堀部糸成の時間
「___っ!」
意識が覚醒する。
懐かしさと同時に、過去に戻れるならやり直したいという気持ちが自分を満たしている。
……大丈夫。
もう昔の僕じゃない。
絶対に成功させるんだ___前の日常を取り戻すために。
「目が覚めましたか、苗字さん」
自分の膝を移していた視界を上に上げる。
目の前にいたのは、ターゲットだった。
……あの記憶を見た直後だったから、一番見たくなかったのに。
蓋をして押さえ込んでいる本音が溢れそうになるから。
「さて、意識が戻ってすぐにこんな話をしたくありませんが……渚君」
「うん」
ターゲットが渚を呼ぶ。
座っている僕に目線を合わせて膝を折ると、渚は自分の指先を僕に見せた。
「これ、何か分かる?」
「……何かの液体か?」
「間違っていないかもだけど……苗字さん。正直に答えて」
少しの間をあけ、渚は口を開いた。
「___触手。持ってるよね」
その口調は確信を持っていた。
……確かに、渚の指先に着いているのは僕の色の触手と酷似している。
「……あのネットから自力で出られなかった。それが答えだ」
僕の言葉に、周りから息を呑む声が聞こえた。
……別に隠しているつもりはなかった。
話す理由もないし。
___自分の項に植え付けられている触手について。
「……どこで手に入れたんです、その触手を」
「知らない」
「……そうですか。疑いたくありませんが、やはりシロさんと何かしら関係があるのではありませんか」
「あれを見ていて、僕が演技をしていると言うんだね」
「そのつもりではないのですが……」
「僕にはそう聞こえる」
悲しいなぁ。
前に言ったはずなのに……僕とシロには何の関係もないって。
「ですが、あなたは触手を持っている。シロさんも触手を持っている。共通点がある以上、疑うしかない」
だが、ターゲットの言う事は最もだ。
しかし、僕は本当に触手の入手先を知らないのだ。
分かっているのは、僕と行動を共にしているラファエルが所持していたことだけ。
……話すか?
できればラファエルの存在は隠したい。
どこで誰が聞いているか分からないからだ。
それに、少し事情が面倒だからあいつは表に出せないのだ。
「……そう。残念だよ」
身体が怠い。
自力で立てるまで時間が掛かりそうだ。
……これも、触手のダメージが蓄積しているせいなのだろうか。
それとも、もう正常ではないはずの心が傷付いているのだろうか。
そう思っていた時だ。
「待て。レオンはシロと何の関係もない」
聞こえた声の方へ首を動かす。
……首を動かさずとも、誰の声かは分かっている。
「イトナ君、それは本当なの?」
「……少しだけ、シロからレオンについて聞いている」
そこにいたのは、頭に白いネットのようなバンダナを着けた堀部イトナだった。
どこかその顔つきは以前の彼と違う気がする。
「レオンが持つその触手は、俺と殺せんせーの触手とは少し違うと聞いている」
「じゃあ、苗字さんとシロは何の関係もない……?」
「っはー、良かったぜ」
周りからは安心した様子が見えるが、僕の頭は疑問でいっぱいだった。
……何故だ。
「なぜ僕を庇うような真似をする、堀部イトナ」
僕の疑問の声に、堀部イトナはこちらを見た。
金色の様な大きな瞳と目が合う。
「知っているんだろう……僕が君に対して何をしたのか」
でなければ、シロがあんな嫌がらせをするわけがない。
2021/12/05
prev next
戻る