堀部糸成の時間



「……知っている。両親が俺を置いて出て行ったきっかけを作ったのがレオンであるのは」


堀部イトナの発言に周りから驚きの声が小さく広がる。
どうやら生徒達は、彼がシロと手を組むことになるまでの経緯を知っているらしい。


「ならば尚更なぜだ」

「例えレオンが手を回していなかったとしても、あのような状況になった場合あいつらは逃げることを選んでいた。どちらにせよ、弱い奴だったんだ」


___そして、俺も

……彼がなぜ触手を求めたのか、僕には分かった。
僕と同じで、力が欲しかったんだ。何にでも勝てる強さが。
きっと彼を縛り付けていた触手にも同じ事を願っていたはずだ。


「でも、もう必要無い。強さの証明は、あいつを殺せばいいだけだ。そう寺坂が言っていた」


堀部イトナの発言にターゲットは「ヌルフフフ」と笑い、寺坂は「ケッ」と声を漏らした。

……もう彼に触手は必要無いらしい。
頭に身に付けているバンダナは、シロが僕達に向けて使ったあの対触手用ネットで作られているんだろう。

ということは、彼の身体にはもう触手がないのだろう。
つまり、堀部イトナはシロから解放されたということだ。


「……君がその選択を最善だと言うのなら、僕は受け入れよう。だが、何かの形で謝罪はさせてくれ。君を苦しませてしまった要員であることに変わりはないから」


さて、そろそろ身体が言う事を聞きそうだ。
そう思い立ち上がろうと膝を立てたとき、身体がふらつきバランスを崩してしまった。

そこを堀部イトナが受け止めてくれたのだ。


「無理をするな。触手を植え付けている場所に直接ダメージを受けていただろ」

「……なんだ、見ていたのか。趣味が悪い」


彼の言葉に思い出すように項が痛み出す。
……事前に説明は受けてはいたが、触手とは思っていた以上に扱いが面倒らしい。

堀部イトナから離れようとするが、上手くバランスを保てず、再び彼に身体を預ける形になってしまった。



「苗字さん。触手を付けている以上、痛みと生きることになります。それでも触手を抜く気はありませんか」

「ない。これを抜けば、僕は弱くなってしまう」

「私は今すぐにでも、あなたの触手をどうにかしたいのですが」

「断る」

「……そこまで触手を抜くことを拒むのは、何か理由があるのですか」


ターゲットの質問に、一瞬項に痛みが走る。
……拒む理由、か。


「僕は強くなりたいんだ」


僕が触手を望んだ理由。
それは単純だ……”強さ”が欲しかったからだ。


「人間は生まれてから肉体的限界が定まっている。僕はその限界を超えてまでも力が欲しかった」

「あなたの噂は耳にしています。触手など不要だと思いますが……」

「噂や他人から得た情報で判断しないで欲しい。自分が強いのか弱いのか、それを判断するのは僕だ」


まだ足りないんだ。
今の僕はあの人に手を伸ばし、その背中を見て走っている状態なんだ。

……その背中もほとんど見えていないだろう。


「力を得るには何かしら代償は必要だ。むしろ、何も代償なく力を得られる人間は天性のもの。……僕にはそんなものないから、こうでもしないと限界を超えられなかった」


これを聞いたターゲットはどう思うのだろうか。
……名を馳せた殺し屋の事情を知って、何か思ってくれただろうか。


「……どうやらあなたは、一度決めた事に対して曲げない頑固者であるようですね。分かりました、今は様子を見ておきましょう」

「! 殺せんせーっ」

「こうして理性を保っていられているということは、その触手を診てくれている人がいるということ。それがシロさんでないことを願います」

「あんな男、嫌でも関わりたくないね」

「最初はそんなに嫌悪感出してなかったよね?」

「初めは彼について何も知らなかったからね。でも今は、嫌で嫌でたまらないよ」


彼らはあの男の正体を知らないようだ。
ま、知ったところでどうでもいいだろうけど。

でも、僕にとってはどうでもいいで片付けられない存在なのだ。


……今回は逃がしてしまったけど、次こそは殺してやる。
そう決意すると、呼応するように項に痛みが走った。





2021/12/05


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