炎風の状況は不穏なものへ



「アルハイゼンは、教令院のマハマトラたちですら俺の居場所を知らないと言ったな。だが、それは決して「人に見られたくない任務」をやっているからじゃない。俺は……『自己追放』を選んだんだ」

「『自己追放』?」

「以前俺は、教令院のプロジェクトの企画と実行を記録する資料に余白があるのを見つけた。しかしそれらのデータは、明らかに現実の進捗と合わないものだった。大マハマトラとして、俺にはそれを照合する責任と権利がある。だが、それを担当していたのは……あろうことか、大賢者アザール本人だと分かったんだ」


この話が、俺が自己追放を選ぶきっかけとなった出来事だ。この事が判明したときは、確信がなかったため、一旦ということで右腕である彼女に情報を共有したんだ。


「照合申請を出す前、俺は秘密裏に数々の調査を行った。だが、手掛かりや物証になりそうな一切のものは、すべて巧妙に俺の視線を避けていた。やがて……あいつらが最初から、意図的に俺を警戒していたことに気づいた。そして案の定、俺が照合申請を出すと大賢者は拒否した。それだけじゃない、こう言ったんだ___」


”大マハマトラの権力は賢者によって賦与されたものだ。お前には我々を審判する権利はない”

……そして、この話が自己追放をする事を決めた出来事だ。……同時に、信頼する右腕と離れることを決めた事でもある。


「つまり、やはり裏があったらしいな」

「そのとき俺は気づいた。大賢者からすれば、マハマトラなんて賢者たちの「知恵」を束ねるための道具に過ぎないって事に。マハマトラの最初の誓いや、ここまで固く守ってきた原則……それは、今の教令院においてまったく意味がないんだ」


これは、俺やあいつだけじゃない……マハマトラ全員に対する侮辱だ。特に、彼女にとっては知りたくない事実だろう___俺は、ナマエの苦悩を知っている。どうして故郷を離れ、スメールへやってきたのかを。その覚悟を。

だから、この事はきちんと話すつもりだ。勿論、事を終えた後にだ。今はのんびりと雑談できる状況ではないからな。

そして、改めてマハマトラの存在意義を再確認するんだ……俺達は道具ではないことを。


「だから自分を『追放』したの?」

「ああ、その一件を理由に教令院を脱出した……。賢者達が俺に対して行動を起こす前に。これが一番賢明な判断だったと思ってる。おかげで、やつらの監視を逃れられたしな」

「……本当にそうなのか?」


旅人の問いに対し答えた内容に、疑問を出す者がいた。……それはアルハイゼンだった。


「君はそれが本当に賢明な判断だったと言えるのか?」

「何故そう思う?」

「どうも不思議でたまらないんだ。あれだけ信用していた彼女・・が隣にいないことが」

「!」


……ここで出してきたか、彼女の話を。


「彼女? 誰の事だ?」

「君たちはまだスメールに来てそう日が長くない。だからマハマトラの構成についてよく分かっていないだろう」

「それはそうだけど……」

「まず、マハマトラを統べる者として、大マハマトラ……今は元らしいが、セノがその立場にある。だが、もし大マハマトラが不在の場合はどうなる?」

「え? 次に偉いやつが代理になるんじゃないか?」

「そう。マハマトラにはその代理を任せられるほどの存在がいるということだ」

「じゃあ、今言った”彼女”ってやつが、今のマハマトラをまとめているのか?」


パイモンの質問に、アルハイゼンは頷いた。そして、次に俺へと視線を向けてきた。


「今のマハマトラを統制しているのは彼女の様だが……何も伝えていないのか?」

「……」

「隠す事はない、と言っていなかったか?」

「まだお前を疑っている段階だ。話す事はできない」


学院生時代の頃のアルハイゼンとナマエには接点がある。そして、俺と同じく教令院側の人間であるから、立場の関係もあって全くの無関係は貫けないのだ。

だから、彼からナマエの話が出ることは不思議ではない。


「……俺はこの件の調査を絶対に諦めない。それに、他人から権力を賦与される気はない。俺は俺の名のもとに審判を下す」


ナマエを危険な場所へ置いてきてしまったこと、それは俺自身がよく分かってる。……本当なら、一緒に連れて行きたかった。
だが、俺達の立場はマハマトラの中では特別で、注目を集める。どちらともいなくなってしまえば、大賢者の企みを暴くことは困難になる。

……選択肢は、一つしかなかったんだろう。どちらかが調査をし、どちらかが残る。その考えに至った際、俺は大賢者から直接言われた言葉を思い出し、俺が出て行くべきだと判断した。

一番彼らが警戒するのは、立場上俺のはず。そう信じて俺は……ナマエにマハマトラを頼み、去った。


「でも、セノはなんでアルハイゼンをターゲットにしてたんだ? まさか……」

「教令院で調査をしていた期間、アルハイゼンが賢者と面談しているのを見たからだよ。賢者は、アルハイゼンに金髪の旅人を調査するよう言っていた」

「えっ!?」

「そして、その任務はプロジェクトと同様にどこの記載にも残されていない。それに加えて、お前は『神の缶詰知識』と関わりがある。……そろそろ説明して貰おうか」


誰もが視線をアルハイゼンへ向ける。当然、俺もその一人だ。

さあ、俺の問いに何と答える?
この耳で俺は確かに聞いたのだ、賢者とアルハイゼンの話を。誤魔化しは効かない。


「その件は認めよう。俺は確かに、この旅人の調査任務を引き受けた」

「アルハイゼン、おまえ……!」

「何しろその任務の見返りは、どんな学者でも断ることができないほどのものなんだ。『任務が終わったら、神の知識を見せてやる』、そう賢者は言った」

「確かに、とてつもなく魅力的な条件だ」


素直に吐いたか。
さて、ここまでは前座だ。何しろ俺にとっては、当時聞いた内容を振り返っているだけに過ぎないのだから。

この先に俺が知りたい情報がある。まずはアルハイゼン、お前がその条件にどう思った?


「___だが惜しいことに、教令院の者は俺の事を分かっていなかった。大賢者は話の中で一つ重要な情報を漏らした。『神の知識』が実在するということだ。それさえ分かれば、俺にとっては十分」


ほう、なるほど。
それで、お前は出された条件をどうしたんだ?


「俺からすれば賢者はそこまでの信頼には値しない。考えてもみろ、『神の知識』をそう軽々しく他人に報酬として約束するなんて……些か、おかしな話だと思わないか? だから、俺は『神の缶詰知識』という手がかりに従って独自に調査を展開した。結果的にこの判断は間違っておらず、教令院を信じなかったのも正解だった」


……学者であれば、神の知識は喉から手が出るほどにほしいもの。だが、アルハイゼンはそれを報酬に出されたときに疑問が生まれた。何故なら、神の知識は誰もが簡単に触れることができるものではないから。

書記官という立場があれど、教令院という大きな組織に所属する一人に過ぎないのだ。立場の高いものだから高価な報酬を与える、というのも考えたが、それでも神の知識を報酬に出すのはおかしな話。

だから、アルハイゼンは大賢者の提案を心の中では拒否した……と言ったところか。


「もしこの一件で警戒を解いていれば、俺もあの「アフマルの目」のボスのように、人と正常に会話することさえできなくなっていたかもしれない」

「それってつまり、賢者たちは元々、普通の人を狂気に陥れるあれらの知識を使って、お前を処理しようとしてたってことか?」


流石に神の缶詰知識を使用した者の果ては見た事が無かったし、効果についても調べられていなかった。……否、大賢者のプロジェクトの件と同じく、その効果を記す資料はないのだろう。

だが、そうなると”ある不安”が出てきた。
今、神の缶詰知識は手元にあるが、教令院から消える前に何かしていたのなら……人を狂わせるというそれを、もし彼奴に使っていたら___


「じゃあ、俺たちの出会いはどういうこと?」


旅人の声で我に返る。
……大丈夫だ。彼奴はターゲットにされていたとしても、それを察知して回避している。無事なはずだ……信じよう、俺が最も信頼を寄せる右腕を。


「元々俺は、すでに調査任務などにはまったく興味がなかった。ただ教令院をあしらうために『オルモス港で旅人の出現を待つ』と言ったんだ。だが、神の缶詰知識を追っている途中で思いがけず、偶然ターゲットと出会ってしまったのさ」

「犯罪者が最もよく口にする言葉が、『偶然』だ」


まあ、今はアルハイゼンのターンだ。黙って話を聞いておこう。
どうしてもという時だけ割り込もう。


「だが、旅人と偶然出会っても尚、俺に教令院に協力する意思はまったくなかった。君たちも覚えているだろう……当時、俺があのターバンを離れたとき、君たちは自分から俺を追ってきたんだ」

「確かにそう……」

「そうだな……うーん、アルハイゼンはキャラバン宿駅でもオイラたちを助けてくれたし、やっはり本当なのかも?」

「もし、それでも気になるようなら、謝ってもいい」


どうやら嘘は言っていないらしい。
だが、神の缶詰知識を持っていたことはどう説明する気だ?


「君たちに内緒で神の缶詰知識をとっておいたのは、その存在が危険過ぎると主観的に判断したからだ。はっきりとした研究結果が出るまで、誰にも接触させないほうがいい。何しろ、好奇心はこの国で一番危険なものだからな」


アルハイゼンが神の缶詰知識を所持していた理由は分かった。
ならば……


「アルハイゼン書記官。お前は好奇心が自らをも疑惑と危険に陥ることを良く知っているはずだ。……俺の質問に答えろ___賢者達は計画の内容をお前に話したのか?」


今度は俺が問う番だ。
これは俺が最も気にしていることであり、アルハイゼンを警戒している理由でもある。ここではっきりさせてもらおう。


「すでにはっきりと話したつもりだったんだが。今の俺は、君と同じく教令院が重点的に警戒する対象となっている。言うまでもないと思うが?」


……審判の際は、はっきりと言葉にして貰わないと判断のしようがないんだが。確かに、先程まで話していた内容で想像はできていたが、それはそれだ。


「……分かった。とりあえずはお前を敵と見なすことをやめよう。だが、お前の容疑が完全に晴れたわけでもない」

「構わない」


一旦は疑うことをやめよう。だが、少しでも怪しい部分を見せたなら……容赦はしない。


「ならば、再度聞こう。何故、右腕である彼女を置いてまで調査をしている? 彼女は優秀だ、共に行動していれば調査もスムーズに進んだだろう」


どうやらアルハイゼンは、どうしてもナマエについて聞きたいらしい。
……その心情を知りたいと私情が出そうになったが、何とか抑える。


「……先程も話したが、俺は賢者達から警戒される対象だ。勿論、彼女も例外ではない」

「確かに、同時に強い力を持つ二人が失踪すれば、余計に怪しまれるだろうな」

「ナマエには話している。俺が行っている調査については勿論、俺が抜けた後のマハマトラについても、彼女に託した」


マハマトラが普段通りに動いているのは、単独行動をしている中でも分かっていた。ナマエのやつが上手く回し、統制しているのだろう。

……そう思っていた。


「……ふむ、どうやら君は現在の彼女について何も知らないらしい」

「どういうことだ」

「大マハマトラ不在のため、代理でマハマトラを統制している彼女だが……別人のように変わってしまった・・・・・・・・・・・・・・とマハマトラの誰もが言っていたよ」


アルハイゼンから、その言葉を受けるまで。






2023/12/02


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