗字にとっては何気ない言葉だったかもしれない。だけど、俺にとってはすごく嬉しかった」

「……」

「だから……ありがとう。苗字の言葉、すごく励みになった」


何気ない言葉、か。
一応教えておいてやるか。


「僕はね、弱者でいることが嫌いだ。だけど、その弱者を弱者のまま扱う強者がもっと嫌いだ」

「それって……」

「そうだな。この学校のシステムは僕が嫌いなものに当てはまる。でも、こんな所で弱者と呼ばれても何とも思わない」

「どうして?」

「……知りたいかい?」


磯貝は少し迷った素振りだったが、しっかりとこちらを見て頷いた。


「……ま、気が向いたら教えてあげるよ」

「え、今の流れは教える流れじゃないのか!?」

「僕が自分の事を他人にペラペラ話すと思うか?」

「他人じゃないだろ、苗字」


他人じゃない?
だったら何だと言うんだ。


「俺たちは3年E組のクラスメイトで、同じターゲットを狙う暗殺者。他人じゃないだろ?」

「!」


……君のそういう所、本当に嫌いだよ。
でも、それが君の美徳だから、否定してしまえば磯貝でなくなってしまうね。

顔の良い人間は自分の魅力を理解している。
だからそれを利用して騙し、優位に立つ。
だけど磯貝はそれを自覚していないし、優位に立つところか同じ場所に立っている。誰に対しても対等に、平等であろうとする。

……だから、僕にとって君は苦手な部類なんだ。
接し方が分からなくなるから。


「”今”は、そういう事にしてやる」

「……おう!」


磯貝の返事を聞いた後、僕は今度こそ集合場所へと足を向けた。
さて、長距離走とやらはどんな相手がいるんだろうか。
ま、一人は分かっているんだけれどね。


「誰が相手だろうと、僕には関係ないね」


どうせ大した相手じゃない。
僕が一位になることは決定事項みたいなものなんだから。
何故かって?
そんなの、実力差がありすぎるからに決まってるだろ?





2022/01/22


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