堀部糸成の時間
「……なんだ、これは」
シルバーウィークなるものを経て登校日。
校庭にあるのは……プリン?
「あぁ、苗字は休日登校できなかったんだよな」
「僕に休みはない。常に忙しいんでね。んで……なんだ、あのバカでかいプリンは」
「茅野が考案した『プリン爆殺計画』の完成品だよ」
「はぁ……」
校庭にある巨大プリンを呆然と見ていると、いつの間にか隣には三角巾にエプロンを身につけた磯貝がいて、僕の疑問が解消した。
なぜこの作戦を考えたのか。茅野によると、全国で卵が供給過多になっているらしく、廃棄処分される卵が増加しているそうだ。
その廃棄される卵を救済するという名の利用をし、且つターゲットを暗殺できるプラン……それがプリン爆殺計画だという。
なぜプリンなのか。それは茅野の好物だからそうだ。……やっすい好物だな。
「見え見えの作戦じゃないか。これ、本当に効くのかい?」
「茅野によると、言質は取ってるみたい」
「へー……。しかし、この巨大プリン……よく1回で上手くいったな」
「あぁ。茅野の奴、プリンについてよく調べていたんだ。後で計画書を見てみるといいよ」
「……そこまで言うなら」
あまりにも勢いがある磯貝の言葉に、後でカエデに計画書なるものを見せてもらおうかな、と頭の片隅に考える。
たしか、ターゲットは甘いものが好物だと聞いた。まぁ、相手の好きなものを取り入れているのは良い点だな。
「あっ! 苗字さん!!おはよ!」
プリンを見ながら色々と分析していると、僕を呼ぶ声が聞こえた。
そちらへ振り向くと、こちらへ掛けてくるカエデがそこにいた。彼女も三角巾にエプロンを身につけている。
「おはようカエデ。この巨大プリン、君が考えたらしいな」
「でっしょー?! 苗字さんもシルバーウィーク来ればよかったのにーっ」
「悪いな、僕は休日も忙しいんだ」
ダメだ。いつもなら気にならないのに、昨日夜通し作業をしていたせいで空腹を感じるようになってしまったのだ。
……少しだけ分けてくれないかな。空腹を満たせるなら何でもいいんだけどさ。
「ふーん? 苗字さんって学校にいないとき何してるの?」
「……気になるかい? 僕が何してるか」
「う、うん。気になる……」
茅野は急に顔を近付けた僕に少し頬を赤く染める。
……年相応の反応って感じだな。僕は二度と純粋な心で感じる事ができなくなった反応だ。
「ふふっ、教えない」
「えー!! 今のは教えてくれる流れだったじゃん!」
「教えて貰えると思ったのかい? 教えるわけないだろう、やってるのはターゲット関連ではないんだから」
さて、そろそろここを離れよう。そして荷物を自分の席に置いてこよう。ここにずっといたら腹の虫が鳴き出す……。
「おっはよー名前!」
「ああ、おはよう莉桜」
「来て早々悪いけど、校庭に行こう!」
「え、あっ、おい!」
教室に荷物を置くと、こちらへ真っ直ぐにやって来た莉桜に捕まり、先程までいた校庭に逆戻り。
僕が教室にいく途中、やたら人とすれ違うと思っていれば、校庭に人が集まっていた。
「あまり此処にいたくないんだけど……」
「なんで?」
「朝何も食べてないんだ。これで伝わったか?」
「……名前も朝ごはん食べるんだね」
「君は僕をなんだと思っているんだい?」
やることがないので、僕はグラウンドへ続く階段に腰掛け、生徒らの作業を見つめる。
全員が三角巾にエプロンと、まさに料理してます、と言った格好をしていたのはこれの作業のためか……。
莉桜によると、今日はこの巨大プリンのお披露目、そしてプリン爆殺計画実行日だそうだ。
ま、考えは飛び出ているし、ターゲットの弱みも取り入れている。悪くないと思う。
ただし、成功するとは思わないけどね。
***
「これ全部先生が食べていいんですか!?」
「え、あっ、うん。廃棄卵を救いたかっただけだから」
「茅野ちゃんが考えたんだよ〜」
「かやのさんんんっ」
今目の前にいるのは、巨大プリンをキラキラとした表情で見つめるターゲット。
あの表情を見ると、余程嬉しいようだ。
磯貝が言っていた茅野の言質を取っているっていうのは本当らしい。
「それじゃあ先生」
「俺たち、英語の授業があるから」
「もったいないから、ぜーんぶ食べてね」
「モロチンです!! あぁっ、夢が叶った!! いただきまあああああす!!!」
ターゲットはスコップを手……触手?に持ち、よだれを垂らした状態で巨大プリンに飛び込んでいった。
……さて。
「ターゲットはどのタイミングで罠に気がつくかな?」
巨大プリン爆殺計画
名前を聞いた時点で予想出来ていたが、あの巨大プリンの底に爆弾を設置しているようだ。計画書によると、それに気づかせないよう、味にこだわっているらしい。
僕らは起爆の瞬間を見届けるため、廊下で様子を見ることに。
……すごい勢いで食べるな、ターゲット。ダメだ、お腹が空いてきた……。
「……はぁ」
「どうしたんだ?」
「ん? あぁ、磯貝か。暇だと思っただけだ」
ボーッと校庭にあるプリンを見つめていると、隣に磯貝がやってきた。
……言えない。プリンを見ていたらお腹が空いたなんて……。
爆弾使用の責任者である竹林によると、起爆のタイミングはそこそこプリンが食べ進められた瞬間のようだ。
それまであと何秒かな……。これが終わったら持ってきたパンでも食べるか……。
そう思っていた時だ。
「ダメだあああああああッ!!! 愛情込めて作ったプリンを爆破なんてダメえええええええッ!!!」
急な大声にビクッと反応する。
その声の主はカエデである。どうやらプリンが好きすぎるあまり、あの巨大プリンに感情移入してしまったらしい。えぇ……食べ物に感情移入……?
「ふう〜っ、ちょっと休憩。プリンの中に僅かですが、異物混入を嗅ぎ取りまして」
「あ……っ!」
休憩といって廊下に現れたターゲットが持っていたのは……爆弾だ。ご丁寧に、起爆装置も外して、だ。
ま、だろうとは思ったよ。
「爆破装置は竹林君が?」
「はい……」
「爆裂の計算は見事でしたが、プラスチック爆弾独特のにおいに、先生気づいちゃいました。今後、におい成分にも気をつけてみてください」
ターゲットは爆弾を咥えるとそのままバリバリと食べた。……え、それも食べるの!?
……ターゲットの生態が分からない……。何でも食べられるんじゃないのか……?
「そして! みんなで力を合わせて作ったプリンはみんなで食べるべきです! さぁ、綺麗な部分を取り分けておきました!」
そう言って渡されたのは、少しおしゃれなデザインの容器に入ったプリン。……思わぬ所で空腹を満たすものが手に入った。
ま、貰えるものは貰うのが僕だ。いただくとしよう。
「……ふむ。悪くないな」
「あー、名前何にもやってないのに食べてる〜」
「渡されたんだから、食べるに決まっているだろう」
自席でプリンを食べていると、そこへやってきたのは本日初めましてのカルマだ。ニヤニヤしながらこちらへやって来たところを見ると、僕にちょっかいをかけに来たようだ。
「名前も来れば良かったのにー」
「それ、カエデにも言われた」
「俺、珍しく来てたんだよ? 名前がいると思って」
「それは残念だったな」
「んもー、冷たいー」
そう言ってくっついてきたカルマを無視しながら、プリンを食べて腹を満たす。
……僕に暇なんてないんだよ。
この数年間、一日たりとも無駄な時間はなかったのだから。
2021/08/15
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