6:欠落ヴェスティージ



「オリジナルの好きな事、ですか」

「おう! ナマエが好きだったことをやれば興味を持って出てきてくれるかもしれないだろ?」


次の日。
昨日に引き続き尋ねてきてくれた蛍とパイモンは、もう一人のナマエにそんな問いかけをした。


「昨日も話した通り、私はオリジナル本人についてあまり理解できていないのです」

「ナマエが表にいるときに、彼女の様子とか見た事なかったの?」

「今ほどではありませんが、当時からオリジナルは私を拒絶している節がありました。ですので、私よりマスターアルベドのほうがご存知ではないのでしょうか」


急に自分に振られ、少しだけ驚いてしまう。……ボク、彼女にそんなこと話したかな。そのような意味を含んだ問いかけをもう一人のナマエへ投げた。


「貴方の会話内容からそのように推測したのですが、違いましたか?」


どうやら彼女には学習機能が備わっているらしい。見たこと聞いた事を分析し、理解する……それだけ見れば人間と変わらない。


「いや、キミからその言葉が出てきたことに驚いていたんだ」

「見た事、聞いた事。それらは全て分析を行い、記憶媒体へ保存します。今後の戦略のためにと設計者が私に与えた学習機能です」

「でもアルベドの発言からそう考えついたのは、戦略のためじゃないだろ?」


その通り。
ボクはまだ彼女に命令などしたとはない。戦闘になど一度も彼女に命令はしていないし、その他の面でもやった記憶は無い。
だからこそ、ボクの発言を聞いて予想を立てたことに驚いたのだ。


「……あの日のオリジナルの行動について、今でも考えているのです。今までなら私の行動を遮る事なく、事が終わるのを待っていただけの彼女の”何が”そうさせたのかと」


あの日というのは、彼女の発言からボク達を襲ってきた時の話だろう。あの時ボクを守ったのはナマエであることは分かっている。
だが、もう一人のナマエはナマエのその行動自体に疑問を感じており、行動原理について考えていたそうだ。


「あなたからオリジナルの話を聞いて、1つの考えが浮かびました。マスターアルベドとオリジナルは面識があり、親しい関係であったのではないかと」


親しい関係、か。
そう言われると、ボクとナマエはどのような関係だっただろうか。


彼女の方は分からないけれど、ボクは彼女と過ごしたあの時間を無駄だと思った事は無い。

今まで抱いたことのない気持ち……彼女と未知を発見し、知った時の楽しさを共有した時間を懐かしく思っていることが、また同じ感覚を味わいたいと思っている事が全てだ。


「少なくともボクは、彼女を好ましく思っているよ。これがキミたちの言う”異性として見ている”に含まれるかは分からないけれど、また会って話したいという気持ちは本心だ」


ボクは人と関わる事を面倒に思う事の方が多い。けど、彼女と過ごした時間は今でも振り返っても面倒だったとは思わないんだ。


「アルベド……」

「そんな顔をしないでくれ、パイモン。手伝ってくれるんだろう?」

「おう、勿論だぜ!」


彼女達は感情的だ。人の気持ちを理解してくれるから、悩みを打ち明けられる。これまで何度も彼女達の存在に救われたことがあるから、今回の件……ナマエのことについても上手くいくのではないかと思っているんだ。


「それじゃあアルベド、ナマエが好きだったこととか教えてくれるか?」

「勿論。彼女は自分の知らない事を見たり、聞いたりする事が好きだったよ。そうだな、確か動物を触ってみたいって言ってたよ」


師匠によれば、カーンルイアには生物が存在しなかったらしい。ナマエは動物の存在をどうやって知ったのか分からないけど、興味津々だったことは覚えている。

一度だけ近くで見かけたヤマガラを連れてきたことがあるんだけど、ナマエは大きくて綺麗な瞳を輝かせながら見つめていた。恐る恐るといった様子でヤマガラに触れる彼女の反応は新鮮で、その時間を心地よく思っていた。


「動物かぁ。オイラ達、結構捕まえてるよな!」

「うん。ナマエは特にどんな動物に興味があったとか知ってる?」

「聞く限りだと、特に小動物に関心を持っていたね」

「ナマエは可愛いのが好きなのか?」

「さぁ……どうだろう?」

「でも、女の子は可愛いものが好きなんだし、そうなんじゃないかな」


女の子という視点でいれば、クレーも可愛いものが好きな方だ。それに同性である蛍からの言葉だから、女の子という存在は可愛いものに興味を引かれるものなのだろう。


「なるほど。じゃあ、キミたちがが思う可愛い動物を連れてきてくれないかな」

「いいよ。丁度ドラゴンスパインには”可愛い友達”がいるんだ」


蛍の言う可愛い友達が誰を指しているのか分からないが、とにかく連れてきてくれるようだ。



「ボク達は此処で待ってるよ」

「おう! それじゃ早速あいつらに会いに行こうぜ〜」



蛍とパイモンを見送ってから暫く。話し声が聞こえたためバインダーから目線を上げ、声の聞こえる方へと振り返れば彼女達が戻ってきたようだった。


「戻ったぞ〜! こいつらが”可愛い友達”だぜ!」


そう言ったパイモンが指をさした方向へと視線を向ければ、そこには雪狐が3匹いた。なるほど、確かに可愛い友達だね。


「おいで。キミの中にいる彼女が会いたがっていた動物だよ」


後ろを振り返り、もう一人の彼女を呼ぶ。ボクの声に反応した彼女は椅子から立つと、ボクの隣まで移動した。


「これが人間以外の動物……」

「もしかして見た事なかったのか?」

「はい。こんなにも小さな生物が存在しているのですね」


ドラゴンスパインの環境は厳しいものであるため、他の地域と比べると生息している生き物はそう多くない。それに、彼女は戦場にいる存在だったから、生き物を見る前に巻き添えで……何てことの方が多かったのではないだろうか。


「これは何という動物ですか」

「雪狐だ」

「雪狐……なるほど。インプットします」


もう一人のナマエの性格なのだろうか、未知を未知のままにしたくないのかもしれない。動物を覚える事など戦場ではほぼ役に立たない。雪狐が生息している場所なんて、ドラゴンスパインや雪国と聞くスネージナヤくらいだろう。

そんな所はナマエにそっくりだ。……そう思いながら、屈んで雪狐へと手を伸ばす彼女に合わせる様に片膝を着いて姿勢を低くする。


雪狐は手を伸ばす彼女の手へと近付くと、暫くして顔をすり寄せてきた。どうやら人懐っこい個体のようだ。他の2匹もつられるように傍へと近づいて来た。


「へへっ、オイラ達の友達可愛いだろ〜」


パイモンがもう一人のナマエにそう声を掛ける。相変わらずその横顔は無表情だけれど……そう思っていた時だ。



「___あれ、何故私は雪狐へ触れているのでしょうか」



行動と矛盾した発言が横から聞こえた。発言者である本人の横顔を再び見ると、表情は固いけど驚いている様に見えた。


「なんでって、お前が手を伸ばしたんだろ?」

「私は雪狐に触れる、という意思は持っていませんでした。私は雪狐の姿をインプットしようとデータを作成していました」


もう一人のナマエはただ雪狐の姿を”見て”いただけだと言う。では何故彼女は雪狐へ手を伸ばしている?


「ど、どういうことだよ?」

「身体が私の意思に反して動いている。……恐らく、これはオリジナルの行動です」


オリジナル……つまり、ナマエの意思だと言うのか?
そんなことがあり得るのか?

いや、確かもう一人の彼女が言っていた。身体の支配権は現在もナマエにあると。だから、塞ぎ込んでいようともナマエの行動は表面に現れる事があるということだ。


「……ナマエはまだ、動物を知りたいんだね」


そして、ボクの記憶の中の彼女は変わっていないことが分かった。だって雪狐に触れたいと思ったから、このような行動が出ているわけだろう?


「アルベド、なんだか嬉しそうだね」

「……ナマエはボクの記憶の中のまま、変わっていないと思っただけだよ」

「そっか。なら早く出て来てくれるように頑張らないとね」


もう一人の自分を通してだが、こうしてナマエが表面に現れた。いずれは意思ではなく、本人が……そう思いながら彼女と雪狐の様子を眺めた。

そうだ、この様子をスケッチして残そうか。思い着いたボクは近くに置いたバインダーを取るために片膝を着いていた身体を起こした。



***



「これが、雪狐……」



あの子を通して知った動物、雪狐。彼が教えてくれた小さくて可愛い動物。触ったらどんな感じなんだろう?
そう思って手を伸ばした。


「! ふわふわだぁ……!」


手を伸ばすとすり寄ってきた雪狐に口元が緩む。今なら撫でてもいいかなぁ。そう思って雪狐の身体に触れると、ふわふわした柔らかい感覚が伝わってきた。

……伝わって、きた?


「っ!」


今、アタシ……無意識に出てしまっていた・・・・・・・・
雪狐に触りたいと思ったその時だけ、あの子から支配権を奪っていた?


「ダメ、アタシは前に出ちゃダメなの……っ」


出てしまったら、今見えてる雪狐たちは勿論、彼らを殺してしまう。もし、あの時・・・のような事が起きてしまったら……自分の身体を制御出来ないまま、事が終わるまで見ていることしかできないんだから。

また、あのような事が起きないように、アタシはここで自分を制御するの。こうして意識を集中していれば、あの惨劇を見なくて済む。


周りを守る為、自分の心を守る為___アタシは自分をここで押しとどめるんだ。こうなってしまったのは”生”に縋った過去の自分が招いた結果なのだから。






2023/06/26


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