竹林の時間

side.竹林孝太郎



僕は竹林孝太郎。……3年E組所属だ。
いや、一時期……立った数日だけどA組にいた。

A組に来ないか?……その誘いが来たのは夏休みの時だった。


『君にはA組に編入する権利がある』


椚ヶ丘中学校の制度として設けられている特別教科クラス……通称エンドのE組。
E組の校則の中には救済措置が設けられている。

”3-Eにて良好な成績を修め、努力が認められれば、転級前のクラスに戻ることを許可する”

……僕にとっては暗殺よりもこの目的が優先順位としては高かった。
E組に落ちた僕は家族として見て貰えない。……それがどれだけ苦痛なものなのか、誰も分からない。


『頑張ったじゃないか。首の皮一枚繋がったな』


この一言を貰う為に必死に努力をした。
……でも、E組トップ成績は取れなかった。

何故なら夏休み前…正確には期末テスト前にやってきた人物が浅野君を抑えて1位を取ったからだ。

その人物は苗字名前。容姿と声が僕好みな生徒だった。
見た目は男性とも女性とも言える所謂中性的容姿を持つ人で一人称が僕であるボクっ娘というオタク心に刺さるときた。

見た目は完全に女子…というか、女子制服を着ているからてっきり女子なんだと思ったが、どうやら性別は非公開との事。本人曰く『女の格好してるからって女だと決めないでくれ』だそうだ。


……と、話が脱線してしまった。
そもそも何故僕にA組編入の話が来たのかと言うと、実際のE組トップ成績者である苗字さんが編入の話を断ったからだ。

僕はE組内総合成績は苗字さんに続いて片岡さんと同率二位。苗字さんが編入の話を断ってくれて良かった……最初はそう思っていたんだ。



***



「加法定理の応用として、積和公式とは……」


A組に戻ってきて初めての授業で思った事は___非効率的だって事だ。
授業内容は生徒の都合は一切考慮せず、『付いて来れない奴をふるい落とす』……そんな授業だった。

そんな授業を聞いていた時思っていたのは、殺せんせーが提案してくれた方法で暗記するってものだ。
まあアレは殺せんせーが音痴だったため覚えずらかったけど……。でも方法としてはいいものだと思っていた。


A組のクラスメイト達は勉強が出来てE組じゃない生徒にはごく普通に接してくれる。……けど、昔の僕みたいにいつも勉強に追われてる。
余裕なのは本当に出来る数人だけ……五英傑の人間はその内に入るだろう。

E組とは全然違う。そんな事を思っていた時、思い出したのは寺坂と一緒に行ったメイド喫茶での事だ。
寺坂からは見えていなかったが、メイドの格好をした殺せんせーが何かをメモしてマッハで去って行ったという出来事だ。

あんな風にやたら貪欲に生徒の情報を学ぶ殺せんせー。寺坂もそう……彼奴なりに僕の事を知ろうとしてくれたようだ。

そんな事を思いながら下校していたときだ。


「……」


何 か い る
……烏間先生から教わったカモフラージュ技術だけど、E組と本校舎じゃ植物が違うから見る人が見りゃ余計怪しい……。
全く……なんでまだ僕を知ろうとするんだ……殺せんせーは。

E組で僕は暗殺の役に立ってない。本校舎こっちで言えば勉強が出来ないのと同じ……必要とする価値がない。ましてや、A組になった僕を見てこれ以上何を学ぼうとしている?

……逆に僕は、何を学びにA組ここに戻ってきたんだっけ?
そう思っていた時だ。


「どうだい、竹林君。クラスには馴染んだ?」


後ろから声を掛けられ、身体事振り返る。
そこには浅野君がいた。


「突然だけど、理事長が呼んでいるよ。逆境に勝ったヒーローの君を必要としているようだ」


その話につられ、僕は理事長室へとやって来た。
何を言われるのかと思えば……


「___全校集会でこれをスピーチしてほしい」


浅野君から渡された原稿に書かれていたのはE組を貶すような事が書かれていた。


「私の教育の大きな成果として君を推したい。……ご家族もお喜びになるだろうね」


家族
……確かに僕がA組に戻ったことでやっと家族として見て貰えた。
だけど、こんなE組のみんなを貶すようなスピーチ……


「君はまだ弱者を抜け切れていない。……これは君が生まれ変わる為の”儀式”だ」


色々考えている時、僕の肩に手を置いたのは理事長だった。


「かつての友を支配する事で、強者としての振る舞いを身に付けるんだ」


……強者。
僕の家族のような強者……彼らのような強者……。
……あれ、強者ってなんだっけ。

そんなことを考えながら、僕は夜に染まった帰路を辿っていた。


「……警察呼びますよ、殺せんせー」

「にゅやっ!?何故闇に紛れた先生を!?」


ふと前を見ると、そこには目立つ黄色い巨体…殺せんせーがいた。
どうしてこの人は僕を知ろうとする。……もう僕はE組の生徒では、殺せんせーの生徒ではないと言うのに。


「君は家族に認められる為だけに、君は自由な君を殺そうとしている。……でも君ならいつか、君の中で呪縛された君を殺せる日が必ず来ます。それだけの力が君にはある」


相談があれば、闇に紛れていつでも来ます
殺せんせーはそう言って去って行った。


自分の中で呪縛された自分を殺せる日、か……。
殺せんせーから言っていた言葉を頭の中で繰り返していたときだ。


「ん?……うわああああッ!?」

「やあ竹林。こんばんは」


目の前からバサッと布の音が聞こえたと思えば、誰かいる!!……と思ったのだが、そこにいたのは苗字さんだった。
こんな遅くに何をしているのか、と問われたがE組である彼女と話すことはないと素っ気なく返した。

……なのに彼女は怒る所か、夜は危険だから早く帰れと僕に注意をしてくれたのだ。それは苗字さんにも言える事ではないのか、と問うたが自信ありげに平気だ、と言葉を返された。

彼女は自信家だ。その自信満々な態度は自意識過剰ではなく、一学期期末テストでは宣言通りオール100点を取るほどだ。
……実は内心彼女に対して嫉妬していたりした。僕と違って要領のいい彼女に。しかしそれは僕の思い込みだった。


『……ん?』


小休憩時間中、偶々廊下を歩いてたとき聞こえた声。それは苗字さんと赤羽の会話だった。


『僕はこの力を“努力”で手に入れた。恐れられる殺し屋だと呼ばれるようになったのは、その実力を勝ち取ったからだ。……僕に才能というものはないよ』

『一位取っといて良く言うよ』

『これも努力さ。僕はこれでも覚えが悪い方でね、よく叱られてたよ』


まさかあのテストの結果が全て努力した成果だったとは思わなかった。それも、自分には才能は無いと自嘲した発現でも合った。

……それでも僕は、彼女とどこか比べてしまっていたんだ。
そんな彼女だから聞いてみたいことがあった。この学校についてどう思っているのかと。……特に、この学校の生徒達は彼女の瞳にどう映っているのか気になった。


「ある特定の人になってしまうんだけど……どこか怖がっている様に見えるよ」

「怖がって……」

「そう。自分が上に立つことで安心したい……そんな感じかな」


その人物が誰なのか……それは後に判明したわけだが。
きっと苗字さんは僕が知らない世界を沢山知っている。……だから椚ヶ丘中学校のE組制度なんて痛くも痒くもないんだろう。だって集会前の整列に態と遅れているらしいし。

……そう考えると、彼女がどんどん遠い人間に見えてしまった。


「そんなことを聞いてくるなんて、一体どうしたんだい?さっき君は『ほっといてくれ』と言っているのと同じような事を言っていたじゃないか」

「……分からないんだ」

「分からない?」

「僕は家族に認められるのが大事だと思った。だけど、今日理事長に呼ばれて……今の僕が正しいのか分からなくなった」


自分が抱えていた悩みを彼女に話した。
……何故話せたのか。あの日赤羽と話している内容が僕に刺さっていたからなのか、まだ彼女がE組に来て日が浅いからなのか、僕自身でも分かっていない。

そんな曖昧な状態な僕に対して、彼女は特に追求してくることはなかった。そして、僕の質問にこう答えてくれた。


「これは僕の考えだが……迷ったその時、どちらにベクトルが傾いているかを理解するんだ」


自分が今、何に迷っているのか理解する事……。


「僕はね、迷った場合はそれは”何かを行いたい”、”やるべきだ”と思う証拠だと考えている。今回君が迷っているのは『家族』と『E組』……違うかい?」


彼女はいとも簡単に僕の心情を探り当ててしまった。
そうだ。僕は今家族とE組のみんなを天秤に掛けている。……でもどちらに傾いているかは既に分かっていた。

苗字さんは僕の答えを聞かずに闇夜に消えてしまった。……その時少しだけ思った事が合った。
苗字さんと殺せんせーはどちらも暗闇に紛れるように去って行ったと言う事。……偶然にしては出来過ぎだと思ったのは僕の思い込みかな。



***



例のスピーチ当日。


「……でも僕は、そんなE組が___メイド喫茶の次ぐらいに居心地いいです」


僕は自分の意思をスピーチに込めた。
そして、自らE組へと落ちた。

浅野君によると前に理事長の私物を破壊した事でE組行きになった生徒がいるらしい。その例を参考にして、自ら弱者の道を開いた。


「待てよ!救えないな君は……!強者になる折角のチャンスを与えてやったのに!!」

「……強者?」


浅野君の言葉に足を止め、眼鏡をあげる。
そして、ある日の夜に彼女が言っていた言葉をそのまま彼に伝えた。


「怖がっているだけの人に見えたけどね……君も、みんなも」


そうだ、その通りだ。
……本校舎の生徒達は恐れているんだ。浅野理事長という存在に。



***



A組から追い出された僕は数日ぶりの山道を登り、E組校舎へと向かっていた。
その時、誰かが前にいることに気づき顔を上げた。


「……苗字さん」

「やあ。……おかえり、竹林」


こちらを見て微笑む彼女に僕の口は自然と「ただいま」と動いていた。そして僕に問うてきた…『自ら自分の道を険しくしたけどいいのか』と。
……そんなの、此処にいる時点で決まっている。


「いいんだ。……僕にはE組ここが合ってる」

「……そうかい」


しかし、今は授業中のはずだ。
何故彼女は此処にいるんだろう。……まさかサボりか?


「ところで自称出来損ない君。君に適任な役があるんだけど……興味はあるかい?」

「僕に適任……ね。興味があるな」


彼女が話し始めたのは……火薬についてだ。
当たり前だが、僕は火薬なんて使ったことない。苗字さんは使った事があるだろうに、どうして僕が適任だと思ったんだろうか。


「残念ながら僕は派手な事が嫌いでね。だって音大きくて目立つじゃん」

「なるほど……」


どうやら僕に言われる前に烏間先生にも同じ事を言われたようで、自分では役不足だと話したそうだ。


「君は暗記は得意かい?」


正直に言うと苦手だった。
……でも今は、『俺の妹が突然広島ファンになったのは彼氏の影響に違いない件について』の2期OPがある。


「……最近自分に合った暗記方法が見つかったんだ」

「それは良かった。ならその話、受けてみるかい?」


今まで彼女に嫉妬していたけど……これを暗記する事ができればこの分野だけでも彼女に勝ったことになる。
そんな話、受けない訳がない。


「勿論……その代わり」

「その代わり?」

「君にしか出来ないお願いを叶えて欲しい」


そのお願いというのは……



***



「勉強の役に立たない知識ですが……まあ、これもどこかで役に立つかもね」

「暗記できるか?竹林君」

「ええ。2期OPの替え歌にすればすぐですよ」


苗字さんに案内されてグラウンドへやってきた僕。
先程聞いた火薬の件について自分が引き受けると話した。


「さて。早速さっきのお願いを聞いて貰おうかな」

「え?もう使うのかい?」

「ああ」


眼鏡をあげながら少し目を丸くした苗字さんを見つめる。
彼女にしか出来ない事……それは。


「この『俺の妹が突然広島ファンになったのは彼氏の影響に違いない件について』の2期OPの替え歌を君の声帯模写を使って歌って欲しい」

「……は?」


彼女の大きな武器は自在に声を変えられる声帯模写だ。
これがあればあの歌声のまま声を聞けるって考えだ。


「歌詞は僕が考えるから、君は歌ってくれるだけで良い」

「いやちょっと待て。……歌うだけで良いのか?」

「まさか音痴だって事は……」

「この僕が音痴なわけないだろう?人を魅了する僕が歌で人を魅了できないでどうする!!」


……少しだけ動揺しているように見えるのは僕だけだろうか。


「ちょっと竹林君。……一体なんの話をしているの?」

「取引だ」

「取引?」


何の話をしているのか理解が追いついていないクラスメイトと、僕が差し出した携帯に流れる歌を聞きながら少し離れた場所でチューニングしている苗字さんを見た。



後日

僕が書いた替え歌の歌詞を歌ってCDに焼いて持ってきた。まさか殺せんせーと同じく音痴なのでは……と思っていた僕の考えは杞憂に終わった。
何故あの時微妙な顔をしていたのかというと、どうやら声を変えた状態で歌うのは苦手だったらしい。
また新たに彼女の弱点を知れて嬉しいと思ったのはここだけの話。



竹林の時間 END





2021/04/24


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