堀部糸成の時間



「遅刻ですよ、苗字さん!!」

「だって、昨日の今日だし……。あれ受けていつも通りに起きれる方が無理だよ」


次の日


昨日帰ったあと、僕はラファエルの治療を受けたり、触手のメンテナンスを受けていた。
それに加え、あのダメージが蓄積しており身体が疲労を感じていた。
そのため、起床時間が遅くなってしまったのだ。

……つまり、寝坊である。


「それならそれで連絡してください! 先生、何かあったのではと心配していたんですよ!!」

「……次からは気をつけるよ」


僕が登校したタイミングは、どうやら昼食の時間だったらしい。
……ちなみに僕は、起きたばかりだったのもあり胃にはあまり食べ物をいれていない。


「お寝坊さん、おっは〜。いや、今はこんにちはか」

「……なんだ莉桜」

「お昼食べた?」

「まだ起きたばかりでね。食べる気になれなかったから、サプリメントで済ませた」

「ダメだよ〜。私のお弁当の中少し分けてあげる!」


莉桜との会話を聞いていたらしい陽菜乃が、自分の弁当片手にやってきた。


「それは君の分だろう。僕のことは気にしなくて良いから」

「それで倒れたらどうするの? 昨日あんな事があったんだから、ちゃんと食べないと」

「大丈夫だ。一日に必要な分の栄養が詰まったものを飲んでるから」

「だったら私が買ってきたもの分けたげるわ。それだったら遠慮しないでしょ?」

「イリーナまで……」


どうやら昨日の事を知って、少し心配されているようだ。
こうして登校しているということは、平気だってことが分からないかなぁ。


「分かった、分かった。あとで貰ってやるから、ちょっと待ってくれ」


僕はイリーナ達に待ったと声を掛け、ある人物の方へ向かった。
寺坂達の机に混じっている白髪の少年の元へ僕は足を進めた。


「堀部イトナ。少し時間を貰えるか」

「……ああ」


何かを食べていたらしい堀部イトナに声を掛ける。
堀部イトナは、特に疑うことなく僕の声に了承した。

僕と堀部イトナは共に教室を後にし、校舎を出た。
外には誰もおらず、静かな空間が広がっていた。


「……さて。昨日言っていた謝罪についてだが、まずはこれを」


内ポケットに入れていた中身詰め詰めの小さい茶封筒を取り出す。
それを堀部イトナに差し出す。


「……何だこれは」

「賠償金というやつだ。あぁ、返すという言葉は断る」

「…………分かった」


いくら入れたか分からないが、これだけで償いになると思っていない。


「僕は君の人生を壊した存在だ。望むのなら僕を君と同じ目に遭わせてもいい」


金だけで全て解決できると思っているのは、金に溺れた奴の考える事だ。
堀部イトナに対し、金だけで償えると思っていない。
僕が彼の立場だった場合、その相手を同じ目に遭わせる。

だから、堀部イトナにはその意味を込めて尋ねたんだ。
……尋ねた、のに。


「俺が求めた強さは、そんなものじゃない」

「?」

「お前を俺と同じ目に遭わせる。そんな事は考えてない」

「!」


なんで、そんな言葉を掛けてくれるんだ。
僕を自分以上に酷い目に遭わせたいとか、そんなことを思わないのか。


「……どうしてだ」

「そんなことをする理由がない」

「理由ならあるだろ。僕は君を見て見ぬフリをしたんだぞ……? 君が苦しんでいる姿を見て、見放したんだぞ!?」


その日僕は堀部電子製作所の様子を見に訪れていた。
そこで見たのは、同年代の子らに傷つけられていた君だった。

それを見て僕は、当の昔に捨てたはずの”人としての心”が恐怖を覚えたんだ。


僕が行ってきたことで誰かが不幸になっている。
今まで当たり前にやってきたことが、急に『怖い』と思ってしまったんだ。

だからその感情を抱いた対象である彼……堀部イトナに償いたかった。
なのに、それを否定されたら……。


「僕は……どうすればいいんだ」


初めてだったんだ、こんな気持ちは。
いや、昔は抱いていたのかもしれない。

だがこれだけは言える。
こんなにも動揺し、頭に残ってしまっているのは本心だと。


「やっと人間らしい姿をみれました」

「!」


2人しかいないはずの空間に現れたのは、ターゲットだった。





2021/12/05


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