存在しない神を信じた者



あの後、俺達の話は長くなりそうだったため一区切りにした。なので、残っていたディシアの話を聞く事になった。

簡単に話せば……彼女があの場に現れたのは気晴らしだったようで、偶然にも俺とアルハイゼンの衝突が目に入ったものだから止めに入った、というものだった。

話し終えた後、ディシアとキャンディスは改めて再会の言葉を交わした……と思えば、突如聞こえた音。


その音の正体は、キャンディスによると「砂漠の中にいる獣」だそうだ。危機であるなら手を貸そうと思ったのだが、キャンディスは俺達に休んでいるようにと言って、砂嵐の中へと出て行った。

……暫くして、外の風の音が止んだ。しかし、キャンディスは戻ってこない。というわけで外に出て様子を見にいくことにした。


そこには、未だに戦闘中だったキャンディスがいた。本人曰く、いつの間にか砂嵐が止んでいた、らしいが。
その後も数体魔物が現れたが、ディシアと旅人が撃退。俺が出るまでもなかったようだ。


その後、アアル村の村長であるアンプが現れ、流れで砂嵐についての話になった。
俺個人としても砂嵐について聞いてみたかったので村長に尋ねた。……どうやら、先程の砂嵐は世界樹の固凋が関係しているらしい。聞いた話では、砂嵐以外にも地震が起っているという。

アルハイゼンの話だと、このような自然現象は世界樹の状態を反映している可能性があるらしい。世界樹は自然界と強い繋がりがある。その可能性はありそうだ。


更に話題は変わり……グラマパラについての話になった。
グラマパラというのは、教令院から追放された狂学者の事だ。アアル村の村人達は村の守人という意味で呼んでいる。

だが、その多くはアビディアの森で修行をした後、精神異常をきたした学者たちである。教令院は狂った彼らの言葉が他の学者の精神に影響を与えると考え、砂漠に追放したのだ。……本当にふざけた話だ。

勿論、ナマエもこの件については知っている。そして……彼女がその件について心を痛めていることを俺は知っている。何とかならないか___そう言っては対策を考えていたな。


話が逸れたが、どうやらグラマパラがアアル村から姿を消しているらしい。それも、全員だ。一度に全員姿を消すのは、どう考えても裏があるようにしか思えない。


「……俺は過去にやつらと接触した事がある。やつらのことについては俺が調べよう」


俺も教令院の者であり、そして……彼らを追放させたのはマハマトラだ。アルハイゼンに皮肉を言われたが、そんなの無視だ。気にするだけ無駄だと判断し、彼には釘を刺しておいた。

……何をかって?
それは勿論、敵と見なすことは止めたがまだ疑っているからな、というものを改めて言ってやっただけさ。


「俺も手伝う」


村長にも正式に依頼されたので調査に向かおうと思った所、声を掛けてきたのは旅人だ。パイモンとコソコソ話していることは知っているし、なんだったら聞こえていたが、特に問題のない内容と判断し、特に突っ込まなかった。

まあ、俺を疑っていることは分かっていたからな。これを気に俺がどのような人間であるか判断して貰えば良い。


「手伝いが増えるのは良い事だ。お前たちなら、俺についてた部下の何人かより良い仕事をしてくれそうだ」

「なぁ、そのことで聞きたいんだけど……さっき言ってたナマエってやつは、お前の部下なのか?」

「……まずは場所を変えよう。そこでお前の質問にも答えてやる」


というわけで、俺、旅人、パイモンは村の中へと移動した。適当な場所で足を止め、初めにパイモンの質問に答える事にした。


「それで。ナマエについて何を知りたい?」

「いや、その……さっきも話に出ていたから気になって」


先程のグラマパラの話でも思ったが、パイモンは好奇心旺盛だな。興味を持つことはいいことだが、内容によっては危険を及ぼす。旅人はしっかり言っておくべきだと思う。


「ナマエは俺の部下であり、アルハイゼンが言っていたようにマハマトラという組織の中で俺の次に強い権力を持つ存在だ。俺は彼女を右腕だと思ってるよ」

「とても信頼しているんだね」

「だが、何故ナマエについて知りたいんだ? お前達からすれば、さっき名前を知ったばかりだろう」


俺がずっと思っていた事。
……多少私情はあるが、やはり疑問に思う。何故顔も知らない人物について気になっているのかと。


「実は、その名前を他の国で聞いたことがあるんだ。だから、もしかしたらオイラたちが聞いてたやつと一緒なのかなって思って……」

「他の国? ……それは、もしかしてモンドか?」

「おう! ……って、なんでわかったんだ!?」

「彼女は生粋のモンド人だ。スメール人ではない」

「なるほど、知ってたんだな」


確か、彼らはモンドからその名を大きくしていったはず。彼女について多少耳に入っていても変な話ではないが……。ナマエの家系は有名なところだと聞いているし。


「それで、お前達はこれで聞いていた人物と俺の部下が同一人物であると判断できたのか?」

「名前しか聞いてないんだから、できるわけないだろ!」

「もっとナマエさんについて教えてくれないかな。彼女の行方を捜している人がモンドにいるんだ」


……ナマエの行方を、か。
その『捜している人』は間違いなく彼女の家族を指している。ナマエは家族と縁を切ってスメールに来たわけではないから、彼女が心配で旅人たちに話したのだろう。各国を旅する彼らに。


「……話してやりたいところだが、俺も正確な行方は分からない。教令院にいるのは間違いないんだろうが、先程のアルハイゼンが言っていたことが、どうも引っかかっていてな……」

「別人のようなって話か?」


パイモンの問いに俺は頷く。
そして、何が引っかかっているのか話す事に。


「元々ナマエは仕事となると人が変わる。本人曰く『仕事モード』らしい」

「意外とお茶目なのか?」

「だが、それはマハマトラの中では周知の事実だ。それを分かった上でナマエが別人の様に変わってしまったというのなら___あいつの身に何か遭った、ということになる」

「そんな……!」


俺が引っかかっていること。それは、ナマエの仕事モードを知っていながらも彼女を別人の様だと言っていた事だ。その内容が俺はあるものと一緒に引っかかっている___そう、神の缶詰知識だ。

アルハイゼンによれば、神の缶詰知識を使った者は狂人となったと言う。もし、マハマトラ達が言うナマエが狂人を指していたとしたら___。


「ここまでにしよう。確証もないのに憶測だけで話を広げても意味はない」

「そ、そうだな」

「今はグラマパラについてだ。その件を片付けて、時間があればお前達に話してやる」


実の所、俺はまだこの二人について観察している段階だ。向こうも俺を観察しているみたいだからな、こちらも同じようにさせて貰う。

その後、彼らに害がないことに確信を得られたら……もう少しナマエについて話してやろう。

ということで、グラマパラについて話す事に。これからそのグラマパラを探しにいくのだ、どのような存在なのかだったり……お互いが持つ情報を互いに出し合わなければ。

どうやら呼ばれ方を知らなかっただけで、グラマパラのことを知っている様だからな。


「なぜ狂学者をグラマパラと呼ぶの?」

「俺もかつての部下から聞いたんだが、この呼び方はある事件から来ているらしい。アアル村は昔からずっと、精神に異常をきたした学者たちを追放するために教令院が使ってきた場所なんだ。この村には、不思議な現象があるという……」


俺はグラマパラについて、ある出来事について思い出しながら、それを旅人達へ語り始めた。


「アアル村に着いて間もない頃、狂学者達は相変わらず狂っていて異常なことばかり話す。だが、しばらくここに留まっていると、やがて落ち着くらしいんだ。当初、アアル村の人々は狂学者の受け入れに不満を抱いていた。しかしある夜、事件は起きた」


この話は今思い出しても不思議な現象で、実際にあったのかと疑っている。だが、話した者の表情と声音が嘘ではないと言っていたから、俺は事実だと認識するようにしている。


「その夜、アアル村でいつもより激しい地震が発生した。家屋が倒壊するのを恐れ、善人の村長がみなを連れて避難しようとしたとき……ある狂学者が隅にうずくまり、両手で大地に触れているのを見たらしい。そいつの体はほのかに淡い緑色の光を放ち、夜だったせいもあって神聖なもののように見えたと言う」


そう言えば、この話についてナマエは結構食いついていたな。それも、淡い緑色という部分については特に詰め寄られた。

……何か覚えでもあったのだろうか?
それとも、ただの好奇心なのか。


「そしてその夜は、どんなに強い地震が続いても、全ての家屋がまるで地面から生えているかように、一つも倒れなかった。勿論、死傷者も出なかった。その一件の後、アアル村の人々は狂学者によくするようになった。そして彼らを『グラマパラ』と呼ぶようになったんだ」

「淡い緑の光……狂学者がアアル村を守った……お前はどう思う?」

「ナヒーダの力だった可能性が高い」


何か気になる点があるのか、二人は俺の目のまで何か話し始めた。話す内容は聞こえるが、知らない名前が出ているため、はっきりとは分からない。

だが、彼らも淡い緑色の光で反応するのか。過去にナマエがその内容に強く興味を持っていたから、お互いの中に共通点があるのだろう。例えば、先程聞こえた人の名を指すであろう言葉……ナヒーダという人物とか。


「オイラもそう思うぞ! セノ、あの狂った学者たちはアアル村でもアーカーシャ端末をつけているのか?」

「教令院は彼らを監視しているから、理論上はつけてるはずだ。無論、アーカーシャ本体が彼らに対して発信することはないが」


話し合った後、彼らは俺にグラマパラはアーカーシャ端末を着けているのかと問うてきた。その問いに対し俺は、知る情報を伝えた。


「やっぱり! これでつじつまが合ったな! 学者たちが狂った状態から落ち着いたのも、たぶんナヒーダが慰めたんだろう……」


どうやら彼らの中で結論が出たらしい。そして、再び出てきたナヒーダという人物。一体誰なんだ?
その人物がグラマパラに何か影響を与えたのか?


「一つの物語だけで結論を出せるとは……どうやらお前たちは俺の知らない情報をかなり持っているみたいだな。それで、何が分かったんだ?」

「狂学者の力はクラクサナリデビのものだ」


俺の問いに答えたのは旅人だ。だが、彼の出した内容は驚くものだった。


「クラクサナリデビと言ったか……?」


クラクサナリデビ。
名前だけなら勿論知っている。その名は今のスメールに君臨している現草神だ。

まさかここでその名を聞くことになるとは……。


「なんだよ、信じないのか? きっとクラクサナリデビがアーカーシャを通して、狂学者に力を与えたに決まってるぞ」

「いや、信じないというよりは、お前たちの考え方を不思議に思ってな。クラクサナリデビ……現草神が、未だにスメールで何か行動をしているのか?」


教令院では昔から、既に逝去したマハールッカデヴァータの方を重視していた。教令院のやつらは、現草神であるクラクサナリデビをいない者として扱っていた。

……それに影響されていたのか、俺もクラクサナリデビが存在するということを忘れかけていた。
俺が思っていたクラクサナリデビという神について、二人に伝えた。


「それに、俺はクラクサナリデビの事跡について、まったく聞いた事がない。彼女はまるで、『存在しない神』だ」

「ナヒーダは『存在しない神』なんかじゃないぞ! あいつは……なんて言うか、すごく優しくて、頭がよくて、たまに変なことを言っちゃうところもあるけど『良い神』なんだぞ!」

「それに、俺たちを助けてくれたんだ」


俺の放った言葉を、二人は真っ先に否定した。……二人の反応は、かつてナマエとクラクサナリデビについて話した時の事を思い出させた。


『え? クラクサナリデビという名前をどこで聞いたか、ですか? えっと、その……うぅ、セノ先輩に嘘は通用しないので、正直に言います……』

『実は教令院生の頃、夢で幼い少女と話すことがあったんです。その少女との時間はとても温かいもので……今の私を作ってくれた存在と言っても過言ではないんです』


スメールの人間は夢を見ない、と言われている。だが、彼女はスメールの人間ではないため、夢を見ないことはなかったのだろう。


『それで、同じようなことを体験した事があるって方から、それはクラクサナリデビ様ではないかって教えてもらったんです。そして、クラクサナリデビ様は今のスメールを治める草神様だと知りました』

『もしかしたら、スメールという地に不安を抱いていた私を励ましてくれて、そして受け入れてくれたのかなって……今でもそう思ってます。だから私は、あの方が治めるスメールを守りたい。あ、モンドが嫌いって訳じゃないんですっ、本当です!!』


……この会話も、旅人たちの話から合点がいった。
緑色の光に強く反応していたのは、ナマエはクラクサナリデビの存在を強く信じていたからだ。

それも、スメールの人間ではない彼女が、だ。……否、彼女だからだろう。
異国の地を統治する神がよそ者である自分を認めてくれたのだ。ナマエの性格なら、喜ぶに違いない。いや、実際喜んでいたんだろう。


「……俺は長年、犯罪者たちの尋問をしてきた。人が嘘を付いているかどうかくらい分かる」

「だったらオイラたちが本当のことを言ってるって分かるはずだろ!」

「ああ。その目は、嘘を付いていない目だ。お前たちは本当にクラクサナリデビと接触したことがあるみたいだ」


……そして、このスメールに存在している。
すまないナマエ。スメールの人間だというのに、この国の神の存在を信じ切れていなくて……お前の話に頷くことができなくて。

お前は優しいから、『仕方ない』で流してくれたが……心の何処かでは共感してほしかったはずだ。……本当に、すまない。


「セノ? どうかしたか?」

「いや……昔、ナマエがクラクサナリデビについて話していたことを思い出してな」

「そいつもナヒーダと会ったことがあるんだな!」

「ああ。……俺はあの時、彼女の発言を信じてやれなかった。嘘を付いていないことは分かっていたのに、存在しない神という認識が強くて、共感してやれなかったんだ」

「セノ……」

「だが、お前たちがくれた情報のおかげで、クラクサナリデビの存在を信じることができた。ありがとう」


ナマエ、昔否定した俺の発言だが……今更ですまない、前言撤回させてくれ。
お前の言っている事はやっぱり正しかったよ。……会えたら、その件について謝罪させてくれ。

そう心の中で思っていると、砂漠の地らしい熱い風が俺の隣を通り過ぎていった。……その風が、いつも隣にいたお前の炎の熱に似ている気がした。






2023/12/03


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