竹林の時間



……夏祭りの会場を回って数分。
現在僕は一人でこの会場をさまよっていた。

イリーナはどうしたのかって?急にいなくなった。……言っておくけど僕は迷子になってないぞ!!イリーナが勝手にいなくなったんだ!そう、迷子は彼奴だ!!

……今年21歳の成人女性が迷子ってどんな状況だよ。


「……はぁ。まさか、もう酒に釣られたのかぁ……?」


人が多いからイリーナの気配は感じ取れないし、至る所から声が沢山飛んでくるから声で探るのはほぼ不可能だし、いろんなにおいが飛び交うこの空間では嗅覚は一番使い道にならない。あ、一番使い道ないのは味覚か。

つまり消去法で視覚を利用して探すしかない訳だ。


「しかし……いろんな屋台があるんだな」


まあ食い物が多いけど。
でも射的というエアガンを使った屋台や、金魚という小さな魚を捕るだけの屋台、そして運だめし。
どれも気になるな……。しかし、一人は少し気が引ける。

本当なら変装して此処に来たかったんだ。もし僕がレオンだと気づく奴がいたらどうしてくれるんだターゲット……!!


「あ、如何にもナンパ待ちのチャンネー発見!!」


そういえばこういう場所に女性一人いるとナンパされるんだよな。僕もよくされるんだよね〜。
と他人事の様に聞こえてきた声を聞いていたら、肩をポンッと叩かれた。
……まさか僕だったとは。


「なぁなぁ!一人?俺と一緒に回らね?」


……この声、聞き覚えがあるぞ。
そう思いながら振り返る。


「なんだ、君にはそんな趣味があったのか」

「……え?」


振り返れば、固まった前原と視線が合う。
どうやら髪型だけでは僕だと気がつかなかったようで、僕の声を聞き顔を見た瞬間、前原の顔が真っ青になった。


「苗字!?」

「そうだけど。……そういえば、リゾートでも僕をナンパしたよな」

「マジであれは苗字だって分かんないって!!!」


ガクッと分かりやすく落ち込む前原をジーッと見ていると。


「おい前原!ナンパはあれほど止めろって……って」

「お、磯貝じゃないか。君も来てたのか」

「……苗字、だよな?」

「うん。どうだい?見違えたか?」


その場でくるっと回ってみせると前原が「おぉ〜!!」と歓声の声をあげながら拍手をする。……ふん、似合っているのは間違いないからな。
それに視線が僕に集まっているのが分かる……うんうん、僕が美人なのは周知の事実だからな!


「なんだよ、褒めてくれるのは前原だけかー?磯貝、何かコメントはないのかい?」

「そうだぞ磯貝ー。何か言ってやれって!」


前原は肘で磯貝の身体をつつきながら、意地の悪い顔をしている。この表情のことをゲスと言うらしい。
そんな前原を慣れた様子で躱した磯貝は僕の前まで歩み寄って来た。


「___綺麗だよ、苗字」

「え」

「え?」


まさか……口説かれてる!?
いや、それはそうか……目の前にこんな綺麗な女がいれば口説きたくなる……ってそれを言いたいんじゃない。いや間違っては無いけど……。


「磯貝……君もナンパし慣れしているんだな」

「なんで!?」

「いや、今の口説き……実に自然だったぞ」

「俺普通に褒めただけなんだけど……」

「え」


まさか……下心のない純粋な本心だと言うのか!?


「苗字!?」

「くっ……認めない、認めないぞ……!今の言葉に下心がないなど、認めるものか……!」

「何言ってるんだ……?」


薄々前から思っていたが、こんなにも純粋で綺麗な心を持つ人間は初めて見た……!!綺麗な顔を持つ人間は下心の塊であると方程式を持っていたのに、これでは僕の方程式が間違っていると言われているのと同じでは無いか……!


「分かるぞ、こいつ嫌味も言わねーし無駄に爽やかだし……腹立つよなー」

「ああ」

「前原、苗字……二人はさっきから何を言っているんだ……?」


こんなにも同感したのは初めてだ……!
……って、僕はこんな事をするために夏祭りに来たわけじゃないぞ!


「そうだ。君達ナンパする暇があるなら、ちょっと僕に付き合って欲しいんだけど」

「俺ナンパなんてしてないんだけど……」

「いいぜ!なんだ?」


彼らは純粋な日本人だ。……この夏祭りという催しの楽しさを知っているはず。


「実はな、この夏祭りというものが初めてでな。何をどう楽しむか分からないまま来てしまったんだ。この僕をナンパしたついでにエスコートして貰おう」

「美人と夏祭り!さいっこう!!」

「君は女なら誰でも良さそうだな……」


前原の女好きは見ていれば分かる。僕が初めてE組に来た時も分かりやすく喜んでしな。あと岡島と竹林。


「磯貝。君はどうだ?」


前原は即答でOKの返事が飛んできたが、磯貝からはまだ返事を貰っていない。


「俺でよければ」


まさに紳士と言える態度だ。
二人ともイケメンと言える容姿を持っているが、前原は性格がダメだな。もし仮に前原が僕の恋人だったとしよう。フラフラと他の女に興味がいくのは嫌だ。

それに対して磯貝は理想の男性と言える性格をあの顔で持っている。これはとんでもない組み合わせだ。良い手本がすぐ近くにいるというのに、何故前原は見習わない……。


と、二人をそれぞれ評価していると目の前に差し出された二つの手。


「どうぞ、お嬢さん?」

「俺達がエスコートしますよ」


これはイリーナ辺りの仕込みか?
何もハニートラップは女だけが使う技ではない。男だって色仕掛けをするさ。

さてさて、この二人の評価をしよう。
口利きに態度、仕草……うん、悪くない。


「……ええ、お願いします」


そう言ってニコッと笑えば、目の前にいる二人は見取れるは…ず……。


「……あれ」


前原は顔が赤いけど、磯貝は違った。
まさか、僕の笑顔に見惚れない、だと……っ!?


「? どうした?」


この紳士的イケメン……僕の笑顔を何とも思わなかったのか!?
くそ……嘘だろ……イリーナには劣るけど、これでも色んな男を落としてきた自信はあるというのに……!!


「苗字。手、痛い」


こうなったら惚れさせてやる……あの紳士イケメンを!!
人生初の夏祭りで一番印象に残ったのは、僕の笑顔をさらっと流した磯貝だった。

……え?カルマはどうしたのかって?いつも通りだったけど。
あいつ飽きないよな〜。



***


磯貝君が印象に残りすぎてその日の存在感が薄かったカルマ君





2021/04/05


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